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42話 『合宿』 (2021年8月12日)

 ピーンポーン。ピーンポーン。ピーンポーン。


 チャイムが鳴っている。

 1回じゃない。3回だ。

 最近はずっと1回に慣れていたが、元々は複数回鳴るのが当たり前だった。

 訪問してくる顔ぶれには限りがあるのでチャイムの鳴り方で誰かはおおよそ検討がつく。

 直ぐに上ってくるだろうから着替えをして待っている。


「おう、ナギ久しぶりだな」


 部屋の扉を開けて現れたのはシンジだ。

 チャイムからは予想通りだが、昨日考えていた予想とは外れていてる。


「やあ、シンジ。ユキは来ないのか?」


 シンジと同じ夏期講習に通っていたわけだから同じタイミングで終わっているはずだ。

 本来ならチャイムはユキが連打するだろうし、階段もユキならば駆け上ってくる。

 ユキがいないのは確定だろう。


「あぁ、友達と遊びに行くんだと」


 勉強から解き放たれたユキは遊び倒すだろうな。

 振り回される友達も大変そうだ。


「講習はどうだった?」

「合宿場は今日の合宿とは違って山の中だったな。案外面白かったぞ」


 部活の合宿は別に合宿場に行くわけじゃない。

 そのまま学校が会場になる。

 学校と聞いてがっかりする新入生は毎年数人いるが、案外夜の学校というのは斬新で面白かったりする。


「山ってことはここから結構遠くに行ったんだね。あれ? 休みもあったんじゃなかった?」

「休みの日は一応送迎のバスは出たな。俺は山でクワガタを捕っていた。ユキは帰って遊んでいたようだが」


 虫取りか。

 シンジは子供がするようなこともイベントと称してなんでもやる。

 それも割と本格的な方法で実行するので意外と楽しめたりする。


「それで、捕れたのか?」

「あぁ、小さかったので逃がしてやった。意外と器具で引っ掛けるのが難しいもんだ」

「引っ掛ける? 網じゃないのか」


 やはり、謎の道具を使用するようだ。

 これはクワガタと言いつつ、オオクワガタのことだと思われる。

 小さいと言うのも比較的(・・・)小さいなんじゃなかろうか。

 暫くシンジの話に付き合っていると、息抜きになって良い。

 昨日から次にアズサに会った時になんて言うべきかずっと考えていた。



  ◇  ◇  ◇



「んー、やっぱナギには勝てそうにないな」


 シンジが投了した。

 時間が空いたのでデババトで勝負していた。

 今回のデッキは結構上手く組めている気がする。

 今日も部長と対戦することになると思うが、このデッキを使用することにしよう。


 時間的には夕方に差し掛かったところだ。

 今日はシンジに付き合ってゲーセンやらダーツやらボーリングやら、王道の遊び方で発散していた。

 シンジはある程度満足したようで、合宿の集合時間よりはだいぶ早めに学校に来ている。


 学校と言っても部室ではない。

 それなりの人数が集まるので部室では手狭だ。

 今居るのは、学校の隣に建てられている宿泊用の施設――そしてその最上階にある会議室のようなフロアだ。

 学校側の都合なのか、学校で宿泊するには宿泊施設を用意する必要があるらしい。

 このフロアでイベントの説明と、食事会をするのが合宿の通例になっている。

 最初は数人しか集まっていなかったが、今はそれなりの人数が集まってお菓子やら飲み物やらIHヒーターなりの準備を開始している。


「おーい、ナギにシンジ。終わったなら手伝ってくれ!」

「はい、今行きます」


 声を掛けてきたのは顧問の物部先生だ。

 学校でデババトが許されているのかは疑問であるが、物部先生は見て見ぬ振りどころか完全に黙認している。

 普段は何も部活には干渉しないが、合宿のようなイベントには積極的に参加してくる。

 恰幅の良いおじさんではあるが、温和な印象で生徒には人気がある。

 天文に関する授業は俺が選考していないのでどんな授業をするか知らないが、どうやら教え方も上手いようだ。


「じゃあ、俺は野菜でも切るかな」

「ふむ。そういうのはナギに任せた。こっちは設営の手伝いをしてこよう」


 この合宿の定番は鍋だ。

 季節感が合わないが伝統なので仕方がない。

 1つ6人前程の大鍋を6つ作る。

 人数の予定では凡そ30人を超えるくらいだ。

 部員の人数と合わないのは、このイベントはOBも参加可能だからだ。

 卒業すると家に参加有無の確認ハガキが届くようになる。

 ちなみに、ハガキはうちにも届く。

 両親がOBだからだ。

 母さんは流石に忙しくて参加はしてこないが、参加してきたら気まずいだろうなと思う。


「切るの代わるよ」

「ありがとうございます先輩。じゃあ、私は切った野菜を鍋に入れていきますね」


 会場の入り口の近くで野菜を切っていた後輩の女子に声を掛ける。

 野菜を切る作業は、合宿の度に行われている作業なので、数が数だけあって意外と大変なのは理解している。

 代わると言えば大抵断られることはない。


 この子は部活では活動タイプの2年の部員だ。

 部室で顔を合わせるので顔見知りではある。


「先輩って切るの上手いですよね」

「あぁ、自炊しているからね。そういうモミジだって上手いじゃないか」


 モミジはこの子の名前だ。

 そこまで付き合いがあるわけではないが、ユキがモミジ先輩と呼んでいるので名前で覚えてしまった。

 苗字はよくある苗字だった気がするが思い出せない。


「私には歳の離れた弟……と、妹がいますから。家の都合で私が料理する必要があって……」


 この時代では、モンスターの影響で問題を抱えている家庭は多い。

 親が未帰還者だったりすることもある。

 言い淀んだ言葉が気になりはしたが、こういう場合は触れないのが鉄則だ。


 暫く鍋の準備をしていると、段々と日が傾いてきた。

 そろそろ準備が完成というところで部長とシンジがやってきた。


「もう少ししたら開始時間だよ。最後はやっておくからナギもそろそろ休むといい」

「俺達の席はそこだな。しかし、あいつ遅いな」


 会場を見渡すと1つだけ誰も座っていないテーブルがある。

 ここにいる、4人で座ることになるらしい。

 ちなみに、あいつとはユキの事だろう。

 確かに人数的にはだいぶ集まっているし、開始時間も後10分程だ。

 部員は基本早めに集まることになっているがまだ来ていないので言ってしまえば遅刻だ。

 が、扉の奥の廊下を見ると集合時間に対してはギリギリ間に合ったようだ。


「セーフっすか? あ、先輩、部長久しぶりっす~。色々してたら遅くなってしまったっす。あ、モミジ先輩もお久しぶりっす~」


 そう言いながらユキがフロアに駆け込んできた。

 入り口の近くにいた俺達を見つけて謝罪とも言い訳とも言えない言葉を口にする。

 元気なのは相変わらずだ。


「やあ、ユキ。久しぶりだな。夏期講習はどう…………え!?」


 ユキと会話をしようとし始めたら、そこには全く想像していなかった出来事が待っていた。

 それは、ユキに対する出来事ではない。

 ユキの後ろから顔を出した人物を見て呆然としてしまう。


「約束通り来たわよ兄さ…………え? ナギ?」


 そこにいたのはアズサだった。

 予想もしていなかった遭遇に、会いたい気持ちと今はまだ会いたくない気持ちが混ざった複雑な心境を感じる。

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