37話 『整理』
物置部屋から隣の空き部屋へ物を運んでいる。
物置部屋では物を広げるスペースがなかったので、隣の空き部屋を利用して確認することになった。
隣の空き部屋は純和室の畳張りで、8畳ほどの広さの部屋だった。
役割としては俺が隣の部屋へ運び、アズサが確かめる作業だ。
これを午前中から繰り返しているが、そろそろ夕方に差し掛かる頃だ。
ようやく8割方終えたくらいだが、まだ終わりそうにない。
ちなみに、昼飯はアズサが「私が作るわ」と言って夏らしく素麺を作ってくれた。
素麺は今まであまり好んで食べてはいなかったが、アズサが作った素麺は1本1本の食感が感じられる程に歯ごたえがあり美味しかった。
素麺自体が良いのか、作り方が上手いのかは判らないが、素麺の存在を見直そうと思う。
尚、アズサが作っていた場所は台所というよりは厨房と言った方が適切な場所であり、昔は料理人でも居たのが予想できる。
そういえば、最初にアズサと昼食を食べたカフェのオーナーはアズサの家のシェフだと言っていた――正確には言ってはいなかったが、ここで作っていた経験があるのかもしれない。
また1箱運び終わると、未開封な箱がだいぶ溜まってきているのがわかる。
運ぶ作業と比べると、確かめる作業の方が時間がかかるようなので少し休憩することにする。
「どう? 思い当たる何か出てきた?」
「手伝いありがと。多分最後に見たのは小学生の低学年だと思うのよね。だからこの辺りではないと思う」
アズサがこの辺りと言ったところに目を向けると、小中学生辺りの教科書やらプリントやらの束や制服が置かれている辺りだ。
「だいぶ物持ちがいいよね」
「無駄にスペースがあるから捨てる必要がないのよ。だから、どこかにあるのは確定なんだけど」
学校の教材はスズにお下がりするようなもの以外は割と簡単に処分していた。
おそらく母さんの影響だ。
母さんはかなり効率的な行動を取るので、不要と判断したものはばっさりと処分していた。
母さんの仕事である研究員には資料がごちゃごちゃ積みあがっているイメージがあるが、母さんにそのイメージは重ならない。
研究室にでもいくと、かなり整理されているのではないだろうか。
少し見てみたい気がする。
積みあがった教材を物色していると、目を引くものがあった。
「お、卒業アルバムじゃないか。小学校のかな」
紫色の立派な表紙で回りの教科書より大きく存在を主張している。
手に取ってみるとアルバムは見覚えがある形をしている。
それもそうだ。
スズと同じ小学校ということは俺と同じ小学校だ。
地区が違うのに同じ学校なのは、俺やスズが通った小学校は公立ではなく、大学の附属小学校であるためだ。
そのため大して難しくは無いが、入学するに簡単なテストを受けた覚えがある。
尚、シンジも同じ小学校だがユキは違う。
簡単なテストを通らなかったのだが、そこについては何も言うまい。
ユキは当然地区の学校――夏祭りがあった小学校に通っていた。
高校は頑張って勉強したと言っていたが、俺の予想では単純に選択問題が多かっただけなのではないかと思っている。
ユキの剛運は、もはやバグの領域だ。
アルバムは気になりはしたが、流石に勝手に開くのはどうかと思ってダメ元で確認してみる。
「これ見ても大丈夫?」
「見ても面白いものじゃないわよ」
否定してこないので、どうやら良いらしい。
一般的には嫌がる方が多いと思うが、アズサは気にしない方のようだ。
文集部分をじっくり読むつもりは無いので写真のページをざっと見るが、確かにそんな面白いものじゃなかった。
懐かしい設備は写っているが、当然知らない人が写った写真ばかりだ。
だが、全体写真の他に1枚だけアップで写っている写真があった。
「お、いたいた。可愛いじゃん」
「ん、ありがと。流石、ナギは見る目あるわね」
ちょっと、アズサは嬉しそうな顔をしている。
卒業アルバムだと少し物足りなかったので、他に何かないか見回すと今見たのと同じような厚さのアルバムがある。
さっき見てもいいという話だったので、今回はあまり気にせず開いてみることにする。
そこには、先ほどのアルバムよりも小さい頃のアズサが写っていた。
恐らく、個人で撮った写真のアルバムだろう。
楽しそうに写っているアズサの写真を見ながらパラパラと開いていくと、その中に一人の人物の写真のページで手が止まった。
「なぁアズサ、この写真って……」
「あ、その人は昔この辺りに現れた強いモンスターを倒してくれた人ね。その後、兄さんが凄い人だって言って記念に写真を撮ったんだけど……ナギは知ってる?」
知っているもなにも俺くらい関係が深い人間はいない。
俺の記憶も薄くなっているが忘れることはない。
しかも写真のアズサの年齢から考えると未帰還者候補になる直前とも思える。
「……知ってるもなにも、これは父さんだ」
「……え? お父さんって……じゃあαデバッガーの? そんな人と出会っていたの?」
どうやらアズサは気づいていなかったようだ。
色々な資料で父さんの写真を見る機会はあるが、その多くはαデバッガーだった学生の頃の写真だ。
そこから10年くらい経っていると気付かなくても当然とも言える。
「そんな人だと全く気付かないで一緒に遊んで……あ、そっか。もしかして」
アズサは俺の方に来ると、アルバムが置いてあった辺りにあったおもちゃ箱から円形のクッキーの缶を持ち上げた。
結構ずっしりと重そうに見えるそれを、俺の目の前の床に置いた。
アズサが固くなっているその蓋を掴むと、ゆっくりと開けた。
「……あった!」
中に入っていたのは大量のビー玉だ。
だが、その中に一回り大きく光を放っているビー玉がある。
いや、それはビー玉ではなく探し求めていたもの――『修正パッチ』だ。




