56話 『終結』
「『修正パッチ』、《水魔法》を使用」
水が全地形に広がる。
これで、全ユニットが地中移動できなくなった。
まぁ、これは大した効果ではない。
俺のデッキの中に地中移動ができるカードは無いので、簡単な嫌がらせ程度の効果だ。
この前までデッキに入れていた《硬質な通路》とは効果を打ち消すため、どちらを入れるかは悩むところだが、1つの地形より全体に効果がある『修正パッチ』の方が有用だとも判断した。
また、スズのデッキのメイン属性である光属性も地中移動可能なユニットは少ないので、《硬質な通路》を入れる必要性が薄いという打算もある。
それよりも、後々のための重要な仕掛けの一部として使用しておく必要もある。
「《エア・バースト》使用。更に《特攻》を《重装ワルキューレ》に使用」
守備力の高い《重装ワルキューレ》に無理やり先行特攻を付与し、攻撃力を増加させて《エア・バースト》で吹き飛ばす。
まだまだ場の中央部で戦闘が続く。
デッキの残り枚数も1/3程になり、勝負も終盤だ。
もうすぐ勝利の女神がどちらかに微笑むように思う。
先に動いたのはスズだった。
タイミング的にスズのモンスターが進軍してくる頃だが、全く動きがない。
そして、ダンジョン自体の空気が変わってくる。
だが、どこが変わっているのかよく判らない。
『あぁ、これはまずいな。地面を見ろ』
《サンダー・ドラゴン》が言うように地面を見る。
《水魔法》の水が張っているが、違和感はその下だ。
地面が茶色に淡く光っている。
その光はやがて1m程の間隔で収束すると、岩の塊に変化していく。
その岩の塊がどうなるのか観察していると、《サンダー・ドラゴン》そして《シルフの王》に向かって、眼にも止まらぬ速さで飛びだした。
避ける時間もスペースもない。
問答無用で2体とも倒され、地面に取り込まれていく。
尤も、《サンダー・ドラゴン》は取り込まれたやつとは別に、普通に飛んでいるやつもいるが。
『む。これは多分全滅だな』
「え? まじか……チート級の『修正パッチ』あるじゃないか」
デバイスを確認するとこの地形だけでなく、俺のほぼ全てのモンスターが消失していた。
正確には、風属性のユニットが全滅だ。
尚、チート級とは言ったが、実際はそこまでバランスが崩壊している程ではない。
恐らく風属性固定で汎用性は無いだろうし、進軍してこなかったのもそういう制約でもあるのだろう。
たまたま俺のデッキ構成にマッチしており、致命的なまでに刺さっただけだ。
仕方が無いので、残ったユニットはメインコアの方向に退却させ、メインコアに《リヴァイアサン》と《ストーム・ペガサス》を召喚、《パープル・コア》にも《クラウド・ワイバーン》を召喚し、後は可能な限りバグらせていく。
他に残っている大型ユニットは《フォレスト・ジャイアント》くらいだ。
圧倒的にユニットが足りない。
全体的にユニットを引かせたので、前線の地形はどれも放置だ。
その地形へスズのユニットが全体的に進軍して占領した。
完全に場の状況の天秤がスズに傾いている。
減った手札が補充されるのを見て、溜息をつく。
「これは、終わりだね」
『なにを言う。まだまだこれからだろう。気合をいれるんだ。可能性は残っている』
危機に陥ったり気合を入れた時に、逆転するカードを引いたりランダムの値で良い結果が出るというのは迷信だ。
ユキのように謎の豪運を示すこともあるが、それでも確率の範囲内だ。
確かに確率がゼロでさえなければ、たまたまそういうこともあるだろう。
今居るユニットで現在の状況をひっくり返すには、その豪運が必要になってくる。
《サンダー・ドラゴン》が言うことも判る。
針の孔を通すような手順を通し、気合で確率を操作し良い結果をだせということだろう。
そうすれば勝てる。
最後まで諦めずそれに賭けるのも悪い話ではないし、俺も普通はそうする。
だが、今の状況はそういう話ではない。
