48話 『喪失』
防衛線を張っていた《虹色の部屋》に、スズのモンスターが進軍してくる。
《虹色の部屋》は、1つの属性に統一する必要がある地形だ。
そのぶん守りやすい地形ではあるが、そこにスズが闇雲に突撃してくるとは思えない。
これはまずいかもしれない。
進軍してきたのは、《神馬スレイプニール》だ。
元々8本脚の馬だが、今はそれだけではなく首が2つある。
当然バグだ。
こちらのモンスターは《フォレスト・ジャイアント》と《フォレスト・エイプ》だ。
いつかも使っていた鉄壁の陣営だ。
お互いのモンスターが睨み合うと、《神馬スレイプニール》が動き出す。
《神馬スレイプニール》には、先行になりやすくなる補正がかかる特殊能力があるので、順当の結果だろう。
また、先行特攻の特殊能力もあり攻撃力が2倍になるので威力も高い。
しかし、それでも《フォレスト・ジャイアント》と《フォレスト・エイプ》の守備力は突破できない。
対策をするか悩むところだが、相手の方が動いてきた。
《神馬スレイプニール》と《フォレスト・ジャイアント》の間に光の妖精が現れる。
これは《サモン・フェアリー》のダンジョンスキルだ。
効果は、1回の戦闘限定で召喚される光属性のモンスターとなる。
その1体の攻撃力が加わってもこちらの守備力を突破できないが、その光の妖精がこちら側にやってくる。
「それは無視できないな。《風の祝福》を《神馬スレイプニール》に使用」
スズは《サモン・フェアリー》をこちらに使ってきた。
こちらの陣営に光属性のユニットが追加されると、地形の効果で全滅だ。
仕返しとばかりに《風の祝福》を使用する。
《風の祝福》は、風属性の攻撃力をランダムで増加させる効果だが、風属性でない場合は風属性にすることができる。
当然使う相手は《サモン・スプリット》を使った《神馬スレイプニール》だ。
《神馬スレイプニール》に生えているもう1つ首は光属性のバグなので、先に相手を地形の効果で全滅させることができる。
すると、今度は空中に光が溜まり始めた。
この前兆は先ほども見た《フォトン・ブラスター》に似ているが、それよりは規模が小さい。
《フォトン・レイ》だろう。
《フォトン・レイ》は3の固定ダメージだ。
当然《フォレスト・ジャイアント》と《フォレスト・エイプ》の守備力にも届かないが、使用した目的は明らかだ。
現状の手札では、それに対抗する手段は残されていない。
「アズサ、すまない。こっちも突破された」
『……厳しいわね。なんとか逆転の目を見つけましょ』
《フォトン・レイ》はこちらのユニットには向かわず、《神馬スレイプニール》のもう1つの首を貫いた。
その後《風の祝福》の効果で《神馬スレイプニール》が纏っていた光が風に変わるが、変化はそれだけだ。
地形効果が発動することはない。
そして、《サモン・スプリット》で召喚された光の妖精がこちらに合流する。
その結果、先ほどは沈黙していた地形から6色の光が生じ、《フォレスト・ジャイアント》と《フォレスト・エイプ》、光の妖精を消し飛ばした。
◇ ◇ ◇
ところどころの戦闘では押しかえすこともできるが、段々と形勢はスズの方に傾いていく。
その原因は主に3つだ。
1つ目は向こうの方がカードのバランスが良い気がする。
恐らくは所持しているカードの量だろう。
ダンジョンボードの色からもそれは判る。
若干改良の余地があるこちらのデッキとは違い、選びきれる最大のカードを使用していると思われる。
そして2つ目は、2つのデッキ間の相性だ。
1人で2つのデッキを使用しているため、まるで1つのデッキのように組まれている。
簡単に言えば、片方のデッキで引いたダンジョンスキルを、もう片方のデッキで引いたユニットのスキル枠で使用している。
これは恐らくこちらもできるのだろうが、アズサと俺のデッキの基本属性は別だ。
当然使用できるダンジョンスキルの属性も異なり、あまり有用な機会はなかった。
DMの能力は互角だと思って良い。
むしろ、こっちの方が上手く捌けている気がする。
デッキの不利がありながら何度も押し返せているからだ。
だが、3つ目の原因が致命的だった。
原因はアズサにはなく俺のせいだ。
正しくは『修正パッチ』の差だ。
俺の機動力不足で、否応なくDMがいない場所での戦闘が発生する。
その戦闘でことごとく敗戦している。
段々とジリ貧になっていき、遂にこちらのメインコアまで占領された。
今いる地形は俺の『修正パッチ』の効果で作られた隠し通路だ。
「ここから押し返す方法は……流石に無理だな」
「えぇ、完敗よ。清々しいくらいね」
恐らくもうすぐスズのモンスターが現れるだろう。
そうなると終わりだ。
ここに居るモンスターは俺の《ゴールデン・ゴーレム》とアズサの《ゴールデン・ミミック》だ。
手札の拡充用で戦闘力はほぼない。
召喚場所を空けるために先ほど突貫させたが、スズはあえて倒さないようにダメージ調整することでこの地形に戻されている。
スズは最後まで抜かりがなかった。
「これで、未帰還者候補か。ま、仕方ないか。誰かに『走破』されるまで一緒だな」
このダンジョンに協会がたどり着くのは10年程先だろう。
協会の人間がスズに勝てるのかは判らないが、部長ならなんとかなる気がする。
そして未帰還者候補になった場合、その後はどうなるかわからない。
今まで未帰還者候補から帰ってきた人は、その間の記憶はないらしい。
同じだとするならば、一種のタイムトラベルを経験するかもしれない。
そういう面では、気分的には楽だ。
「……『攻略』されるまでよ」
「え?」
アズサが手を握ってきて俺の言葉を訂正してきた。
だが、『攻略』が必要な理由が判らない。
「ちょっと調べたのよ。ナギも気にならなかった? カードは10枚セットで手に入るのに、こっちに10枚分いない状態で負けるとどうなるのか」
確かにそれは頭に浮かんだことはあったが確認はしていなかった。
今あるのは、俺、アズサ、『修正パッチ』2つ、アミュレットの5つだけだ。
10枚――2人だから20枚に全く足りていない。
「実際に1回だけ実例があるみたいなのよ。足りないことのデメリットはないみたいだけど、帰ってくるのが後回しになるみたい」
なるほど。
10枚セットのルールが優先されるということだろう。
だが、それでも今後の状況は対して変わらない。
10年程と思ったのが、もう少し伸びるだけだろう。
「でも、私はもっと可能性が高い方に賭けたいと思う。ナギ、アミュレット返せなくてごめんね」
確かにアズサに貸したままだったアミュレットはこの戦いで使ってしまい消滅してしまっている。
だが、今言う必要があることだろうか。
「アズサ、いったい何を言って――」
アズサの方に振り向くと、アズサに強く手を引かれた。
そして、アズサの顔が近づいてくると唇に何かが触れた。
え?
あまりの出来事に呆然として頭が回らなかったが、アズサが次に取る行動に気づいて止めなければならなかった。
スズのモンスターが部屋に入ってくる。
そのモンスターに対し、アズサは浮いているデバイスを掴むと相手の方に投げ出した。
その行動の意味するところは1つしかない。
「『投了』するわ!……ナギ、待ってるわね」
アズサはそう言って俺に笑い掛けると、その笑顔のまま黒い光に包まれた。




