4話 『帰宅』
「うーわ、暑っつ」
タクシーから降りると、もう夜だっていうのに熱気が肌に纏わりついてくる。
車内の涼しさが恋しく感じるが、タクシーはバタンと扉が閉まるとおもむろに離れていく。
お金は払っていない。協会が手配したので運賃も込み込みなのだろう。
まさかのVIP対応である。
「そのくせ、あの値段設定はないよな」
説明会の最後に行われたやり取りを思い出す。
確かに原理的に数が少ないのだろうが。
「とりあえず家に入ろう」
家は目の前だ。爺さんがいるから家は涼しいだろう。
とりあえず落ち着いた場所でゆっくり整理したい。
ガチャ。
手を掛けるとすんなりと玄関の扉が開く。不用心ではあるが問題はない。
元々この地域の治安は良いほうだし、そもそも数年前まではモンスターが街中に出たので、扉や窓は板打ち状態だった。
出現しなくなった反動もあり、あまり人に対する防犯意識は希薄になっている。
そういえば今朝、合鍵について考えたがそもそも鍵は掛かっていなかった。
このことを伝えたら黙って入ってくるようになる気がする。
気づいたら閉めるようにしよう。
「ただいまー」
鍵を掛けながら奥に声を掛けると、居間の方から爺さんの声が聞こえる。
「おや、ユキ君かのー。まぁ、自由にあがっとくれー」
爺さんが何か言っているがスルーする。
別にボケているわけではない。いつも通りだ。
たまに洒落にならないボケを混ぜてくるがわざとだ。
「ただいま。爺さん」
居間に入り、爺さんに再び声を掛ける。
「なんじゃ、シンジ君か。ご飯食べていくかね?」
「まだ続けるの? 少しやることあるからご飯は後にするよ」
「おや、つれないのー。今日はなんかあったかのー?」
ボケ老人設定はやめたらしい。
ちなみに、まだ70前後なのにやたら年寄りっぽい話し方なのは最近のブームらしい。
「あー、トライアルの大会に巻き込まれた。何故か優勝したからDDになった」
自分でも混乱しているのでとりあえず事実だけ簡単に説明しておく。
「DD?」
爺さんがいつかの自分と同じ反応を示している。
説明するのが面倒なので、とりあえずダンジョンデバイスを鞄から取り出して見せる。
「おや、懐かしい。ステータスボードか・・・あぁ、最近じゃDDの方か。ナギよ、こんな姿になるとは情けない」
爺さんが何かボケを入れているがなんか方向性が意味不明だ。
「ん? あー、そういえば、教官がこれをそう呼ぶ人もいるって言ってたな。なったのは、デバッガーだよ」
「デバッガー? β……は終わったって言うとったからγじゃな。まさかお前もデバッガーになるとはなー」
ダンジョンデバッガーをγデバッガーと言うのも爺さんくらいのものだ。
後、『も』というのは両親のことだろう。どちらも有名なαデバッガーだった。
母さんはβデバッガーとしても有名になっているが、あの事故以来、研究員としてバグの研究に明け暮れた結果、β終了に貢献した結果だろう。最近はダンジョンの研究もしているようだから、いずれ別の方向でも有名になるかもしれない。
父さんは俺が物心つくような頃から既にいない。母さんは遠くに出張しているとはぐらかしていたが、爺さんから既に事情は聞いている。
母さんは協会の研究所に泊まることが多いから、最近はほぼ爺さんと二人暮らしだ。
「ん、そうじゃ、お前さっきトライアル大会で優勝したと言うとったな。確か賞金が500万じゃったはずじゃ。はよ! はよ!」
アズサもそうだが、金の亡者が多すぎる。
母さんがやたら稼いでくるから生活には全く困ることはないというのに。
「あー、確かに500万だったね。多いと思ったけど、今考えれば協会は参加費だけで5000万稼いでるんだよね。今後の報酬に充てるんだろうけど取りすぎだよね」
「で、どこにあるんじゃ? ここか?」
爺さんが勝手に俺の鞄を漁り始める。
デババトのカードが入っているからあまり不用意に触って欲しくないんだが。
「あー、爺さん。賞金だけどそこにはないよ。むしろどこにもないかな。全部使ったし」
「な、なんだと……」
爺さんから年寄り口調が飛んでいる。放心しているようだ。
自分でもどうかと思うが、まぁ、仕方ない。
お金より重要なことができたからな。
……しかし、カードが1パック50万は流石にぼったくりだろう。