43話 『観測』
「それじゃあ、二人とも全く気付いていなかったんですか?」
モミジが笑いながら指摘してくる。
が、事実その通りだ。
「先輩って頭いいのにたまに鈍いところあるっすよね~」
ユキにすら揶揄われる始末だ。
確かに同じ学校であることには気づいていなかったが、現在の状況に完全に気付かなかったわけではない。
1つの事実についてはもしやと考えたことはあったが、確認した時にアズサの言葉で否定された記憶がある。
それについては納得がいかない。
「でも、アズサは兄との年齢差が11歳だって言ってなかったか?」
「あぁ、それは実際11歳差だからね」
部長があり得ないことを言い始めた。
この発言には、俺だけではなくユキやモミジまで驚いた顔をしている。
「ははは、面白い冗談だな」
シンジが部長に突っ込んでいる。
俺もシンジの肩を持ちたくなったが、ふと自分だけ――アズサもだが、知っている事実を思い出した。
ダンジョンの『解放』による帰還者だ。
昨日、一昨日と『解放』した双子の家族、そして幼稚園の少女――アカネは言ってしまえば過去から未来に来たタイムトラベラーだ。
部長も未帰還者だったと考えれば辻褄があってしまう。
「えっと、もしやダンジョン関連のバグですか?」
「ちょっと違うけど、その考え方で間違いないよ」
未帰還者の『解放』は極秘なので少しボカシて確認したが間違っていないようだ。
「そっか、DDには感謝しないといけないですね」
モミジも何か知っているのか、俺と部長との会話を理解しているような反応をしてきた。
気にはなるが、家庭によって色々な事情があるし、『解放』について聞くわけにもいかないのでここはスルーしておく。
「でも、ナギにしてみたら、苗字が同じなんだから、もう少し早く気づけたんじゃない? ほら、珍しいじゃない。高乃宮って」
アズサが俺に対して軽い口調で文句を言ってくる。
微かに笑っているのは、この言葉は俺が前にアズサに言った言葉の裏返しだからだろう。
だが、その事実は少し前提が異なる。
そもそも、今までアズサの苗字を知らなかった。
とても今から言える事ではないので、笑ってごまかす。
「あぁ、そうかナギ。同じ学校とも気づいてなかったってことは、高乃宮の話を部長の話だと思っていたな。美形なんて変な言葉を使うからなんだと思ったぞ」
それはシンジとのいつかの会話だ。
部長に対抗して女装したら絵になるとか言っていた話だ。
なんで部長まで女装させるのかと訝しく思っていたが、対象の人物自体が異なっていた。
そもそも、シンジは部長のことは「部長」と呼ぶので、「高乃宮」と呼んだ時点で気づくべきだった。
「え? なにか面白い話でもしてたの?」
「ナギが、アズサちゃんのことを美人だって言ってたっすよ」
「そ、そう……」
ユキの返答にアズサが赤くなっているようだが、実際はそんな話はしていない。
部長が人気なのは美形なのが原因じゃないかと言っていた内容だ。
だが、ユキにとってはそう聞こえていたことだろう。
まぁ、実際そんな話をしていなかっただけで事実ではあるので否定はしない。
尚、この2人はデババトのトライアル後に仲良くなったらしい。
俺が学校をサボった日だ。
誰にでも突貫するユキが今まで話しかけていなかったのは驚きではあるが、流石に兄や親戚が有名人であり、お嬢様然としていてある意味で浮いていた人物に話しかけるのを躊躇――いや、ユキの事だからきっと話し掛けるネタを模索していただけだろう。
結局トライアルでアズサが準優勝になったきっかけで堪らず突貫したようだが、それ以降はその日に出来上がった集団を持前の交友関係を駆使して解散させたり、体調の悪くなったアズサを保健室に連れていったりして守っていたらしい。
先日アズサがデバッグを休みにした用事も、夏期講習の休みで浮かれていたユキと遊びに行っていたようだ。
アズサや俺の話題が中心として展開された会話を、鍋を食べながら過ごしていく。
◇ ◇ ◇
「ナギって天文に興味あるの?」
「興味って程じゃないかな。一応、母さんがやたら詳しくてその影響で変に知識はあったりするけどね」
辺りはすっかり暗くなっている。
だが、まだ夜になり始めたあたりだ。
まだ、流星群を見るメインイベントではない。
宿泊施設の会議室ではまだ宴会染みた食事会が繰り広げられているだろう。
今実施しているのは、新入生向けの観測会だ。
毎年数回ある合宿だが、1年生としては2回目――アズサにとっては1回目となるので、観測の仕方をメインの部員が1年生に教える時間だ。
食事会を抜け出すことになっているが、時間的に今の時間しか見れない物があるので仕方がない。
俺もメインで活動しているわけではないが、この辺は毎年実施しているので教えることはできる。
「へー。で、ナギは今なにを組み立ててるの?」
「これ? これは望遠鏡だよ」
今は三脚に鏡筒を乗せてウェイトでバランスを取っているところだ。
「望遠鏡って後ろから見る細長いやつじゃない? ほら、ああいうの」
少し離れたところでユキがシンジからレクチャーを受けている。
アズサの言うような望遠鏡を使って月を見ているようだ。
その他にも部長やらメインで活動している部員――モミジもいる――やらが色々な所で説明している。
学校の屋上に上がれる権利があるのは、ほぼこの部活だけなので新入生は結構テンションが高い。
フェンスのようなものは無いので、特に縁には近づかないように注意している様子が伺える。
「あれは屈折望遠鏡だね。こっちのは反射望遠鏡」
「何が違うの?」
組み立ては終わったので、目標の光源に向けて反射望遠鏡を調整していく。
「色々あるけど、単純にはこっちの方が綺麗に見えるところかな。ただ、合わせるのが難しい」
反射望遠鏡は横から見る関係で、感覚と合わせ方が微妙に異なる。
方向は合っているはずだが、なかなか視野に映ってくれない。
「あの一番明るい星ね。なんて言う星なの?」
「あぁ、アズサも知っている星だよ。絶対に知っているよ」
断言する。
この星の名前を知らない人はいないだろう。
「そんな有名なの? そんなに知らないわよ。授業で習ったのはベガやデネブだけど、流石に違うわよね。後知っているのはシリウスとか、ベテルギウスとか……」
「どれも違うね。その辺の恒星は望遠鏡で見てもなにも変わらないんだよ。実際望遠鏡で観測できる星なんて限られているんだ」
宙に浮かぶ星は無数にあるが、それは何倍だろうが何十倍、いっそ何万倍にしても点に過ぎないだろう。
「そっか、近くないと意味ないのね。近い星だとすると、それこそ月とか……」
「ほら、丁度見えたよ。答え合わせしよう。見てみなよ」
苦労したが、丁度視野の中央に目標の天体が映っている。
アズサと場所を代わると、アズサが望遠鏡の横についているレンズに目を当てる。
「……なるほど、木星ね。写真でしか見たことがなかったけど、直接見るとすごいわね」
俺も久しぶりに見たが写真ではなく自分の目で見ると感動するものだ。
じっと目を離さない様子を見ると楽しんでくれているようだ。
「土星も見えるよ。木星に満足したら合わせてみるよ」




