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44話 『流星』 (2021年8月13日)

 観測会が終わった後は、空き教室でデババトの大会になっていた。

 これも毎回恒例の流れだ。

 観測には全く興味を示さず、このためだけに合宿に参加している部員もいるくらいだ。


 この大会では、俺は残念ながら初戦でいきなり観客に周ることになった。

 だが、それでも周りから幻滅されるような事には陥っていない。

 なんてことはない。

 初戦から部長に当たったためだ。

 新しく組んだデッキで、シンジと対戦して調整した限りではかなり良く作れたかと思っていたが、序盤に奪われたアドバンテージを最後までキープされて競り負けてしまった。

 実質的な決勝戦だと囃し立てられたが、今行われている決勝戦の白熱ぶりを見るとそんなことはないだろう。

 決勝戦は、部長とアズサの兄妹対決だ。

 順当な結果だろう。


 ちなみに、準決勝まではユキがかなり善戦していた。

 結局アズサに敗れていたが、ユキのデッキはたまにあり得ない性能を発揮する。

 ユキはギャンブル要素の強いデッキを好むが、持ち前の豪運で何度も展開をひっくり返していた。

 将来的にギャンブルで生計が立てられるんじゃないだろうか。

 ただし、アズサはその運要素をできるだけ排除するように立ち回り、ユキの持ち味を殺すように捌いていたのが見事だった。

 だが、そんなアズサの立ち回り方も部長には1歩届かなかったようだ。


「んー、負けよ。なんで勝てないのよ」

「ははは。いつでも勝負は受けるよ」


 最初から見ていたが、確かにデッキには大きな差はなかったように見える。

 あったのは心理的な読み合いの違いだ。

 部長はここぞというタイミングで的確なカードを切っていた。

 部長はその辺りの駆け引きが非常に上手い。


「悔しいわね。いつかリベンジするわ」


 アズサが俺の前まで戻ってきていた。


「おつかれ。家ではリベンジしないの?」

 

 俺の場合はスズと毎日のように勝負していたが、アズサはあまり家では勝負しないのだろうか。


「案外あれで兄さんは最近忙しいみたいね。夜は協会に入り浸って結構家にはいないのよ。私もデバッグの方を優先しているから機会はあまりない感じ」


 そういえば、最近は母さんも忙しくて全く家に寄り付いていないから、もしかすると協会の中でなにか起きているのかもしれない。

 スマホにメッセージが入っていたが、どうやらお盆も帰ってこれないようだ。

 次に帰れるのはスズの誕生日でもある22日という話だ。

 逆にスズの誕生日だから無理やり空けるのかもしれない。

 普段から俺は放任されてはいるが、定期的に謝罪のメッセージも届くので、別に親の愛情については疑っていない。


「さて、そろそろ時間だね。準備できたら屋上に集まるように」

 

 部長がメインの観測についての合図をしている。

 時間的には後15分程で0時になる。

 本格的な観測は0時になってからが本番だ。



  ◇  ◇  ◇



「ナギ、なんで0時からなの?」


 空き教室を片付け、屋上に戻ってきている。


「0時になると判るけど、星を見るには周りの光が少ない方がいいというだけの理由だね」


 学校の敷地は繁華街からは離れた小高い丘の上にある。

 繁華街から離れているので妨害する光は少ないが、裏の山から大きな光が発されている。

 スマホを見ると今は23時59分だ。

 3……2……1……0。

 0時になると同時に、裏の山の光が消えた。

 それに伴い、辺りが明らかに暗くなった。


「暗くなったわね。あれ、なんの灯り?」

「ごめん。よく判らない。工場だか何かの灯りって聞いたことがあるけど調べたことはないね」


 まぁ、それ自体には意味はない。

 0時になると消えるので都合が良いだけだ。


「すぐに部室の電気も消えるよ。暗くなる前に準備しよう」


 部室から持ってきた大判の毛布を敷き、もう1枚の毛布を丸めて簡易的な枕を作る。

 流星群の観測だから、夜空を見上げる必要がある。

 当然仰向けになっていた方が見やすい。

 最後の1枚はアズサに渡す。

 夏だけあって夜でも特に寒くは無いが、女子にはなにかと必要だろう。

 敷いた毛布に横になり夜空を見上げる。

 アズサも隣に横になるが、渡した毛布はバサッと広げて俺にまで掛けられた。

 ちょっと驚いて隣を見るが、アズサは既に夜空を見上げている。


「こんなに改まって夜空を見上げることなんてなかったけど綺麗よね」


 特に気にしていないようなので、俺も夜空に集中する。


「そうだな。ほら、あれがさっきアズサが言ってたベガとデネブだね。ちょっと横にあるのがアルタイル。授業で習う夏の大三角ってやつだよ」


 アズサと共にボケーっと夜空を見上げ続ける。

 星が流れるまですることはないので、アズサとなんでもない会話をし続ける。


「アズサはあまり天文に興味がありそうになかったけど、部活は入っていたんだな」

「いいえ。入ったのはつい最近よ。なんだかんだで天文が好きなのは兄さんね。DDについて教えてもらう時に、代わりに入部してこのイベントに参加するって約束させられたのよ。まぁ、来て良かったわ。ナギもいたしね」


 それは、部長と一緒に星を見る約束だったんじゃないだろうか。

 それなのに俺を優先してくれていることにある種の感動を覚え、あえて考えないようにしていたアズサとの約束について考え始める。

 約束の内容では、次会ったらという話だったはずだ。

 こんなに早いとは思いもしなかったが約束は守ろうと思う。

 なんとか勇気を振り絞ろうと考えていると、アズサの話が続いた。


「私、全然友達とか誰かと仲良くなるってことがなかったのよ。やっぱり家のことが判ると一歩引かれるみたい。多分スズが最初の友達ね。スズの両親も有名人だったから、私も気兼ねなく話すことができたのが良かったのかもしれない。ユキもいざ話し始めると全く家のことを気にしないようで助かった。ナギとの付き合いで慣れていたからかな」


 なるほど。

 アズサが金持ちであることをなにかと隠そうとしている理由が判った。

 でも、正直気にしすぎだと言うのが率直な感想だ。


「案外、気にせずに話してみれば誰とでも仲良くできると思うけどな」

「……そう、だといいんだけど……」


 その時、見ていた夜空にアルタイルからベガの方向へ大きく一筋の星が流れた。

 その星に勇気を貰って、肝心な言葉を追加することができた。


「俺は好きだよ。アズサのこと。これからもずっと一緒にいたいと思ってる」


 アズサはその言葉に特に返事はしなかったが、毛布で隠れた手がこちらの手を握ってきた。

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