3話 『説明』
「ふぁぁー。ねむ」
俺は欠伸を噛み殺しながら、ぼそっとつぶやく。
朝早くに起こされたのもあるが、教官からの歴史の授業が退屈だった。
現在は、優勝の商品としてDDになる権利について説明を受けているところだ。
ようやく歴史が終わり、DDの本業に繋がりそうな話になりそうなので、注意して聞くことにする。
「えー、現状ダンジョンの内部は過去のαやβ時代を経て異常な状態、そうだな、時空のねじれや、ありえない深い階層、理不尽な罠、モンスターハウス、対処不能なモンスター、その他致命的なバグといったものは発生しない。ただ、当然人間自体のレベルやスキルといったものも過去のデバッグで修正されてなくなっているから通常の方法でデバッグは難しい。そもそも、道中では魔石や宝箱といった資源やアイテムも発生しなくなっているから一般人がわざわざデバッグするメリットはないな。ただ、DDとしてデバッグすると協会から多額の報酬が出る。とりあえずここまでで何か質問はないか?」
ここまでは知っている。
ただし、DDはダンジョンを特殊な方法でデバッグしていると発表されているが、具体的にどのような方法なのかは未発表だ。これは聞く必要があるだろう。
後は、ダンジョンについても、俺なんかは放置しておけばいいと考えているが、協会としてはバグを解決するという大前提の他に報酬を出してまでデバッグするメリットがあるらしい。
秘密にしているようだが、DDになればこの辺りも説明してくれるんだろうか。
「せんせー」
と、考えていると隣から手が上がった。手を挙げたのはアズサだ。
準優勝でもDDになる権利があるため、同時に説明を受けている。
今後の行動に関わってくるので質問する内容はいくらでもあるが、アズサもその辺が気になっているのだろう。こちらが質問する手間が省けた。
「報酬っていくらよ?」
違った。金の亡者かよ。
しかし、俺も気になる点ではあるので突っ込みはしない。
「難易度にもよるが一般的には走破の段階で10万程だ。攻略した場合も難易度によるが最低でも100万程がでる。ただし、攻略の途中で解放できた場合は別口で100万程の追加ボーナスが生じる。」
「かなり高いわね。やるわ。」
金の亡者は置いておいて、新たな疑問が生じた。
アズサは質問してくれなさそうなので、自分で質問することにする。
「走破と攻略と解放の違いはなんでしょう?」
「走破とはダンジョンの最奥まで到達することだな。攻略はデバッグが完了しダンジョンが消滅することだ。解放は同じダンジョンを攻略していると遭遇する現象だがこれは後で説明する」
ダンジョンをデバッグするには何度もアタックする必要があるらしい。
解放というのが一番重要な事象のような気がするが後で説明とのことなので保留し、最も気になることについて質問をしておく。
「走破なり攻略のためのデバッグはどんな方法でしょうか? そもそも、デババトの勝者にDDの権利が与えられるのが疑問です」
「当然の疑問だな。それにはβ時代の終了以降の歴史が少し必要になるな」
また、歴史かよ。ただ、知らない話がされそうなので黙って聞くことにする。
「β時代の終了でダンジョンは安定したがその後のデバッグは大変だった。これは何故か判るな?」
「チート能力がデバッグで消失していますからね。」
さっきの話にもあったし常識でもある。
「そうだ。多少の能力は『修正パッチ』として残っているが、チート級の能力は消滅した。そのため、最初は『修正パッチ』を利用したβデバッガーが犠牲も問わずデバッグをした。当然最初は犠牲も多かった」
「えっ。DDって危険があるの?」
犠牲と聞いてアズサが顔を青くしている。現在のDDに犠牲者はでていないと聞いているが危険はあるのだろうか。確かに大きな力もなくダンジョンのモンスターを相手にするなら犠牲はかなりあっただろう。
教官は俺たちの様子を見た後、顔を緩め言葉を続ける。
「ところがだ、最終的には犠牲がゼロになっている」
意味不明だ。今は黙って話を聞く。
「これは犠牲の発生の仕方の問題だが、とりあえずダンジョンの中では人は死なないようだ」
ふむ。この説明でも意味不明だが、そういう現象には心当たりがある。
「バグでしょうか?」
「いや、最初はそう考えられたが現象が安定しているので個別のバグではなくダンジョン自体の特性として考えられている。全滅した場合はダンジョンの入り口に戻されるようだ。ダンジョンへの敗北、走破に失敗した場合だな」
バグはちょっとした条件の違いで異なる現象になるので、安定した現象なら確かにダンジョンの仕組みとして扱った方がシンプルだ。
しかし、今の話だと矛盾がある。
「それだと、最初から犠牲はでないように思いますが」
「あぁ、だがここで犠牲が発生する。10個の物体が戻らないんだ。これは装備だったりするが人の場合もある。『修正パッチ』の場合もあるな」
なるほど、未帰還候補になるのか。確かに犠牲だ。
ただ、それがゼロになったということは帰ってきたということだ。
「それが解放に関係するのでしょうか?」
「いや、もっと単純だ。走破に失敗すると10個の物体が奪われるが、走破に成功すると逆に10個の物体が手に入る。これは帰ってこなかった装備だったり人だったり、『修正パッチ』だ」
なるほど、道理である。今までのバグであれば理不尽なことも起きるが、公平性があるのはダンジョンが安定していると言われるだけある。
