32話 『夏祭』
小学校が近づいてくるとだんだんと人の流れが増え、盆踊り然とした音楽もはっきり聞こえてくる。
周りの空気も夏の夜特有の、ただ暑いだけではない落ち着いた空気感を感じる。
気分が祭りのテンションに引っ張られるように引き上げられていくのが不思議だ。
「なんか、『祭!』って感じね」
「もうすぐ着くよ。そこの通りを抜けると入り口が見えるはずだよ」
幾分、アズサの声も弾んでいる。
さっきまではダンジョンを効率重視で休みなく周回していたので疲労も溜まっている。
いい息抜きになってくれれば良いと思う。
通りを抜けると住宅地の様相はすっかり消え、視界が広がった。
目の前に広がっているのが公園で、その奥に見えるのが小学校だ。
権利の問題か、祭は公園では行われず、小学校の敷地内でのみ行われる。
「あ、あれが入り口ね!」
「そうだね。その先で出店が広がっているから基本は食べ歩きを楽しむ感じかな」
学校の敷地内のみなので、そこまで大規模な祭りではない。
それでもこの辺りでは普段見ないほどに人はごった返している。
子供が多いが、その連れとして大人や、集団で遊びにきたであろう学生達、盆踊りを目的としたような恰好の年配の方々も見える。
昔であればスズとも1000円を片手に遊びに来ていた。
当然、そこにはあの兄妹もいた。
彼らには、スズがいなくなった後もイベントと称して、なんだかんだ毎年この祭に連れ出されて来ている。
恐らく、彼らがイベント事に俺を巻き込むようになったのはスズの件がきっかけだろう。
その頃は精神的にかなり救われていたので、今はとても感謝している。
その兄妹も今では勉強浸しになっていると考えると不憫だが、想像すると「勘弁してくれ」「先輩~。助けてくれっす~」みたいな幻聴が聞こえてくるので笑えてくる。
「この音楽、独特なメロディーだけど聞いたことないわね」
「あぁ、この地域で作られた音頭だよ。子供の頃の町内会イベントで強制的に習わされるから身体に染みついてるね。今でも踊れると思う」
小学校のグラウンドの方を見ると、大人に混じって子供も面白がって一緒に踊っているのが見える。
年代差があってもコミュニケーションが取れると考えるととても良くできている音頭だと思う。
「さ、着いたよ。何か食べたいものでもある?」
入り口を潜ると、そこまで植木で見えづらかった光景が満遍なく見通すことができた。
提灯を模したLED灯が辺りを照らし、屋台が10数件の屋台が円形に並んでいる。
それぞれの屋台が盛況な声で客引きをしており、香ばしい匂いも鼻をくすぐる。
入り口の辺りでは、唯一お酒を提供する屋台があって、おじさん達が盛り上がっている。
「悩むわね。でも、雰囲気を楽しみたいから全部見て回りましょ」
「了解。じゃ、左回りで行こうか。まずはアイスだね」
祭りが大規模ではない分、どの屋台かを悩む必要が無いのは楽かもしれない。
それこそ全制覇も可能だ。
アイスの屋台は現在それ程並んでいないので、食べ歩きの初めとしては丁度いい。
「何味にする? 奢るよ」
「いいの? じゃあ、今日の気分的に抹茶かな」
結構渋い選択をしてきた。
そういえば、色々一緒にご飯は食べてきたけど甘味を食べにいったことはなかった。
甘すぎるより渋めの味が好きなのかもしれない。
「了解。――すみません。抹茶とバニラください」
財布から100円玉を3枚取り出し、店員のおばちゃんに渡す。
1個150円だ。
祭という稼ぎどころのくせに地域性のためか、かなり安い。
「はいよ。抹茶とバニラ――あら? ナギ君じゃない。まったく可愛い女の子連れちゃって~。サービスしてあげるわね」
そう言って、抹茶とバニラの上にそれぞれストロベリーがトッピングされた。
あれよあれよという間に渡されたので、一言「ありがとうございます」とだけ返してその場を後にする。
ダブルにしたら流石に赤字じゃないだろうか。
ダブルのアイスのバランスを取りながら中央の植え込み辺りまで移動する。
中央の植え込みは1メートル程の石が積まれた円形の高台で、その上に立派な木や石碑が置かれている。
何かのモニュメントなのかもしれないが、今は寄りかかるのに便利な壁としての扱いだ。
「得したわね。あの人、知りあいなの?」
「んー、失礼な話だけど正直わからない。親が有名だからかな。友達の顔が無駄に広いのもあるかも。たまにああいうことが起きる」
シンジには謎のネットワークがあるし、ユキは近所の皆が全て友達みたいなコミュニケーション能力がある。
そういえば、色々なイベントでも任せておけば値引きやらなにやら勝手に交渉してきていたので、あまり自分が表に立って何かする必要はなかった。
大抵一緒に行動していたため、知らないうちに俺の知名度もあがっていたのかもしれない。
なんとなく嫌な予感がしてきたが、まさかなと思い、その予感を頭の片隅に追いやった。
◇ ◇ ◇
結果としては大人気だった。
『今日はシンジ君いないんだね。……え、勉強? 大変だね。ナギ君は……大丈夫そうだね。50円でいいよ』
『おや、デートかい? ……ユキちゃんを応援してたんだけどね~。おっと、サービスでもう1本あげよう』
『ついにナギにも春が訪れたかな。夏だけどな。がっはっは。これは祝いだ』
『彼女さんうますぎ。プロ級じゃない。いいものを見たから非売品だけどこれも持っていきなさい』
『……』
思い出すが、全員に顔が売れていた。
じゃがバターやら、チョコバナナやら、わたあめやら、玉こんにゃく、いちご飴にクレープなどなど。
食べ物はサービスされた分もあって既に満腹だ。
アズサは毎度俺との関係を邪推されていだが、否定する様子もなくむしろ逆に楽しそうにしていた。
今後事実と違う噂が広がるのは勘弁願いたいが、気分的にはだいぶ良い。
「後は、あれだけど……」
「焼きそばね。あれは、昼にナギが作ってくれたのが美味しかったから大丈夫よ」
アズサが射的で手に入れたでっかいスライムのぬいぐるみをもふりながら答えた。
「適当に作ったんだけどな」
「でもいろいろな具が入っていたじゃない。豚肉、キャベツに天カス、もやし。後、じゃがいもが入っている焼きそばなんて初めて食べたわよ。食感が凄く合うのね、あれ。ナギって食事に興味なさそうな感じだけど、美味しいところはうまく抑えているわよね」
食事はエネルギーを摂取するものだからな。効率的にいかないと。
ただ、どうせ食べるなら美味しい方が効率的だろう。
とりあえず、焼きそばがスルーならこれで全制覇だ。
「……楽しいわね」
「それなら良かったよ。でもこれで全部回ったね。昔は祭りのクライマックスに何かしてたみたいだけどα以降はやってないらしい」
ブーブーブー
そろそろ解散かなと思ったところで、アズサの鞄から振動音がする。
「ちょっと失礼するわね」と言って、電話を取ったアズサからは楽し気な雰囲気は消え、真面目そうな顔をし始める。
何か問題でも起こったかと思って気にかかったが、直にアズサの顔が緩んで話が終わった。
「ナギ。あの子の意識が戻ったみたい。会ってもいいみたいだから明日行ってみましょ」




