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50話 『認識』

 昨日逃げだした協会に戻ってきている。


「すみません。俺が不甲斐ないばかりにアズサが」


 一通り事実を説明し、部長に謝罪した。

 まずは、アズサの家族に謝罪をして回らなければならない。

 この後はアズサの家にも行くつもりだ。

 本来は両親の方が先であるべきなのかもしれないが、連絡先を知らなかったので先に部長に電話することになった。

 その結果、部長から「とりあえず協会に居るから来てくれないか」と言われてここに至っている。


「なるほどね。『解放』は投了するのと同じなのか。その発想はなかったよ」


 部長は俺を責め立てることなく淡々と事実を確認してくる。

 今話したのは、アズサが投了した後の現象から自分なりに考察した結果だ。

 ダンジョンは色々な意味で公平だった。

 『解放』が向こう側にだけ起こるという考え方自体が間違いなのだろう。

 アズサが確信していたのかは判らないが、この辺りを考えて出した結論だったのだろう。

 1人が『解放』される場合、それで勝負が終わるのは双子ダンジョンで経験済みだ。

 勝負の付き方は1つとは限らない。

 それは、デババトでも知っていたことだ。


「しかし、『解放』で向こうに行くなら普通に生活できるだろうね。結構悪くないんだ。向こうも」


 さっきから、部長の反応が予想と違いすぎる。

 まるで、ダンジョンに取り込まれる事自体には問題がないように認識しているかのような口ぶりだ。

 合宿で聞いたが、部長は未帰還者からの帰還者だと言っていた。

 てっきり他の『解放』された人達のように記憶が飛んでいるのかと思っていたが、アカネのように『解放』されたのかもしれない。


「向こうの記憶があるんですか?」

「そうだよ。向こうの世界は少し精神に影響が出るけどそれほど問題はないね。ナギの妹とも会っているよ」


 部長の口からスズの話がでたことに驚愕する。

 スズは別の世界で普通に生活できているらしい。

 アカネの話でも生活感は伝わってきたが、部長の話とでは言葉の重みが違ってくる。

 結局部長が知っていたなら協会も知っていたことになる。

 色々と思うところはあるが、ひとまずそれは置いておく。

 とりあえず、少しとは言っても精神への影響という言葉が気になってくる。


「影響というのは?」

「少し世界に対する認識がおかしくなるんだ。そしてこの『認識』というのが、主にここで行っている研究の対象でもあるね」


 部長がなにやら難しいことを言い始めた。

 普段ならよく判らなかっただろうが、丁度似たような事を経験したばかりだ。

 爺さんの存在への認識についてだ。


「βデバッガーと関係があるんですか?」

「流石だね、ナギは。そこまで気づけること自体が珍しいというのに。そうさ、世界のバグ、これを最初に認識した人に『修正パッチ』が手に入る。この違和感を突き詰められるかが大きな違いなんだ」


 確かに俺の『修正パッチ』の入手についても、最初はただの違和感に過ぎなかった。

 だが、違和感がどうしても拭えず、調査したり深く考えた結果いきなり現れた。


「1回気づいた人は次に気づきやすくなるというね。他に気になっていることはないかい?」


 そう漠然と言われても特に思い当たらない。

 デバッグのことは協会の専門だろうし、俺が知っていることと言えばデババトくらいのものだろう。

 そう言えば、デババトで気になっていたことがあった。

 全く関係ないかもしれないが、部長なら知っているかもしれない。


「多分関係ないですが、トライアル……ですかね? あれ、参加者少なすぎません?」


 俺が優勝したデババトのトライアル大会だ。

 10000人規模の大会だが、俺に言わせれば参加者が少なすぎる(・・・・・)

 デババトは世界的に人気があると聞いている。

 地域ごとに開催されているとは聞いていないのであれが本大会だろう。

 それならば、予選があってその勝者が集まるのが普通じゃないだろうか。

 事前登録していたとしても当日に参加できるわけがない。


「おお、凄いね。研究者でもないのに核心に触れてるなんて。これなら、話しても理解できそう(・・・・・・)だ」


 違和感すら感じていなかったら認識すらできないのだろうか。

 部長が重要なことを話しそうな気がする。


「いいかい。この世界は閉鎖されている。バグっているのはこの町だけさ。物理的には開いているけど、中の人も外の人も全く気付いていない。多分隕石が落ちたのがこの町だからだろうね」


 そんなことはないだろうと部長の話を否定したくなるが、冷静に考えてみると確かに他の地域でモンスターの被害があったとは聞いたことがない。

 ネットでも調べる気になったことはないし、勝手に情報を垂れ流すテレビも――。

 ……いや、待て。そもそもテレビをつけた記憶がない。

 使い方は判るのに使ったことが無い感覚が全く理解できず気持ち悪い。

 知らないうちに日常にもバグが浸食していた。

 他にも気づいていないバグがある気がしてくる。


「きちんと理解できたみたいだね。そうすると、ナギはカード上限についても違和感を感じるんじゃないかい?」


 カード上限とは、デバイスのカードリストに付いていた[X/X](かっこマーク)のことだろう。

 確か、SRで分母が6とかそれくらいだった気がする。

 そうか、同じ話だ。カードが少なすぎる。

 全世界にDDがいるなら既にカンストしているような数値でしかない。


「もうすぐ、それが半数に達する。その時にダンジョンになにかが起きるんじゃないかと考えているんだ。その時の何かに対峙するのは僕だと思っていたけど、どうやらナギの方が適していそうだね。これをあげるよ。これでDDの中で1番カードを持っているのはナギになる」

「これって……」


 部長が渡してきたのは部長のデバイスだ。

 DDとしたら最も重要なものだ。


「行くつもりなんでしょ? 親には上手く言っておくよ。ナギのデバイスは『修正パッチ』の効果のせいで問題になっているから流石に回収は難しいけど、これでデバッグはできるはずだよ」


 恐らく協会から受けた質問の中でスズのダンジョンに入る方法も話している。

 その結果、俺の『修正パッチ』の使い道を協会の中で議論しているのだろう。


 部長から貰ったデバイスを起動して確認する。

 自分が持っていたカード数よりも明らかにカードが揃っている。

 これなら俺のデッキも再現可能だ。


「すみません。ありがとうございます。でも、どうやって入れば……『修正パッチ』もないし」

「別に裏道だけが道じゃないさ。その場合の手続きには適した人物がいるよね。ナギなら判るだろう?」


 あぁ、すぐに判った。

 部長が言うなら今日はここに居るのだろう。

 会いに行こう。母さんに。

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