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55話 『接戦』 (2021年8月22日)

 睡眠を取り、デッキも調整した。

 準備は万端だ。

 万を期してブラックホール――ダンジョンボードに触れる。


 黒い光が晴れて見えるのはいつもの光景だ。

 不規則に回転する立方体があり、部屋の壁も既に隣の部屋と繋がっている。

 デバイスを見てもきちんと相手のメインコアは2つだ。

 この試合の結果で何かが変わるかもしれない。

 アズサやスズ、そしてその他の未帰還者達にも影響すると考えると途端にプレッシャーを感じてくる。

 心臓の鼓動がやや速くなるのを感じるが、佇んでいるわけにもいかず、気合いを入れる。


「さて、やるか!」

『ああ、これが最後の戦いだ』


 《サンダー・ドラゴン》が何かのゲームのようなセリフを口走った。

 流石にドラゴンがゲームはしないだろうが、大きな爪で小さなコントローラを操作している姿を想像してしまった。

 《サンダー・ドラゴン》のせいで一気に気が抜けた。

 だが、それで良かったのかもしれない。

 変に気合を入れるより自然体で勝負するのが、俺の基本スタンスだ。


「全く最後だっていうのに引き締まらないな……。勝負開始(デバッグスタート)



  ◇  ◇  ◇



 1ターン目。

 召喚してターンエンドと思った時にふと違和感に気づいた。

 カードが13枚だった。

 正確には、6枚と7枚だ。

 これ自体は本来不思議ではない。

 βデバッガーの場合、最初の手札は1枚減るが、それが1人で2つのデバイスを操作する場合は片方の手札だけで済むらしい。

 その片方は必ずアズサのデバイスのデッキになるので、先に持っていた方とか、デバイスのIDとかそういう順番があるのだろう。

 また、登録して実際に効果が発生する『修正パッチ』も片方――アズサのデバイス側だけだった。

 さて、不思議に思ったのはカードの枚数が多いからだ。

 理由としては、首にアミュレットが掛かったままになっている。


「アミュレットが登録されていない?」


 だけどそれもおかしい。

 最初の手札にたまたま居た《サンダー・ドラゴン》を召喚したが、この《サンダー・ドラゴン》は、いつもの《サンダー・ドラゴン》が実体を持った姿だ。

 つまり、アミュレットの効果は発揮している。


『ああ、登録されていないな。そして効果も発揮していない(・・・・・)

