35話 『休暇』 (2021年8月4日)
暇だ。
最近はアズサとダンジョンに潜りっぱなしだったので急に休みになってもやることがない。
ぼけーっとしているとアズサの用事はなんだったのかとか考えてしまう。
やめだ。
冷静になって考えてみると、そもそも休みにする必要などどこにもなかった。
アズサが休みを提案してきたため、つい俺も休みだ思ってしまったが、そもそもデバッグ作業は1人でもできる。
むしろ、本来であれば1人の方が効率が良い可能性もある。
そう考え直して、協会のアプリで丁度良いダンジョンでもないかとスマホを取り出す。
協会のアプリを起動しようとしたところ、急に画面が変わった。
つい最近もこんなタイミングで驚かせられたばかりだが、単純に着信だ。
その着信者の名前を見ると珍しい名前が表示されていた。
◇ ◇ ◇
自転車を使って、懐かしい場所へやってきた。
いや、懐かしいという程ではない。
ほんの1週間程前に通い詰めていたところ――幼稚園ダンジョンだ。
自転車を止めてダンジョンの入り口付近まで来ると、待ち人が建物の壁際に身体を預けていた。
「部長、お待たせしました。外で待っていなくても園長室で休んでいても良かったのに」
「いやいや、流石にさっきまでそこにいたよ。そろそろ着くかと思って来たところさ」
園長室の設備は撤収せず、そのまま協会に使ってもらっている。
アズサのコネも直接的ではないにせよ協会関連に絡んでいるようで、その辺りの移管はスムーズだった。
「で、見せたいものってなんでしょうか?」
「あぁ、多分今日中に『攻略』になると思ってね。ここはナギ達が最初に入ったダンジョンだって言うし折角だからさ」
意識があるDMがいることで、協会が積極的に『走破』していたようだが、対応していたDDは偶然にも部長だったと聞いている。
一昨日協会行ったときは、丁度例の先生が『解放』されたらしく慌ただしかった。
意識はまだ戻っていないらしいが、今までより鮮明にダンジョンの中の世界を確認できると期待しているようだ。
先生のデッキにリベンジしたい気持ちもあったが、『解放』されるのは喜ばしいことであるし、戦わずとも今のデッキなら負けることはないはずだ。
尚、今のDMは少年になっているようだが、この少年も変わらず意識的な行動を取るらしい。
「後、『修正パッチ』を使ったデバッグを見てみたくないかい?」
部長がとんでもない発言をしていた。
◇ ◇ ◇
ダンジョンボードを見ながら部長のデバッグを観戦していたが、部長のデッキは凶悪だった。
ちなみに、ダンジョンボードとはダンジョンの入り口の板の正式名称らしい。
正式名称ではあるものの、αの終了後に呼ばれた『ダンジョンのステータスボードらしきもの』から来ているらしいので協会も案外適当だ。
そもそも部長がβデバッガーであったのが驚きだし、βデバッガーでありながら最前線でダンジョンデバッグしているのも驚きだ。
だが、それも部長のデッキを見ているとそれも当然だろうと思えてくる。
カードの使い方が上手いというより単純にデッキ――『修正パッチ』の効果と選択したカードの組み合わせが凶悪すぎる。
今も相手の進軍を4枚目の《バーサーク・ノイズ》により《ベヒモス》が相手のモンスターを強制的に蹴散らしていた。
《バーサーク・ノイズ》は同時攻撃を誘発するダンジョンスキルだ。
恐らく次のメインコアでの戦闘では、5枚目の《バーサーク・ノイズ》により終了するだろう。
灼熱の太陽の日差しを浴びながら、俺は園長室に戻ることもなく部長がデバッグするのを見ていた。
部長の『修正パッチ』の効果は登録したカード1枚の上限枚数を撤廃することだ。
この一枚を《バーサーク・ノイズ》に設定し、他を大型ユニットで固めることで、同時攻撃前提のデッキになっている。
同時攻撃になってしまうと、それ以降は特殊能力やダンジョンスキルを使うタイミングがなくなってしまうので、ステータスで負けている場合は《バーサーク・ノイズ》を使ったタイミングで妨害するしかない。
自分のデッキでは何回かは対応することができるだろうが、それが尽きてしまえば後は戦闘のアドバンテージを渡し続けることになるだろう。
『修正パッチ』は事前設定型のものと通常使用型の2パターンがあるようだ。
当然部長の『修正パッチ』は前者となるが、この場合は『修正パッチ』をデバイスに取り込ませることで登録が可能とのことだ。
後者の場合は、『装備』と同じようにカードとして『修正パッチ』を引いた上で、βデバッガーが特殊な地形――メインコア以外のコア系の地形にいることが必要らしい。
そうこうしているうちに、予想通り5枚目の《バーサーク・ノイズ》で勝負を決めて部長が出てきた。
「お疲れ様です。『修正パッチ』を使うだけで別のデッキでしたね」
「僕のはかなり特徴的だけどね。《エンシェント・ダンジョンワーム》は相性が悪かったから聞いていてよかったよ」
確かに同時攻撃ウェルカムな《エンシェント・ダンジョンワーム》は天敵だっただろう。
尤も、部長に限って無対策ということはないだろうからそこまで脅威になったかは疑問だ。
「『修正パッチ』は俺も使ってみたいですね。βデバッガーってまだなれるんですか?」
「デメリットを抱える事になるからお薦めはできないけど、そもそも新たになった事例はないね。まぁ、後から既になっていた事が判ることはあるけどね。そういえば、ナギもモンスターと対峙したことがあるって言ってたから、可能性は低いけどあるかもしれない」
確かに、部長に子供の頃にダンジョンに入っていた話はしてあった。
しかし、それとβデバッガーになる条件と関係するのだろうか。
ダンジョンがβデバッガーとして判断する条件は判っていないという話だったはずだ。
「βデバッガーを判別する方法はあるんですか?」
「あー、それ自体は簡単だね。流石にそれなら気づいているだろうけど、βデバッガーの場合はダンジョン潜入時に手札が1枚減るんだ。山札じゃなくてね」
「……はい!?」
衝撃の事実だった。
確かに協会から受けた説明では山札だったように思うが、最初にダンジョンに入った時は手札が1枚減っていたのでただの聞き間違いだと思っていた。
そして、それはアズサも同じだったため特に違和感を感じなかった。
そう、衝撃的なのはむしろこっちだ。
これが事実ならばアズサもβデバッガーということになる。




