52話 『睡眠』 (2021年8月17日)
『ナギ、最後とどめだ』
「判ってる」
《サンダー・ドラゴン》が食いついた《グレーター・デーモン》を俺が拳で殴りつける。
その結果、《グレーター・デーモン》は倒れ、地面に取り込まれていく。
そして、メインコアが複数のカードセットに変化すると同時にダンジョンの壁が崩れ、普通の洞窟に戻った。
尚、普通の洞窟に戻っているように見えるが、『攻略』している訳ではないので、実際に戻っている訳ではない。
恐らく徒歩で上の階層に戻ると、この階層のデバッグはやり直しだろう。
デバッグではアミュレットについて2つ発見があった。
まず、ここにいる《サンダー・ドラゴン》は、モンスターカードの《サンダー・ドラゴン》を召還すると実体を持って戦闘することができた。
まぁ、能力はモンスターカードの《サンダー・ドラゴン》と変わらないのであまり意味はない。
強いて言えば、自分で判断して攻撃ができることがメリットではあるが、それもアズサの『修正パッチ』である《瞬間移動》で全ての戦場に俺が参加できているのでやはり意味はなかった。
ただし、もう一つの効果は大きかった。
アミュレットを『装備』することによって、俺自体に戦闘能力が付いたことだ。
能力としては攻撃力1だ。
バグ進行度や守備力の概念はなく、扱いとしてはユニットではなくDMのままだ。
攻撃力1は小さいように思われるが、全ての戦闘で攻撃力が+1されるとすると意外と大きい効果になる。
「これで、50……51だっけ?」
『51階層目だな。ほら、6セット落ちているだろう』
報酬として手に入るカードセットの数は、最下層を『走破』した時に想像した通り、10階層ごとに1セットずつ増えるようだった。
31階層から40階層が4セット、41階層から先が5セットだった。
今回から6セットなので、51階層目まで『走破』したことになる。
繰り返し『走破』していると回数を数えるのも難しくなってくる。
そして、次の階層へ向かうための漆黒のダンジョンボードが見えている。
色的には漆黒だが、スズのダンジョンに比べれば可愛いものだ。
ダンジョンボードの形は確認できるし、漆黒の光が周りに漏れ出していることもない。
実際、ここまでのDMは強いことには違いないが、強さ的にはデババトのトライアルでベスト64に入る程度の実力だった。
スズとの勝負を経験した今となっては大したことないように感じてしまう。
「じゃあ、次に行く……か……」
ダンジョンボードに手を伸ばそうとした時に少し眩暈がした。
頭に手を当てて落ち着くのを待つ。
『そろそろ休んだ方が良いだろう。実力が出せずに敗北したら後悔するぞ』
「……わかった。今日はここまでにするよ。丁度半分も超えたしね」
眩暈は精神的な疲労から来たものだ。
肉体的な疲労はありえないので、睡眠を取れば元に戻るだろう。
横になるために大きな鞄から毛布を取り出す。
このダンジョンに外から持ってきたものと言えばこの毛布くらいだ。
他に入っているものとすると、財布等の協会に来る前から鞄に入れていたものや、アズサのデバイス、そしてダンジョンに入る時に使用した変装用の女性服しかない。
食料や飲料水といったものも存在しない。
元々、ダンジョンに籠ることを考えて大きな鞄を用意していたが、母さんが言うにはそういった備品――防災グッズのようなものは必要ないようだ。
なにせ、ダンジョンの中では腹は減らないらしい。
いや、腹どころの話ではない。
怪我もしなければ病気にもならない。
そもそも肉体的な影響は皆無とのことだ。
何を馬鹿なとも思ったが、話を聞くと納得してしまった。
ダンジョンでは肉体的な時間が経たない。
『解放』された人は皆ダンジョンに取り込まれた時の姿のままだった。
アカネは成長しているように見えたが、あれは異世界で生活していた事による結果だと思われ、結局『解放』時は元の姿で戻ってきている。
ダンジョンに取り込まれる時の黒い光のように、同じく黒い光に包まれて侵入するダンジョンデバッグでも同じ原理なのだろう。
ほんの数時間のデバッグでは全く気付かなかったが、どうやらその時間は凍結されていたようだ。
しかし、そんな中でも睡眠は必要らしい。
肉体的な要素よりも精神的な要素だ。
体力的には問題なくても頭を使うと精神的な疲労は溜まる。
こういう状態になって初めて感じる不思議な感覚でもある。
『では俺も寝るとするか』
空をバサバサと飛んでいた《サンダー・ドラゴン》だが、地面に降りると頭部から尻尾までを丸め、眼を閉じた。
ドラゴンにはなんとなく『我』とか『儂』とかを使うイメージがあるが、このドラゴンの一人称は『俺』だった。
勝手なイメージだが、ここは普段使う人がいない『儂』を多用した爺さんを見習ってほしい。
そういえば、年齢の割に『儂』はおかしいと思っていたが、爺さんは『竜人』だったわけだから、本当に長い間生きていたのかもしれない。
その意味では、逆にこの《サンダー・ドラゴン》は思ったより若い可能性もある。
とりあえず、実体が無い《サンダー・ドラゴン》にも睡眠は必要らしい。
確かに同じような存在である爺さんも普通に睡眠を取っていた。
睡眠は精神の回復に必要だと実感していたところなのでそれも当然ではある。
『……すー……すー……すー……』
そんな《サンダー・ドラゴン》もすぐに寝息をたて始めた。
この《サンダー・ドラゴン》の存在は、約2日一緒に過ごしているがまだよく判っていない。
それはデバッグに集中していたということもあるが、あまり質問をしてこなかったからだ。
何故封印されているのか、人竜とは何か、何故母さんに協力しているのかなど、気になることは沢山あった。
だが、なんとなくその答えを知っている気がして口には出さなかった。
この《サンダー・ドラゴン》にはどこか懐かしい感じがする。
不思議と心地よい感覚だ。
《サンダー・ドラゴン》の寝息を聞いていたら俺も眠くなってきた。
まだまだ先は長い。
ここはゆっくり休んで明日に備えよう。