「尚、奪われた物体が無い場合はそれ以外の物体が手に入る。道中で魔石やアイテムは手に入らないが、走破した場合のみカード状の物体が手に入る。それがこれだ。これは、魔石と違って用途不明だったが現在はダンジョンの構成物だと判明している。」
教官は、机から何かを取り出すと机の上に置く。
10枚のカードかと思ったが、実際は少し厚さのある1つの塊だ。カードというよりカードパックという方が近いように思う。話の流れから10枚セットで手に入るのだろう。
ちなみに、魔石とは過去にモンスターを倒すと残っていたエネルギー体だ。
カードは魔石とは別物とのことだが、同じようなものならダンジョンのエネルギーのようなものだろう。
となると攻略については条件が見えてくる。
「では、走破を続けて全てのカードを奪い取れば攻略ですね」
「そうだ。正確にはダンジョンが維持できる以下までの構成物で十分だがその考えで合っている。そして、攻略した場合、さきほどのカードとは別のものが手に入る。これだな」
そう言って、教官はタブレットのような大きさの板を机から出すとアズサと俺に渡してくる。
「それは、ダンジョンデバイスだ。昔はそれのことをDDと呼んでいたが、今では使う人のことを示す場合が多いな。とりあえず、デバッグにはこれを使用する。まずはそれを起動してみろ。その方が説明が早い」
デバイスを確認してみる。ただの白色の板なので起動方法は全く判らない。
「うへっ!」
隣でアズサがすごい声を出しているが、もう少し可愛げのある悲鳴をあげるべきではないだろうか。
とはいえ、起動に成功したのか隣ではデバイスが空中に浮いていて光を放っている。過去にはステータスプレートというものが同じように浮いていたらしいし、つまりそういう物質だろう。
ステータスプレートは念じると表示されていたようなので起動方法も同じということだろう。
『起動』
そう呟くと俺のデバイスも発光する。操作するつもりなので空中には浮かべず手に持っている。
光は画面になり、画面には見覚えのある物が写っていた。
「ん、デババトじゃん。あれ、ちょっと違うか」
「え?ほんとだ。へー、ほーん」
犠牲の話でさっきまで青くなっていたのに、アズサはデバイスを夢中になって触り始める。
現金なやつだ。
「起動できたな。そのデバイスに先ほどのカード、ダンジョンの構成物が登録可能だ。つまり、そのデバイスがダンジョンそのものになると言ってもいい。ダンジョンを使用してダンジョンをデバッグするんだ。デバイスを使用するメリットとしては、普通にデバッグするより勝率が高いことと、人的な犠牲が生じないことだ。後、デバイスの内容にデババトに似ているんじゃない。デババトの方が似ているんだ。元々デババトは、α時代やβ時代のデバッガーが実際にデバッグする前に練習用に作成されたものだからな。デババトが得意なやつがデバッガーでも良い結果を残すものだ。その選抜試験として用意したのがトライアルだ」
ある程度理解できた。ただ、トライアルを開催してまで選抜する必要があるのだろうか?
「他人任せにするわけではないですが、βデバッガーの人たちがDDになるのが自然なんじゃないでしょうか?」
「あー、デバイスの入手後、最初はそうだった。だが残念ながらそれはリスクがあるんだ。DDとして活躍しているβデバッガーはゼロではないが、彼らは最初に通常の方法でデバッグを試みたせいでユニットとして扱われる。ダンジョンがどう判別しているのかは不明だが、これはβデバッガーであるという時点でユニット扱いになる。なので新規に募集する必要があった」
ユニットとはモンスターと同列の扱いだろう。つまり、走破に失敗した場合、自分が未帰還者候補になるということか。
それは大きなリスクだろう。
「では、俺がもしDDになって走破に失敗した場合はどうなるのでしょう?」
「ユニットと違い、DMが帰ってこなくなることはない。帰ってこなくなるのはデバイスだ。攻略の逆現象だな。ダンジョンにこちらのダンジョンが攻略されたことになる」
新しい言葉を聞いたが、きっとダンジョンマスターとかそういう言葉だろう。
走破にも逆の現象が起きるなら、攻略にも逆の現象が起きるのは道理である。
ただ、違和感がある。
「デバイス内のユニットや装備が10個喪失するわけではないんですか? そちらの方が自然な気がしますが」
「残念ながら、カードはデバイスに登録するとデバイスに一体化して分離されることはない。走破に失敗すると一発アウトだ。ダンジョン側に有利なように感じるが、こちら側に都合が良い現象もある。それが解放だ」
解放か。やっと本題に入るようだ。
「だが、解放については現在では極秘事項だ。トライアルの賞金が高い理由でもあるが、聞いたら守秘義務とDDとして強制参加する義務が発生する。関わりたくなければDDにならず賞金をそのまま持って帰ってもいい。その場合はデバイスは返してもらうがな」
「聞くわ」
はっと操作に夢中になっていたデバイスから顔を上げてアズサが即答する。
きっとデバイスへの興味と報酬が手放せないのだろう。欲望に忠実なやつだ。
「俺も問題ありません」
俺も、国からのプレッシャーは感じるが、安全だと言うし好奇心が勝ったので同意しておく。
「了解した。では聞くがいい。解放とはダンジョンに囚われたDMを解放することだ。バグによる未帰還者はダンジョンに取り込まれているが帰還させることができる」
「え? それが極秘なの? 走破の結果と同じじゃない?」
アズサはクエスチョンマークを頭に浮かべているがとんでもない。
俺は戦慄していた。教官は未帰還者と言った。ということは、
……スズが帰ってくる?