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33話 『見舞』 (2021年8月2日)

「じゃ、入りましょ」


 協会の研究所に着いた。

 久しぶりに来る研究所ではあるが、今乗ってきた車でのインパクトが強すぎて、本来感じるはずの研究所への緊張感がまるで感じられない。


「ここってナギのお母さんもいるのよね」

「……あぁ、そうみたいだね。敷地内には居るはずだけど、会えるのかな?」


 アズサと話していて落ち着いてきた。

 改めて今日の目的を思い出そうと、先ほどの出来事を頭の奧に追いやる。


「会ってみたいわね」


 しかし、アズサの一言で再び衝撃を感じ、頭から追いやりかけていた家からの出来事を思い返す。



  ◇  ◇  ◇



 ピーンポーン。


 チャイムは1回だ。

 どこかの誰かみたいに連打はしてこない。

 時間的には約束通りの時間なのでアズサだろう。

 今日は昨日の話通り、協会の研究所に行くことになっている。

 よくよく調べてみると母さんが泊まり込んでいる研究所だ。

 また、同じ敷地内にはスズが取り込まれたダンジョンも存在する。

 少し遠いが、自転車で行くつもりだった。

 そのことをアズサに伝えたら「それなら車で一緒にいきましょう」と言われたので、言葉に甘えた形だ。

 既に準備はできているので、荷物を持って玄関へ向かう。

 扉を開けると予想通りアズサがいた。

 だが、いつもと違う姿にドキリとする。


「おはよう。ナギ」

「おはよう。アズサ。今日はお洒落な格好だね。似合ってるよ」


 あまりに似合っていたため、誉め言葉が素直に口から出てきた。

 いつもはダンジョンデバッグのために動きやすい恰好――パンツスタイルであったが、今日は柄が綺麗なスカートを履いている。

 上半身こそ白いブラウスではあるが、いつものシンプルなものに比べると上品さが浮き出て見える。

 また、髪もいつもは単純に後ろにまとめているだけだったが何か髪飾りで止めてある。

 鞄だけがいつも通りではあるが、デバイスを入れているだろうから仕方がないだろう。


「あ、ありがとう……。ほら、行きましょ」


 少し照れたような顔を見せてくれたが、すぐに振り返ってしまった。

 ちょっともったいないなという気持ちをしながら、アズサを追うように道を見ると黒い高級そうな車が止まっていた。

 流石お嬢様だなと考え、アズサに続いて車に乗った。


「よろしくお願いします」

「おお、君がナギ君だね。()がお世話になっているようだ。これからもよろしく頼むよ」

「じゃ、お父さん(・・・・)。協会の研究所までよろしくね」


 車が走り出した後は、アズサが少女の様子やらを話していたがその後は良く覚えていない。 



  ◇  ◇  ◇



 研究所の中はまるで病院のような様子だった。

 研究所には色々な施設があるが、ここでは解放した人間の全体的なケアをして、証言を得るためのものらしい。


「ここね」


 アズサが1つの病室――正確には治療室で立ち止まった。

 ここには、アズサの他に研究員のお姉さんも付いている。

 看護師の服装をしているが、看護師の免許も持っていて兼務とのことだ。


 ノックをすると、「どうぞ」と声が返ってくる。

 扉を開けると、目の前に見えたのは一人の女性だ。

 恐らく20台の後半か30台の前半程と思われる。

 服装的に協会の人間には見えないので少女の母親だろう。

 少女はベッドの上にはいるものの、ベッドの縁に腰かけて母親の方を向いて笑っている。元気そうだ。

 

「アカネちゃん。体調は大丈夫? アカネちゃんを助けてくれたお兄ちゃんとお姉ちゃんが会いに来てくれたけど、覚えてるかな?」


 研究員のお姉さんは、母親に会釈すると少女に向かって話しかけた。

 アカネという名前らしい。

 

「げんきだよ。あ! ゆめの中であそんでくれた、おにいちゃんとおねえちゃんだ」


 アカネはこちらまで駆け寄ってくると、両手をあげてなにかのポーズをとった。

 なんだろう。よくわからないが、屈みこんでとりあえず手を振ってみる。

 すると目を輝かせて、手を振り返してきた。……やばい、可愛い。

 

「ナギ……すごいわね。……アカネちゃん。おねえちゃんとも遊ぼう?」

「いいよ! おねえちゃんはくじらさんね。わたしはけろべろす(・・・・・)ね。おにいちゃんは……いいや」


 アカネはそう言って、棚にたくさんあるぬいぐるみから、リヴァイアサンとケルベロスを選んで持ってきた。

 このぬいぐるみはデババトモンスターシリーズだ。

 デババトで人気があるモンスターをぬいぐるみ化している。

 冷静に考えるとモンスターはリアルな脅威だったのに、ぬいぐるみにしてしまうとは商魂逞しい。

 尚、アカネが自分を見た時に一瞬真顔になったのは地味にショックだ。


「この子は昔から動物が好きでして。でも、動物どうしを戦わせる遊びはどこで覚えてきたのか」


 ダンジョンでの出来事は夢の中と言っていた。

 ダンジョンでは決して強くはなかったが、きちんとルール通りに戦ってきていた。

 確かに誰かから教わらないとうまく操れないと思う。


「あそびじゃないよー。でばっぐ(・・・・)なんだよ。おねえちゃんがそう言ってた」

「お姉ちゃん?」


 アズサの顔を見るが、アズサは首を傾げる。


「ちがうよ。おねえちゃんはおねえちゃんじゃないよ。えっと、なんだっけ。そうだ、すず(・・)おねえちゃん」


 想像していなかった名前が飛び出し、アズサと顔を見合わせる。

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