45話 『裏道』 (2021年8月15日)
アズサと共に協会まで来ている。
会うのは2日ぶりだが、久しぶりという感覚ではない。
その理由は昨日も夜遅くまでメッセージで会話していたからだ。
アズサがメッセージアプリを使用していなかったのは、友達付き合いが少なかったためにインストールしていなかったのが真相らしい。
アプリの使い方についてはユキが教えていたようで、IDは2日前に交換済みだ。
これについてはユキに感謝しておきたいところだ。
お盆期間は特に目立った事はしていない。
お盆的なことは、爺さんと共にキュウリとナスに割りばしを突き刺して仏壇に置いたくらいだ。
そういう昔からの風習は本来老人の方が詳しそうだが、爺さんからするとただ風習感がでれば満足らしい。
実際、α以降人が死んでいないので、最近では廃れた家庭も多く、爺さんがおかしいとも言い切れないところが難しいところだ。
ちなみに、シンジとユキがやって来ていたが、仏壇に手を合わせていた。
シンジの家では風習が残っているらしい。
後は、少し買い物をしに店を周ったくらいだ。
やはりお盆休みになっていて、店自体があまり開いていなかったので困ったものだった。
「それで、ここからどうするの? ダンジョンの入り口はあの中にあるはずだけど……」
アズサが、敷地内で一番大きい建物を指刺している。
病院のような区画とは違って、本格的なデバッグの研究を行う区画だ。
元々、研究所の中にダンジョンがあるのではなく、ダンジョンがあるところに研究所を作ったのが正しいのだろう。
「あぁ、それならこっちだよ。とりあえず神社に行く」
アズサが指差したのとは逆の方向に進んでいく。
向かうのは協会の裏にある公園だ。
公園と言っても遊具が置かれているようなこじんまりとした公園ではない。
この町は地方のためそんなに大きくはないが、昔は城下町になっていた。
そして、昔の城跡は公園になっている。
当面の目的地の神社はその公園の片隅にある。
数分歩いていくと、目的地にたどり着いた。
「この神社? 特に何もないような気がするけど……」
「あくまで目印だからね。ここからこっちに行くよ」
整備されている大きな道を外れ、林に繋がっている小さな道を進んでいく。
小さな道を進んでいくと、やがて視界が広がり、小さな社とその横に大きな岩の塊が見えた。
「やっぱり、誰もいないな。目的地はあれだよ」
目的地として指差したのは、大きな岩の塊の方だ。
「あれ? 見覚えがある形ね。もしかしてダンジョン?」
「そうだよ。でも枯れているタイプだね。だからモンスター的には安全ではあるけど、単純に洞穴として危険だから、本来はその社に協会の人が詰めているんだ。今はお盆休みみたいでいないけど」
アズサに見覚えがあるのは双子ダンジョンと同じ形状だからだろう。
違いとすると正面にぽっかりとした穴が開いている。
バグで入れないダンジョンが主流の中、こういう普通のタイプは逆に珍しい。
そして、その穴の前には当然、関係者以外立ち入り禁止の看板とゲートが設置されている。
「じゃ、早速だけど忍び込むよ」
「了解よ!」
ゲート自体は昔と同じように厳重ではあるが、完全に閉じられているわけではなく体を入れるくらいの隙間が空いている。
いたずらでも入る人は皆無なのだろう。
地方特有な杜撰な管理でもあるが、俺達にとっては好都合でもある。
誰にも咎められることはなく、すんなりと忍び込むことができた。
◇ ◇ ◇
「道は合ってるのよね?」
このダンジョンはそこまで複雑ではないが、それでも何ヵ所か分岐がある。
それでも何度も通っていたため、進むべき方向は理解している。
子供の記憶でも案外覚えているものだ。
「あぁ、このダンジョンは間違ったら直ぐに行き止まりになるからね。進めているってこと自体が間違ってない証明だよ」
分岐は何か所かあるが間違ったからといって迷う心配はない。
言ってみれば小さな脇道はあるが、1本道のダンジョンに過ぎない。
「それにどんな状態でも戻る方向は判るから不安にはならないだろ? ……帰りを考えると億劫にはなるけどさ」
「そうね。……帰りはとても疲れそうね」
アズサが後ろを振り向いて溜息をつく。
それもそうだろう。
入り口からここまで全て下り坂だった。
分岐道の先も下り坂なので、戻ろうと思えば上ればいいだけだ。
つまり、帰りは全て上り坂だ。
子供の頃はよく上ったものだと自分自身に感心する。
「ま、もうすぐ終点だよ」
下り坂の先に広い空間が広がっているのが見える。
もしモンスターがいるのであれば、ボス部屋と言ったところだろう。
「じゃ、そこで使うのね」
「そうだよ。奥の壁だね。ちなみにここはどの辺だと思う?」
アズサに対して、天井に向けて指を差して問い掛ける。
ダンジョンでは何回か曲がったりしているので判りにくいとは思う。
ただ、おおよその方向は感じているだろうし、今回の目的から考えれば自然と答えは判るだろう。
「もしかして、研究所の真下?」
「正解」
子供の頃にマッピングしていて判明した結果だ。
研究所の地下は高階層のダンジョンがあるはずなので、物理的におかしいと子供心に思ったものだ。
今考えればダンジョンが物理的に存在する保障もないのでなんとでも説明できそうだが、少なくともそこで『修正パッチ』が手に入った。
いつの間にか手の中に生じていたから不思議なものだ。
話をしているうちに広間まで到着した。
『修正パッチ』を入手したのもこの広間だ。
そのまま奧まで進み、壁面まで進む。
「多分2人でも入れると思うけど、こればかりは試してみないとわからないね。準備は良い?」
「問題無いわ」
高階層ダンジョンは連戦なので、複数のDMと戦うことになる。
ダンジョンの仕組みは公平性があるはずなので、こちらも複数人で入れるのは当然だと考えている。
そもそもβデバッガーは普通に10人以上でダンジョンに入っていたはずだ。
DMとしてではなくβデバッガーとしてならいつでも入れるような気がする。
今思えば双子ダンジョンのダンジョンボードにアズサと同時に触れた際、仮に1対1だったとしても入ることは出来たのではないだろうか。
「じゃあ、入るけど……手を握ってもいいかな?」
「……え? も、もちろんよ」
『修正パッチ』を使用して同時に効果を発揮するためには身体的に接触している必要がある。
これは過去にスズを連れて入った時も同じだ。
その後に事故が起きているので苦い記憶ではあるが、今回はそれとは違う記憶になりそうだ。
アズサに向かって手を伸ばすと、学校の屋上の時のように優しく握り返してくれた。
手のぬくもりを感じながら、もう片方の手でポケットからビー玉状の『修正パッチ』を取り出し、その手を壁面に近づける。
「『修正パッチ』使用」
すると、『修正パッチ』から漏れていた淡い光が段々と大きくなりその場を包み込んだ。




