38話 『覚悟』 (2021年8月6日)
今日もアズサの家――正確には離れらしいが――にお邪魔している。
別に新しい用事があるわけではない。
片付けだ。
昨日、調べるために広げすぎた結果、昨日では元に戻しきれなかった。
アズサは別にそのままでもいいと言っていたが、そういうわけにもいかないだろう。
そして、丁度今持っている箱が最後の一箱だ。
「ふ~、終わったな」
「ナギ、最後までありがと。凄く助かったわ。とりあえずご飯作るわね」
確かに時間的には昼を回った頃だ。
昼にするには丁度良いだろう。
「うどんでいいわよね」
「あぁ、構わないよ」
何が食べたいか聞かれたら多分なんでもいいと答えただろう。
恐らく嫌われる答え方なんだろうとは思うが、これと言って何をと言われると悩んでしまう。
その点、アズサはこれと決めてくれるので付き合いやすい。
「じゃ、ついて来て」
「ん? どこ行くんだ?」
昨日はつい気になって台所を見せてもらったが、本来昼食時に移動は必要なかった。
昨日の素麺も先ほどの空き部屋でテーブルを出して食べていた。
「私の部屋よ。そっちの方が涼しいしね。……昨日掃除したから入っても大丈夫よ」
確かに先ほどの部屋はエアコンが効いてはいたが、部屋自体が大きいのと物の出し入れをしていたためにそこまで涼しい環境ではなかった。
アズサは普段から部屋を綺麗にしていそうな印象はあるが、昨日はいきなり招待しづらい乙女心でも働いたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
アズサの部屋は元々和室の部屋を改造したのか、赤い絨毯が敷かれ、お洒落な家具でまとめられた洋風な部屋になっていた。
女の子らしいところとしては、横長の箪笥の上にデババトモンスターシリーズのぬいぐるみが並んでいる。
アカネも持っていたリヴァイアサンもいるが、一際目を引くのがでっかいスライムだ。
これは見覚えがある。
夏祭りでゲットした景品だ。
やることがなく暇だったので、持ち上げてもふりあげてやる。
もふりながら待っていると、アズサがやってきた。
「おまたせ」
「おかえり。早かったね」
アズサは背中で扉を押し開けると、両手で持っていたお盆をテーブルの上に置いた。
お盆の上には白い麺が綺麗に盛り付けられた2つの皿と、茶色いつけ汁が入った器が用意されている。
どちらもガラス製の器で涼しげだ。
昨日使った器とも違うのでたくさんあるのだろう。
うどんについては、恐らくこの辺の名物で有名な細いうどんだと思う。
実際とても美味しいが、高級品なのでたまにしか食べることができないので地味に嬉しい。
アズサもテーブルの向かいに座り、いざ食べようとすると、だんだん女の子の部屋で一緒に食事をとるシチュエーションが気になり出したので、変に意識する前にうどんを口にすることにする。
スライムにはベッドの方に行ってもらうことにした。
「「いただきます」」
箸を取り、一口分を口に運ぶ。
細い割に弾力があり、うっすらと塩味を感じる。
のど越しもツルッとした食感で気持ち良い。
「久しぶりに食べたけどやっぱ旨いな」
「自分ではあまり買わないものね。うちは、色々貰ってくることあるから結構余るのよね」
食べ進めながらうどんについて話していると、お中元のような形で最近貰ったらしい。
地味に賞味期限が長いので前に貰ったやつと合わせて積み重なっているようだ。
久しぶりに食べると良いものであって、在庫処分のような扱いになるとありがたみも薄れるかもしれない。
尚、家の繋がりが多いところでは定番の贈り物らしいが、少なくともうちは親戚付き合いが希薄な家のため、お中元を貰った記憶がない。
もうすぐお盆を向かえるが、うちでは特にイベントは生じない。
アズサの家はお盆になると、人付き合いによるしがらみもあるだろうし大変だと思う。
「ところで……頑張って『修正パッチ』を探しはしたけど、結局大丈夫なのか?」
『修正パッチ』の捜索も終わって一息ついたことだし、今まで保留にしていた話題の確認をすることにする。
「それは、ナギも一緒じゃない? やめるつもりはないんでしょ?」
「それは当然。後はまぁ、一応母さんも協会の関係者だし、もし何かあっても協会がなんとかしてくれる算段はあるしね。その点、アズサの場合は騒ぎになるんじゃないか?」
確認している内容はβデバッガーとしてのデメリットの話だ。
βデバッガーは『修正パッチ』が使えるぶんデメリットがある。
デバッグに失敗イコール未帰還者候補だ。
今までは知らずにリスクを追っていたが、これからはそういうわけにもいかず、覚悟が必要になってくる。
「案外うちは大丈夫よ。……前例もあるしね。そもそも仮に未帰還者候補になったとしても、ナギが助けてくれるんでしょ?」
「そりゃあ……そうだな。そうなったら何がなんでも助けるよ」
「ほら、安心じゃない」
まぁ、アズサの性格は既に把握していたし、こういう結論になることは解っていた。
ほぼ認識合わせのための会話だった。
「じゃ、早速ダンジョンに行って実験が必要かな。……ごちそうさまです」
昼食も食べ終わり、時間的には午後に差し掛かったところだ。
これからダンジョンに向かえば、デバッグする時間は十分ある。
『修正パッチ』を使用したデバッグを試す必要があるだろう。
「んー、それもいいけど折角デッキ持ってきたなら久しぶりに少し勝負しない?」
アズサは「ごちそうさま」と立ち上がると、ベッドからスライムを回収しながら棚に向かう。
そして、棚に並んであったデババトのデッキケースを持ち上げていた。
最近はダンジョンデバッグばかりでデババトは久しぶりだ。
アズサのいう通り、デッキも鞄に入っている。
そういうこともあるかと思って昨日から持ってきていた。
「いいよ。蹴散らしてあげよう」




