46話 『最奥』
「うまくいったみたいだな」
「そうね。でも、早速始まるみたいよ」
見える光景はいつものデバッグと同じだ。
目の前にメインコアが浮かんでいる。
子供の頃に『修正パッチ』で入っていた時は、まさにダンジョンという感じで石造りの通路に出ていた。
その先に行くと大きな空洞があり、そこが最奥だった。
その構造はβ2の終了まで同じだったらしいが、それ以降はカードゲーム化したため現状の構造になったのだろう。
全く異なる地形になってしまっているが、白地に赤い紋様が入った壁の石には見覚えがあるので場所としては一緒なのだと思う。
つまりは、ここが100層目と考えて良さそうだ。
とりあえず、メインコアの部屋にいるということはアズサの言う通りデバッグは始まっていると思っていい。
鞄から右手でデバイスを取り出し、起動させる。
「あれ? 始まってないな……」
デバイスは起動するが、映るのは編集画面だ。
手札や場が表示されていない。
「多分始まってるわよ。…………だから、その……」
なるほど。
周りを見渡したら原因が判った。
この部屋は10メートル四方の部屋になっている。
それ自体は普通だが、それは1人でデバッグする場合の話だ。
2人でデバッグが可能なのであれば、2つのメインコアの部屋が繋がっていなければならない。
つまり、俺のデバイスが反応していないということは、アズサの方がDMだということだろう。
「……その、手を……放してもらいたいん……だけど」
そういえば、ずっと手を握ったままだった。
◇ ◇ ◇
「手札が4枚しかないわね」
アズサがデバイスを確認した結果だ。
本来は7枚だから、3枚分が何かに取られたことになる。
1枚分は当然アズサのβデバッガーとしての1枚だろう。
残りの2枚が差分だが、それが何かは明らかだ。
「俺と、これだろうね」
俺がβデバッガーとして、ユニット扱いになっているようだ。
そして、首から下がっているアミュレットだ。
『装備』は本来手札でランダムで引くので、最初からあるのはたまたまだろう。
ちなみに『修正パッチ』だが、いつの間にか無くなっていたので恐らく山札の中だ。
事前設定型だと思っていたが、通常使用でも使えるらしい。……効果はお察しだが。
「ナギは011のユニットみたいよ」
バグ進行度0、攻撃力1、守備力1、ついでに言えば装備枠が1で、特殊能力が『修正パッチ』使用可能ということだろう。
アズサのデバイスからユニットの性能が確認できるようだ。
弱いようには思えるがバグ進行度が0であり他のユニットの邪魔にはならないので、それほど悪い値ではない。
ただ、それはユニットとして見た場合だ。
流石にモンスターの壁になったりするのは勘弁してほしい。
「アズサに全部任せるのが忍びないけど、これは待機かな」
「ええ。任せておきなさい」
アズサがデバイスを操作し始めようとしたところで、ふと思いついたことがあったので呼び止める。
「アズサ、ちょっと待って」
「え? なによ」
俺はアズサに近づくと、自分の首から下がっているアミュレットを外し、アズサの首に掛け直す。
「……これって」
「お守りだよ。実際に何かあったら守ってくれるし、いざとなったら使いなよ」
流石にダンジョンの最下層だけあって、相手も一筋縄ではいかないだろう。
アズサであれば問題ないと思うが、いざという保険は大事だ。
「ありがと。絶対に返すわね。勝負開始」
そう言ってアズサがモンスターを召喚し始めた。
◇ ◇ ◇
アズサがデバッグしている間は暇だった。
2人でデバッグしている時とは違って、デバイスで状況を確認することもできないし、通話機能も止まっている。
普通のデバイスの機能はあるので、デッキを確認することはできるが、今更調整するところもない。
2回程相手のモンスターが進軍してきたが、アズサも瞬間移動で飛んできてなんとか倒していた。
その際に状況を聞いてみたが、優勢ではあるらしい。
尚、2回目に進軍してきたモンスターには見覚えがあった。
子供の頃にダンジョンを探索していた時に遭遇していた《デス・トロール》だ。
その頃とモンスター構成が同じなのであれば、俺がテイムしていたドラゴンを除いて、この階層では《デス・トロール》が一番強かったはずだ。
それも1体だけしかいなかったので、1回倒すとリスボーンするまでは安全だった。
スズが取り込まれる直前に襲いかかってきたモンスターもこいつだ。
いきなりスズの目の前にリスボーンしていなかったら、連れていたドラゴンで危なげなく倒せていたと思うと憎らしい相手でもある。
ちなみに、そのドラゴンもスズの事故のどさくさで居なくなってしまった。
もし、今アズサが戦っているモンスターの中にいるのであれば少し寂しい気持ちになる。
すごい脅威にもなるだろうし、居ないことを祈るばかりだ。
「ん? これは終わりかな」
いつものダンジョンの『走破』のように白い光に包まれることはない。
代わりに起きたのはダンジョンの景色の変化だ。
メインコアや壁が溶け込むように消えて、広い空間がその場に現れる。
これは見覚えがある。
本来のダンジョンの最下層だ。
アズサの姿が見えないが、恐らく最奥に居るだろう。
記憶を頼りに進んでいくと大きな空洞に着いた。
開けた視界の先には予想通りアズサの姿が見える。
丁度アズサのいるところは、スズのダンジョンが現れた場所付近なので、アズサの方へ向かって歩いていく。
「お疲れ。流石だなアズサ」
「ナギ、報酬がこんなにあったわ」
アズサの手には10セット程のカードセットが握られていた。
恐らく高階層ダンジョンだからだろう。
単純計算で10階層ごとに1枚増えると考えてよさそうだ。
周回できるのであれば、カード集めにこれ程うってつけのダンジョンはない。
しかし、それは今はあまり重要ではなく、もっと重要な事象が目の前にある。
「真っ黒ね」
「あぁ、漆黒というレベルすら超えてるな」
目の前にあるのはダンジョンボードと思われるものだ。
あまりの黒さにデバイスの形がうまく確認できない。
言わば小さなブラックホールが空中に浮いているようなものだ。
「これが目標地点で間違いないわよね」
「あぁ、これがスズが取り込まれたダンジョンだ」
過去に見たのと同じものがそこにはあった。




