36話 『捜索』 (2021年8月5日)
「それで、確認したいことって?」
ダンジョンデバッグはアズサが家に来ることから始まる。
いつもはそのままダンジョンに向かうが、今日は確認したいことがあると告げて部屋まで上がってもらった。
「アズサってβデバッガーなの?」
「え? 違うわよ?」
ストレートに聞いてみたが、あっけなく否定された。
アズサはキョトンとしているので本当に心当たりがなさそうだ。
これは説明する必要がありそうだ。
「昨日知り合いのDDと話をしたんだけど、最初の手札が6枚だろ? あれ、普通は7枚らしい。自分がβデバッガーだと、1枚分としてなくなるらしいんだ」
「じゃあ、ナギはβデバッガーなの? すごいじゃない」
アズサは自分のことよりも、俺のことの方が先に気になったらしい。
俺もβデバッガーではないと否定したいところだが、昨日の部長の話に従うと確かに俺には心当たりがある。
「その実感はなかったんだけどね。βデバッガーになる条件は、モンスターを倒すことと『修正パッチ』を入手することらしい。実際、どちらもあるんだよね」
時期としては10歳頃――スズが未帰還者になる前だ。
βデバッガーである母さんに憧れてダンジョンに忍び込んでいた。
勝手に母さんの机から持ち出した魔石を使って最初に遭遇したドラゴンをテイムし、モンスターを蹴散らしていたことがある。
『修正パッチ』はダンジョンに忍び込む時に入手できた。
正確には『修正パッチ』が入手できたからダンジョンに忍び込むことができた。
入手できた原因は良く判らない。
すごい階層のダンジョンで物理的に巨大なのに入り口が1つしかないのはおかしくないかと思って裏口を探していたのは覚えている。
「私はどちらもないわよ?」
おかしいな。
そういえば、例外があると部長も言っていた。
丁度アズサが例外なのかもしれない。
「ちなみに『修正パッチ』ってどんな形しているの?」
「あぁ、それはこれだな」
パソコンを置いてある机の引き出しを開く。
仕舞ってあったビー玉状の物体を取り出し、アズサに手渡す。
ただのビー玉と違うのは、淡い光を常に放っており、中で不思議な物体が形を変えながら漂い続けていることだ。
これが『修正パッチ』だ。
他の『修正パッチ』では、中の物体の形状の変化の仕方や光の色が異なるらしい。
「あれ? これが『修正パッチ』なの? なんか見覚えがあるかも。綺麗だったから子供の頃に宝物にしていた気がする……」
アズサは顎に手を当て、ウンウン唸っている。
モンスターを倒したことがあるのかは謎だが、どうやらアズサもβデバッガーで間違いないようだ。
◇ ◇ ◇
目の前に巨大な門が存在している。
ずっと高い塀が続くなと思っていたら、一区画がそのまま1つの個人宅だったようだ。
アズサがこの門のところで止まったので、これがアズサの家と思われる。
『修正パッチ』の話の後、家を捜索する話になったが、アズサは一瞬躊躇する表情を見せた後、「良かったら手伝って」と言ってきた。
当然断る理由はないので、今ここに至っている。
しかし、ここか。お嬢様すげーな。
門の横に勝手口のようなものが見えるのでそこから入るのだろうか。
そういえば、家に家族やら使用人やらもいるのだろうか。
あまり考えていなかったので緊張してきた。
「あ、ナギ、そっちじゃないわ。こっちよ」
そう言って、アズサは門の向かいの家を指し示した。
その家は歴史を感じるような平屋だが、まだ大きさとしては許容範囲内だ。
拡大しすぎていたアズサのお嬢様像も適度な大きさに落ち着いてきた。
「だよね。流石にあれはない――」
「そっちは母屋ね。多分、離れの物置にあると思うの。昔から私の部屋はこっちだったし」
縮小していたお嬢様像が急拡大した。
聞き間違いでなければ、この家のような建物はメインで使っている家ではないということだろう。
もう驚愕するレベルを遥かに超えたので、返って冷静になって普段通りの気持ちに落ち着いてきた。
「心当たりはあるんだよね? 家探しになると大変だよ」
「そうね。とりあえず上がって。誰もいないと思うし、気にしなくていいわよ」
アズサが引き戸を開けて招いてくるので付いていく。
「……おじゃまします」
玄関から入ると古風で木のぬくもりを感じる旅館のような印象を感じた。
古風なだけでボロさは全く感じない。
掃除も行き届いていそうだ。
玄関にしろ艶のある木製の床が広がっているし、壁にもなにかの水墨画のような絵が飾られている。
「昔はこっちが母屋だったらしいんだけど。お爺ちゃんとお父さんの事業が大当たりしちゃって。大丈夫? 引かない?」
「吃驚はしたけど、引くことはないかな」
アズサは俺の言葉に安心したような表情をしていた。
お金持ちすぎるとそれはそれで気苦労があるものなのだろう。
先入観を持つ前にアズサと接していたせいで、既にアズサに対する態度は固まってしまっているようだ。
今更何が起ころうが違いが出るようなものでもないらしい。
「こっちよ。付いてきて」
「了解」
丁寧に高級そうなスリッパが並んでいたが、アズサが履いていったので俺も同じように履いて付いていく。
今まで気にしたことはなかったが、今度家にも用意しておこうと思う。
家の中を付いていくと着いたのは廊下の一番奧の部屋だった。
アズサの部屋かと思って少し緊張したが、中の様子を見るとどうやらそういうわけではないらしい。
入ってみるとまさに物置という状態で、色々な棚や床には、段ボールや木箱なりが鮨詰めになっている。
「多分この中のどこかね。こっちの一角が私の私物……だと思うのよね」
随分放置していたのか、アズサの記憶も曖昧らしい。
これは、一日作業になるなと感じるが、アズサの思い出の品だと思うと何が出てくるか楽しみではある。