「いや、終わりだよ。まぁ、確かにスズとの勝負は終わりではないけどね」
『いったい何を……』
俺は、デバイスで最初からずっと空いていた場の一番右側の列を見る。
正しくは、空くように誘導していた。
勝負には途中の戦闘の勝敗や手札の管理だけではなく、こういった駆け引きも必要になる。
スズはかなり強いが、結構純粋だ。
こういう絡め手があることには気づいていないだろう。
「『修正パッチ』、《増殖》使用」
まず、《パープル・コア》に移動して『修正パッチ』を使用した。
この効果は手札の増殖だが、何度か試した結果、増える手札の内容に法則性があった。
手札の一番左側に置いてあるカードと同じカードが補充される。
そして、それは《増殖》を使ったデッキだけではなく、全てのデッキに効果を発揮する。
つまり、スズのデッキにも同じカードがあれば効果が発動するタイプだ。
デババトのβレギュレーションで部長に勝利したデッキで使用した《ミラーイメージ》のような効果ではあるが、別にスズの山札切れを狙っているわけではない。
そもそもダンジョンデバッグでは山札が無くなっても勝敗は決しない。
『修正パッチ』を使用したのは、単純に目的のカードの補充のためだ。
こんな後半まで目的のカードの大部分が山札に眠っていたのだからよほど運が悪かった。
「《一本道》を配置」
メインコアの前の一番右側に《一本道》を配置する。
《一本道》は、文字通り本来の地形では2分岐する道が1本の道になる――という効果ではない。
最初の頃はそういう効果の地形もあるのかと考えたことはあったが存在はしない。
ありそうなのに何故ないのかとは思ったが、それはこの前の《サンダー・ドラゴン》が言った『ゲームではない』という言葉で理解した。
右側と左側のどちらの1本道になるかが自動的に決められないからだ。
よくできたシステムである。
だがそのシステムに1つ穴があるんだ。
「更に《一本道》配置、更に配置、もう1つ配置、これで最後……《一本道》配置」
『まさか、これは』
これで完成した。
俺のメインコアとスズのメインコアが一本道で繋がっている。
《一本道》が繋がった瞬間、それ以外の地形が上の全ユニットごと消滅した。
そして、DMは自動的にメインコアに戻る。
俺は、メインコアにいる《ストーム・ペガサス》に跨り、スズのメインコア手前の《一本道》まで進軍する。
「ターンエンドだ。さあ、スズどうする? いや、相手はダンジョン――神様かな?」
俺の目の前にはスズのメインコアへと繋がる道が見える。
だが、そこには《雷魔法》で作った雷の網があり、普通のユニットは進軍できない。
進軍できるのは地中移動が可能なユニットだが、それも《水魔法》で封じてしまった。
後は特殊進軍できるユニットくらいだが、今のスズのメインコアには存在しないし、デッキにも入っている気配はなかった。
これでは、スズは進軍できない。
そして、当然俺も進軍できない。
完全な膠着状態だ。
デババトのβレギュレーションでは毎回手札を引くので膠着状態は起きない。
最後に山札を引けなかった方が負けだからだ。
だが、デババトのαレギュレーションはこのデバッグのように手札が固定枚数になっているため、膠着状態となった時のルールが決まっている。
そして、膠着状態という状況は曖昧な表現だ。
膠着状態であると決定するのはお互いのデバッガーだ。
お互いのデバッガーが相談し、膠着状態と判断した場合に次のフェーズに移る。
つまり、会話ができなかったDMと会話ができないと成立しない。
ダンジョンに対するルールと、DMに対するルールが完全に矛盾している。
そして、俺はダンジョンのルールの方は完成されており、安定していると考えている。
そのため、優先されるのはダンジョンに対するルールとみている。
「さあ、どうするんだ? 神様!」
俺は、どこに居るとも判らない存在に問いかける。
これで終わりだ。
俺は神様に対して勝負を仕掛け、その勝負の結果何かが終結した。




