8話 『初戦』
このダンジョンについては昨日の説明会の終盤で聞いた。
そりゃあ、デバイスが初期状態ではダンジョンを走破できるとは協会も思っていないはずだ。
元々、このダンジョンで稼がせるのが前提だったのだろう。
「とりあえず確認してみるか」
立ち入り禁止の文字と幼稚園という建物であることに少し躊躇するが、自分は関係者だと言い聞かせてダンジョンの入り口に近づいていく。
実際DDは関係者なので論理上は全く問題はない。
ゲートを通ると、先ほど遠目に見えた板を間近に確認することができた。
「だいぶ色が薄いな……」
風に吹かれるでもなくユラユラと上下に揺れる板は、形状はデバイスと全く同じだ。ただし、色だけが異なる。
初期から存在する難易度の高いダンジョンは漆黒であり、難易度が低くなるに連れて色が薄くなるらしい。
また、走破し続けるとさらに薄くなり、最終的に真っ白になり地面に落ちる。
その状態になると、デバイスとして使用可能――つまるところ、攻略完了だ。
これはあくまで目安であるが、その他にも難易度を予測できる要素があるとのことだ。
それは当然この場所に関係がある。
「対戦者は幼稚園児か……。これだけ条件が揃って走破できなければ馬鹿にされるな」
決勝戦の後で宣戦布告してきたアズサを思い出し、そして、嘲るような声で笑われている映像が目に浮かぶ。
結構リアルに想像できて可笑しくなってきたので、気分を変えようと何の気なしに浮いている板に指を伸ばす。
すると、指先が触れたと思った途端、板は急に激しく上下に動きだすと、黒い光を辺りに放ちだす。
「うわ! いきなりかよ」
黒い光が広がり俺の身体を包むこむと、目の前が暗闇に閉ざされる。
だがそれも一刻、すぐに光が戻り辺りの光景が目に入ってくる。
1辺10メートル程の四角い部屋だ。また、先ほど板が浮いていた箇所には、立方体の物体が不規則に回転している。また、背面の壁には出口は無く、前面の壁には先ほどと同様な暗闇に閉ざされた2本の道が伸びている。
更には、景色が一変するに合わせて、周囲に満ちていた熱気も一気に消えており、不快さは感じない。
どうやらダンジョンの中に入ったようだ。
さて、呆けていても仕方ない。やるか。
深呼吸して落ち着くと、デバイスを取り出し呟く。
『勝負開始』
デバイスが起動し、光が画面を映し出す。
画面にはこれまでのデッキ構築用の画面とは異なり、ダンジョンの俯瞰図のようなものが映っている。
また、俯瞰図の上の方と下の方には立方体のマークがあり、俯瞰図の下にはカードが並んでいる。
「なるほど。聞いてはいたけどカードゲームそのものだな」
僅かに残っていた緊張もカードゲームだと考えると一気に落ち着いてくる。
まずは手札を確認しよう。
手札は通常7枚だが、メインコアにエネルギーを供給するためか最初は1枚消費されるらしく、現状6枚表示されている。
残りのカードはまとめて積まれた状態で映っているが、当然こちらは山札だろう。
「手札的に移動が先か」
壁には2本の道があるが、どちらでも変わりないので、気分的に左側の道に向かう。
道の前にたどり着くが、近づいただけでは先が暗闇のまま変化はしないようだ。
止まっていても埒が明かないので思い切って1歩踏み込むと一瞬にして暗闇が晴れ、先への道が現れた。
デバイスの画面でも、立方体のマークの左側に道が表示されている。
「5枚タイプか。ここまでは予想通り」
表示された道の長さから考えると、5回くらい道が繋がると相手のコアまでたどり着けるようだ。
この距離はランダムで決定されるらしく、他にも3回分か7回分の長さになる場合もあると説明会でも聞いている。ただし、5回になる場合が一番多いらしい。
道を作成すると山札が1枚消費されるので、地形召喚するのと枚数は変わらない。
と、ここで思いもよらない問題が生じた。
「思ったより長い……」
リアルに広がった道を見るが、ずいぶん遠くで同じく2本の道に分かれているのが見えるので、凡そ200メートル程だろうか。
デバッグ作業はカードゲームとして考えることは可能そうだが移動は体力勝負になる。
体力が原因で失敗するなんて目も当てられないので、とりあえず移動は中断して別の行動を試してみる。
『《シャドウ・ゴーレム》召喚』
呟くと、足元の黒い影が動き出し色が濃くなっていく。
さらには、大きく広がると徐々に浮き上がりだした。
想像外の現象に呆然としていると、3メートル程の人型になって変化が止まった。
頭部のような箇所に2つの窪みがあり、こちらを見ているように見える……いや、実際に見ているのだろう、指示待ちだ。
「思ったより感動的だな」
カードゲームとして考えていたが、モンスターと対面しそれを操れる状況に遭遇すると、憧れていたデバッガーなったという実感が湧いてくる。
「俺を乗せて移動できるか?」
言葉が通じるのか判らないが《シャドウ・ゴーレム》へ話しかけてみる。
すると、言葉が返ってくる代わりに《シャドウ・ゴーレム》から影が伸び、目の前で円形に変わる。
意味は明らかだ。乗れということだろう。
影なのに乗れるのかと思ったが、足を乗せてみるとわずかな弾力があり、普通に乗ることができた。
移動はどうするのかと尋ねようとしたら、考えていた方向に移動を始めた。なるほど、とても便利だ。
さて、召喚と移動の要領は判ったので残りの手札で可能な行動を実施していく。
『《ワイルド・ピッグ》、《ウィンドオーブ》召喚』
この2つはバグカードだ。召喚することで《シャドウ・ゴーレム》がバグるはずだ。
様子を見ていると、足元で緑色と紫色の光が生じ、そこからそれぞれ木と風が生じる演出と共に、気性の荒い豚と紫色の宝玉が出現した。
そして《シャドウ・ゴーレム》から再び影が伸び、2体は影に取り込まれていった。
「グロくはなくて良かった」
少し身構えていたが、安心して《シャドウ・ゴーレム》の様子を確認する。すると、体が全体的に大きく膨れ上がり、また、頭部が変化していくのが分かった。変化の規模が出現時よりも大規模であり、圧巻である。
いざ変化が終わってみると、《シャドウ・ゴーレム》は、7メートル程の人型になっていた。ただし、頭部が豚の形状になっており、額には紫色の石が光っている。
召還時の光とも一致するが、紫は風属性の色、緑は木属性、黒い影から生じた《シャドウ・ゴーレム》は闇属性だ。
因みに、その他の属性では、水が青、土が茶、光が白とイメージ通りだ。
風属性が紫だったり、森に居そうだとはいえ豚が木属性なのには疑問が残るが、デババトでも同じであったため、そこまで違和感はない。
「まずはこんなところか。ターンエンドだな」
《シャドウ・ゴーレム》にも指示を出し移動を開始する。
数ターン後には初戦闘になるだろう。