39話 『確保』 (2021年8月10日)
ここ数日は双子ダンジョンを周回し続けている。
アズサの『修正パッチ』を発見してからのデバッグは順調だった。
『修正パッチ』の効果でデバッグの効率が飛躍的に向上した。
……主にアズサの『修正パッチ』による効率が、だが。
『左側は終わったわ。右側も行くわね』
「よろしく」
アズサが縦横無尽にダンジョンを飛びかっている。
アズサの『修正パッチ』は《転移》だった。
つまりは、どこの地形でもDMとして参加できる。
かなり有用な『修正パッチ』だ。
そんな強力な『修正パッチ』をどうやって入手したかも聞いてみたが、全く見当がつかないらしい。
子供の頃に何か不思議な現象を見たような気がするとは言っていた。
『修正パッチ』はバグに関連するので《転移》するモンスターにでも遭遇したのかもしれない。
尚、俺の『修正パッチ』は《隠し通路》だ。
効果としてはメインコアの後ろに地形を設置できる。
一応、メインコアを制圧されても後ろの地形が制圧されるまでは負けにならないらしいが、この双子ダンジョンのように常に優勢でいられる場合はほぼ意味がない。
無いよりはましと言うレベルだ。
『修正パッチ』自体は、カードセットと同じようにデバイスに近づけると溶け込むように吸収された。
それでデバイスに登録されるようだが、カードセットとは異なり、解除しようとすると取り出すことが可能だった。
『あれ? ナギ、そっちに行ったわ。これどうなるの?』
これまでDMの双子の少女は、途中の戦闘で敗北するとメインコアの方に逃げ帰っていた。
しかし、アズサの機動力が『修正パッチ』ではね上がっていたため、今回に限っては奥の方から手前側にDMを追い込むことができている。
そのため、逃げ道がこちら側にしかなかったようだ。
「途中でDMを倒すのも『走破』の条件だったと思うけど、とりあえず試してみよう」
守備の要としていた《フォレスト・ジャイアント》と共に1つ先の地形に進軍する。
1つ先の地形には、DMの少女とでっかいスズメ――《島雀》がいる。
《島雀》は大型でダンジョンスキルも使える優秀なユニットだが、手札が揃っているので負けることはないと思う。
対峙すると《フォレスト・ジャイアント》が動き始めたので、こちらが先行のようだ。
特別必要もなさそうだが、念のために《フォレスト・ジャイアント》を《ケサランパサラン》でバグらせる。
《ケサランパサラン》を召還すると、白い光とともに、もこもこでつぶらな瞳を持つ可愛らしい生き物が現れた。
この組み合わせのバグらせ方は初めてなので、どんなバグり方をするのか祈るように見守る。
人型の木の巨人である《フォレスト・ジャイアント》は目の前に現れた《ケサランパサラン》を見て動きを止めた。
《ケサランパサラン》と目が合っているようなので、意志疎通でもしているのかもしれない。
そして《フォレスト・ジャイアント》は再び歩き始めると、《ケサランパサラン》をそのまま踏みつぶした。
「ぇぇ……」
《フォレスト・ジャイアント》はその後数歩進むに連れ、段々と全身から白い毛のようのものが生えはじめ、最終的にモサモサになった。
『ナギ……また、変なバグらせ方したでしょ』
デバイスでは具体的なビジュアルは確認できないはずだが、何度か俺のバグを見てきたアズサには筒抜けのようだ。
俺がバグらせると何故か大抵変なバグり方をするような気がして仕方がない。
とりあえず《フォレスト・ジャイアント》が強化されたことには違いないので相手の反応を確認する。
「……」
どうやら、こちらのバグに対応して向こうもバグらせるようだ。
茶色い光と共に現れたのは《ゴブリン・キング》だ。
スズメとゴブリンだと、流石に俺より変なバグり方をするだろうと期待しながら見ていると、《ゴブリン・キング》はスズメの頭の上によじ登ると、特に何もなく煙のように消えてしまった。
残ったのは王冠を被ったスズメだ。
「くそ、なんか負けた気がする」
『ま、勝負は結果が全てよ』
アズサが見ていない状況でも状況を察して慰めてくれるが、アズサのバグり方も結構洗練されているので敗北感が強い。
「《フォレスト・ジャイアント》攻撃!」
半分八つ当たりのつもりで《フォレスト・ジャイアント》に攻撃を指示する。
だが、《フォレスト・ジャイアント》の攻撃力では相手の守備力を超えることはない。
当然相手も何もしないようなので、このタイミングでダンジョンスキルを使用する。
「《フェイズ・シフト》使用」
スキルの使用に合わせて《フォレスト・ジャイアント》の攻撃速度が向上した。
《フェイズ・シフト》は、攻撃力と守備力を入れ替えるダンジョンスキルだ。
元々《フォレスト・ジャイアント》は守備力に補正があるので高い攻撃力になる。
《フォレスト・ジャイアント》の腕が《島雀》に当たり、そのまま殴り飛ばそうとする。
「……」
攻撃に合わせて、相手は《キュア》を使用したようだ。
攻撃を受けた箇所が光り、《島雀》が《フォレスト・ジャイアント》の腕を押し戻していく。
光の強さから回復量は3くらいか。
《キュア》は、ランダムでダメージを減らすダンジョンスキルだ。
ランダム値の正確な数値はデバイスでも確認できるが、見た目でも凡そ判別が可能だ。
「《ストーム・シールド》使用』
《島雀》は辛うじて耐えていたようだが、このダンジョンスキルが決定打になったようで、《フォレスト・ジャイアント》が《島雀》を殴り飛ばした。
《ストーム・シールド》は本来守備力を+3するダンジョンスキルだが、先に《フェイズ・シフト》を使用しておくことで、攻撃力の増加にも使用できる。
《フォレスト・ジャイアント》が勝利の舞のような動きをしているが、それは気にせずDMの少女の方を向く。
「さて、どうなることやら」
DMの少女は逃げ道がないので、そのまま佇んでいる。
どうすればいいのかわからないが、とりあえず捕まえようと肩に触れる。
すると、その瞬間白い光が溢れだした。
「あれ、終わりか?」
『こっちも光始めたわよ。終わりみたいね』
白い光が晴れると、いつものテントの光景が目に入る。
当然隣にはアズサもいる。
「この方法だとカードセットは無いんだな。代わりに起きるのが――」
「『解放』……みたいね」
地面には中学生程のポニーテールの少女が倒れ込んでいた。




