51話 『潜入』
目の前にゲートが見える。
研究所の中心部に向かうためのゲートだ。
まずは、ここを突破する必要がある。
当然協会の人間が詰めており、入場者を管理している。
「入場ですか? 入場には許可が必要ですが、えっと……デバイスの提示をお願いします」
ゲートに近づくと声を掛けられた。
管理の仕事をしている協会の人間だ。
若い男性で、あまりこの業務には慣れてはいなさそうだ。
俺は無言でデバイスを手渡す。
「ありがとうございます。……えっと高乃宮……アズサさんですね。許可されています。どうぞ中に」
俺はデバイスを受け取り、ゲートを越える。
母さんの言う通り問題はなかった。
が、やはりおかしいだろ。
なぜ気づかない。節穴すぎる。
まず、アズサ自体を知らない人間が必要だった。
研究員として第一線で活躍している部長程ではないにしろ、それなりにアズサは顔が知られている。
そのため、面識がないと思われる新人が管理している時間に来た。
そして、実績上は『攻略』もしているので侵入する権利もあるし、母さんが申請しているので手続き上も問題はない。
だが、それ以前に明らかな問題があるだろうに。
『アズサ』は男の名前としては違和感があるはずだ。
そのため、もっとよく本人確認されてしかるべきである。
確認されなかったということは、あの人には俺がアズサ――女性に見えたということになる。
いつかシンジが冗談として言ってはいたが、今俺は母さんの妙案により女装する羽目になっている。
確かに母さんの手による化粧は見事だったし、変装用のかつらや、服を着込んだ姿を鏡で見た時は俺自身誰だと思った。
だが、それが第三者から見ても問題なく女性に見えるのには流石に心へのダメージがでかい。
なんでもするので協力してくれと啖呵を切った手前、断ることもできなかった。
とりあえず、それは忘れることにする。
ゲートを越えると、岩の塊が見えた。
これが高階層ダンジョンの入り口だろう。
高階層ダンジョンの入り口を確認するが、ダンジョンデバイスは見えない。
それは、今30階層にあるとのことだ。
そして、神社のダンジョンのように入り口が開いているわけでもない。
だが、それの解決方法は既に持っている。
部長が母さんに相談するように勧めた理由もこれだろう。
ポケットから、茶色い光を発するビー玉のような物を取り出す。
「『修正パッチ』、《潜入》を使用」
すると、茶色い光が広がり俺を包む。
そのまま岩の塊に触れると、なんの感触もなく手が岩に沈んでいく。
これは、母さんが使用していた『修正パッチ』の1つだ。
αデバッガーとして最初にダンジョンに入った時に入手したものらしい。
岩の壁を通り抜けると、そこは洞窟だった。
ダンジョンデバッグと同じように微かに壁から光が発しているのか暗くはない。
だが、流石に道は判らないので母さんから預けられた『装備』を鞄からとりだす。
それは、今まで俺が使っていて今は持っていないものと同じ形状をしている。
アミュレット。
確かに母さんも昔から持っていた。
だが、デバイスで確認すると微妙に名前が違った。
《人竜が封印されしアミュレット》
それを、首に掛ける。
それと同時に、今まで見えていなかった存在が見える。
『よう、ナギ。上手く潜入したな。こっちだついてこい』
その姿は、とても言葉を発するとは思えない存在だ。
だが、知能的にはそれは可能とも言える存在でもある。
モンスターとしては、頂点に君臨する存在――ドラゴンだ。
このドラゴンは母さんがβデバッガーとしてのデバッグでよく連れていたのを記憶している。
カード的には《サンダー・ドラゴン》と姿が酷似している。
その《サンダー・ドラゴン》が向かった方向に向けて足を進ませる。
残念ながらデバッグの時のように《サンダー・ドラゴン》に乗って進むことはできない。
なにせ《サンダー・ドラゴン》には実体がない。
それは、別の事象と重なる。
突然いなくなった爺さんだ。
今なら判る。
爺さんが居なくなったのはアミュレットが無くなったからだ。
つまり封印されていた存在――『竜人』が爺さんの正体なのだろう。
爺さんが居なかったのは俺がアミュレットを『装備』していなかった時に限られる。
今までアミュレットを外していたのは寝るときだけだ。
たまに朝に爺さんが居なくなったのはただそれだけの理由だった。
尚、これから数十キロをずっと走っていくことになるが、全く息が上がる様子はない。
これが、このアミュレットの効果らしい。
『装備』を使用しても砕け散ることもない。
そもそもバシップ型で使用することはできない。
ただ、装備しているβデバッガーの能力を著しく向上させる。
母さんがβデバッガーとしても多大なる実績を残したのは、この効果も大きそうだ。
俺はこのダンジョンをこれから『攻略』する。
何日掛かろうがやめるつもりはない。
既にアズサのことも、スズのことも1分1秒とて待てる気がしなかった。
高階層のダンジョンだろうが、部長がもうすぐ起こるかもしれないという出来事でもなんでも跳ね返すつもりでいる。
自分がここまで強欲な人間だとは思っていなかったが、ここで全てを取り戻す。