「は? 実体を持つのはアミュレットの効果じゃないのかよ」


 実体を持つのは『装備』カードとしての効果の1つだと思っていたが、そういうわけではないようだ。

 そう言われれば、《サンダー・ドラゴン》が実体を持ったところでメリットはほぼ――全く無かった。

 意識的に行動できる点も、DMがいなかった91階層のことを思えば、モンスターが勝手に動くのも仕様内のようにも思う。

 このダンジョンのシステム的に、カードの効果に全く意味の無い効果などがあるはずがない。

 つまり、《サンダー・ドラゴン》が勝手に(・・・)自分と同じモンスターに同化しているだけという話だ。


『まぁ、共鳴しているためだろうな。ユニークな『装備』が2つあってはいけないからな』

「共鳴? 意味は判らないけど、なんとなく原因だけは判ったよ」


 《サンダー・ドラゴン》が言っているユニークな『装備』とはアミュレットのことだろう。

 そして2つ目のアミュレットと聞けば思いつくのは1つしかない。

 アズサが持っていった『人竜のアミュレット』。

 これをスズが持っているのだろう。

 スズが勝手に人の物を持っていくわけがない。

 そうすると、アズサがスズに直接返したとみるのが自然だろう。

 たった1つの現象から、アズサがスズと無事に会うことができたと知ることができた。


「今度は俺も混ぜてもらわないとな」



  ◇  ◇  ◇



 お互いの地形とモンスターは場の左側に展開されている。

 俺の妨害の結果ではあるが、スズの思考としては、変に戦場を広げるより戦闘の密度をあげようとした結果だろう。

 望むところなので、俺も一番右側の1列は存在しないものとして地形も配置せず空けたままにする。


 俺が使用した妨害は《雷魔法》だ。

 初期の段階でスズのメインコアの一番右側の通路に使用した。

 地形は基本的に2分岐していくシステムの関係上、場の形はひし型になる。

 当然、メインコア側に近い通路を塞ぐのが最も効果が高い。


 一応、奇襲される可能性もあるので頭の片隅に残しておく。

 その上で手札や戦場にも意識のリソースを割り振っていく。

 スズも似たようなことを考えているだろう。

 だが、そんな片隅の僅かな懸念について考える余地もないくらいに戦場は激化していく。

 どちらの読みの方が深いのか、それを競い合い、その結果が場の勢力図に繋がってくる。


 今までのデバッグでも使用してきたカードの組み合わせを総動員して戦闘していく。


「《嵐の渦テュポーン》で《反撃》。――く、やられたか」


 スズの使用した《フォトン・ブラスター》で《嵐の渦テュポーン》が消し飛ばされた。



  ◇  ◇  ◇



「《紫龍》の《地砕》を《竜騎士ワルキューレ》に使用。更に《岩鎧》を《竜騎士ワルキューレ》に使用。――まあ、通してもらえないか」


 《岩鎧》を《ディスペル》のダンジョンスキルで解除され、通常攻撃で《紫龍》が倒される。


 やはり、判りやすいコンボ程度ではすぐにスズに対応される。

 大型ユニットが刈り取られていくが、こちらもやられているばかりではない。

 その旗印になっているのは、《サンダー・ドラゴン》だ。


「《ストーム・シールド》使用。――次に《シルフの王》の《特攻》を《サンダー・ドラゴン》に使用して攻撃」


 《神鳥ガルーダ》の攻撃を耐えた《サンダー・ドラゴン》が、今度は《神鳥ガルーダ》を弾き飛ばす。

 《シルフの王》の《特攻》は、最初のデバッグで使用した《ワイルド・ピッグ》のようにカウンター性能を与える特殊能力だ。

 違いとすれば、カウンター性能だけではなく《神馬スレイプニール》のような先行特攻も与えることができるのと、任意の相手に使用できる点だ。

 色々模索した結果、《シルフの王》は《サンダー・ドラゴン》と最も相性が良いモンスターカードだと思っている。



  ◇  ◇  ◇



「《エレキ・ニードル》使用。更に《特攻》を《カラドリウス》に使用」


 《カラドリウス》はスズのモンスターだ。

 《神馬スレイプニール》と同時に進行してきた。

 その《カラドリウス》の攻撃速度が急上昇し、2体が膨大な攻撃力を示してくるが《エレキ・ニードル》でできたトゲ状の雷にぶつかると、2対ともそのまま消失していく。

 《エレキ・ニードル》は、先行特攻やカウンター性能を持つユニットを全て倒すことができる。

 《シルフの王》の特殊能力と相性が良い。

 尚、妨害された場合でも、《サンダー・ドラゴン》のスキル枠が残っているので十分対処できたが、今回はそのまま終わった。

 スズもあえて妨害しなかったのかもしれない。

 手札に妨害方法があるからといって、必ず妨害していればそれはそれで読まれやすい結果になる。

 場合によってはそこの戦闘を捨て、次の戦闘用に温存する判断も必要だ。

 そんな、押したり引いたりの接戦が続いていく。



  ◇  ◇  ◇


 

『うお、なんだ。やられたのか?』


 こちらのユニットの中心になっていた《サンダー・ドラゴン》が戦闘でもないところで、いきなり地面に取り込まれ始めた。

 このような現象を起こすための方法は2つしかない。

 アミュレットのような『装備』の効果か、『修正パッチ』だ。

 まぁ、順当に『修正パッチ』の効果だろう。


『そうか。俺はここまでのようだ。ナギよ、俺の屍を越えてゆけ』


 《サンダー・ドラゴン》がまた、何か言いだした。

 これは絶対わざと言っている。

 そもそも実体は既に消えており、虚像に戻った状態でそんなこと言われても全く説得力がない。

 まぁ、そのセリフが言えるシチュエーションなんてそうそうないだろうし、言ってみたかったのもあるだろう。

 だが、そんな格好よく決められるなんて、そうは問屋が卸さない。

 俺はわざわざ(・・・・)《パープル・コア》まで瞬間移動すると、1つ宣言する。


「《サンダー・ドラゴン》召喚」


 これは2枚目(・・・)の《サンダー・ドラゴン》だ。

 デッキが2つだし、バランスを考えて2枚入っている。


『……なあ、なんか台無しじゃないか?』


 がっかりしている《サンダー・ドラゴン》を無視してデバイスで状況を確認する。

 今いる《パープル・コア》のように、《ホワイト・コア》の地形が1つある。

 『修正パッチ』を使用したならば、恐らくスズはそこにいる。

 『走破』では、『攻略』するまでこんなギリギリの接戦を潜り抜けて勝利し続ける必要がある。

 だが、別の道もあることを俺は知っている。


「待ってろよスズ。そして話をしよう」

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