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57話 『勝敗』

 ふと気づくと手の中に何かがあった。

 手を広げると『修正パッチ』――にしては、1回り大きく立方体状の何かがある。

 内部は透けていないが、雰囲気的には淡い光を放っており『修正パッチ』に良く似ている

 当然持って来た『修正パッチ』ではなく、きっと今生まれたものだろう。

 『修正パッチ』は、既に手に入らなくなったと言われていたが、まだ入手はできたらしい。

 尤も、これが『修正パッチ』であればだが。


「DMをバグとして扱うってことか?」

『いや、それは逆にバグそのものだ。『コア』と読んでいる。まだ完成されていなさそうだが……』


 《サンダー・ドラゴン》はこれにも心当たりがあるらしい。

 『コア』と呼ばれれば、確かにダンジョンのメインコアとも似ている気がする。

 少なくともこれが手に入ったということは、神様との勝負に勝ったということだろう。


 その証拠に《雷魔法》で作った雷の網の先から、何かが出てきた。

 《雷魔法》は反応せず、その何かを避けるように広がっていく。

 いや、何かという表現より誰かという表現の方が正しく、そして誰かという表現自体も間違っている。


 そこに居たのは、制服を着た女学生だ。

 髪は肩くらいで揃えられ、身長的にはアズサと同じ程度だろう。

 そして、首には見覚えのあるアミュレットがぶら下がっている。

 顔は見覚えがあるわけではないが、かつての面影は感じられる。

 そう、顔が見える。

 これまでのDMを覆っていた闇は既に存在しない。


「よう。スズ、久しぶりだな」

「うん。そうだね。お兄ちゃん」


 5年ぶりにした兄妹の会話だ。

 向こうの世界での生活のこと、こっちの世界でのこれまでのこと、向こうの世界に居るはずのアズサのこと、その他聞きたいことや話したいことは色々あったが、今は別の話が最優先だ。


「これは、膠着状態だろ?」

「うん。膠着状態だね」


 俺もスズも根っからのカードゲーマーだったらしい。

 一番の問題が解決したとしても、とりあえず目の前の勝負を中途半端に投げ出すつもりにはならなかった。

 デババトのαレギュレーションでも、膠着状態になった場合は追加の勝負が発生する。


「よし、蹴散らしてやろう」

「いいえ、返り討ちにしてあげるね」


 2つのデバイスを確認すると、それぞれ10枚の手札が補充されていた。

 このカードを使用して1回の戦闘を実施するのだろう。

 相手のユニットを倒しきった方が勝ちとなり、倒しきれなかった場合は再戦か残ったユニット数やバグ進行度で勝敗が決定するように思う。

 この辺の細かいルールは未知数だが、そうなったらそうなった時に考えることにしよう。

 まずは、全力で倒しきることだけを考える。


 手札を見ながらどんな構成で行くか考えたが、1枚のモンスターカードを見た瞬間その悩みは終わった。

 そのモンスターが主張しているようにも感じたし、これほど打ってつけのモンスターも居ない。

 懸念事項は残るが、今は考えないことにする。


「準備はいいぞ」

「こっちもいいよ」


「「勝負開始(デバッグスタート)!」」


 その瞬間、俺のモンスターとスズのモンスターが召喚され対峙する。

 どちらのモンスターも同じ形状をしている。

 大型のスライムだ。


 俺のモンスターは《暴食スライム》だ。

 本来は、没収された俺のデバイスの中に居なければおかしいが、何故かアズサのデバイスの中に居た。

 このモンスターはカード上限[1/1](いちぶんのいち)のユニークモンスターだ。

 別のカードであるとは考えにくい。

 なぜ居たのかは判らないが、何かの縁を感じてデッキに組み込んでいた。

 結局さっきまでの勝負中は山札に埋もれたまま出てこなかったが、このタイミングで出てきたのは好都合だ。

 手札の全ユニットをバグとして吸収するので、《暴食スライム》が普通のモンスターでは勝負にすらならないだろう。

 懸念事項は、相手を蹴散らした後にバグり過ぎて消滅することだ。

 一応先に相手のモンスターを倒しきった段階(・・)で勝負が決まると考えているが、そうならなければ再戦するだけだ。


 そして、スズのモンスターは《次元スライム》だ。

 勝負にすらならない普通のモンスターではない。

 性能はバグ進行度10、攻撃力8、守備力8と若干《暴食スライム》よりは弱いが、その分特殊能力は《暴食スライム》よりも性能が良い。

 手札のユニットを全てバグとして取り込む《暴食スライム》と違って、《次元スライム》は取り込んだモンスターの数によって攻撃力と守備力に倍率が掛かる。

 当然、カード上限[1/1](いちぶんのいち)のユニークモンスターでもある。

 このモンスターもさっきは見かけなかったので、スズも山札に埋もれていたのだろう。


「なるほどな。単純性能で負けそうだから厳しいな」


 重要なのはバグとして取り込んだモンスターの特殊能力とダンジョンスキルの組み合わせか。

 まるでデババトのαレギュレーションだ。

 如何に相手のバグを潰していくかが鍵になる。

 後はどれだけバグるかだが、それはスズとの手札の差だ。

 こちらの手札はそれほど良くはない。

 スズの表情を見る限り、自信がありそうなので厳しいかもしれない。

 だが、必死に手順を考える。

 バグの並び順、バグった後の特殊能力を使うタイミング、ダンジョンスキルを使うタイミング、そしてスズの思考を考える。

 そして――。


「あれ? おかしくね?」

「え? 確かに全然手札が……」


 どちらのスライムもこちらが手札から任意にバグらせるのではなく、強制的に手札を吸収してバグるはずだ。

 それが全然発生しない。

 なんとなくこういう状況には覚えがあるのでピンときた。


「え、まさか……」

「嘘。このタイミングで?」


 そんな俺たちをよそに、《暴食スライム》と《次元スライム》は同時(・・)に動き出していた。

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