29話 『唱和』 (2021年7月29日)
目の前にダンジョンの入り口の板が浮いている。
アズサは業者か何かに指示を出しているため、俺が先にダンジョンに入ることになっている。
アズサが対応しているのは、昨日気づいた炎天下対策だ。
アズサは今回もコネを使い、どこからか学校の運動会の本部とかで使用するテントやテーブル等を借りてきていた。
荷物を運んできたトラックには、機械のようなものも積まれているのが見えたので、野外用の簡易冷房でも設置されるのではないかと予想している。
尚、ダンジョンになっている一軒家の中には入れなかった。
入り口がダンジョンの岩の塊に浸食されているのでどうしようもないが、そもそも入り口があったとしても権利関係で無理らしい。
ここのように被災して管理者が不明な物件は協会の管理になるが、自由に使えるわけではなく逆に保存の対象になるとのことだ。
テントの設置に対しても明らかな損壊がないよう注意されていると言っていた。
この辺りはアズサが全て調整していたが、もう完全に任せている。
ちなみに、アズサには疲れたら俺の家や部屋を自由に使って良いと伝えてある。
勝手に使うのはどうかと遠慮していたが、勝手に弄られて困るものはないし、爺さんにも話は通してあるので問題ないと伝えたら、「わかったわ」と頷いていた。
なんとなく使わなそうな気がするので、1度デバッグから戻ったら、アズサを連れて改めて爺さんにお願いしに行こうと思っている。
「さて、入るか」
流石に新しいダンジョンだと思うと緊張するが、勇気を出して板に触れる。
幼稚園ダンジョンでは不用意に触れていたので、意識的に触れて入るのは今回が初めてだ。
すると、幼稚園ダンジョンと同じように板が激しく上下に動きだし、黒い光を発した。
黒い光が晴れた後に見えるのは、立方体の物体が不規則に回転している光景だ。
ここまでは全く同じなので安心する。
だが、安心したのも束の間、早速手札を確認しようとデバイスに目を向けると、生じている現象に目を剥いた。
「あれ? ……あぁ、そういうこともあるのか。これは防戦一方になるな」
普通なら焦る状況だが、不思議と落ち着いて考えることができている。
恐らく耐え続けていればどこかでアズサが気づくだろう。
それくらいには既にアズサを信用しているらしい。
違和感は2つだ。
まず、メインコアの間に地形カード7枚分のスペースある。
協会からの情報ではメインコアの間は3、5、7枚のどれかという話であったが、幼稚園ダンジョンでは5枚固定だった。
最初は勝手にランダムだと思っていたが、ダンジョンかDMによってバラツクのだろう。
ちなみに、昨日のアズサとの模擬戦では3枚だった。
模擬戦では他にも、デバイスの画面上で進行する、最初の手札が7枚、アミュレットを引くことがない等、実際のダンジョンデバッグとは異なる点があったが、それは模擬戦だからだろう。
一応今度調べるつもりだ。
尚、7枚になること自体は戦場が広くなるだけなのでそれ程問題ではない。
問題となるのはもう1つの事象だ。
相手のメインコアが2つある。
考えてみれば、ダンジョンデバッグはデババトとは違って直接的に攻撃しあう対戦形式ではない。
地形単位で戦闘が行われるので、原理的には何人いても同時に試合が可能だ。
当然相手が2人いても対戦可能なはずだ。
ダンジョンの公平性を考えると、不公平な勝負を強要されるとは考えられないので、本来は2体2の勝負をあえて2対1で勝負しているのが今の状況になるのだろう。
このままだと絶望的な状況ではあるが、俺の勘では途中参加も可能なはずだ。
流石に1人で倒しきることは厳しそうだが、耐える戦いは得意分野だ。
「腕がなるな」
俺はそう言ってモンスターを召喚する。
◇ ◇ ◇
「《嵐の渦テュポーン》の《岩鎧》を《カリュブデス》に使用」
大型の胴体をもつ《カリュブデス》に地面から岩が飛び、岩の鎧が形成されていく。
そして、先ほどよりも守備力が向上した《カリュブデス》が雄叫びをあげるが、そのまま地面に取り込まれて消滅した。
地形の《硬質な通路》の効果である。
この地形には地中移動が可能なユニットは存在できない。
《岩鎧》は《嵐の渦テュポーン》を《アース・ガーディアン》でバグらせた際に得た能力だ。
《アース・ガーディアン》の能力は《紫龍》とのコンボが基本だが《硬質な通路》でも当然有効だ。
現状は、メインコアの手前の2つの地形で防衛線が敷けている。
左側は《硬質な通路》、右側は《虹色の部屋》でそれぞれ相手の進軍するユニットを限定しつつ、進軍してきたユニットを叩き返している。
《虹色の部屋》は、2つ以上の属性のユニットは存在できない地形だ。
バグ部分の属性も含むため、ユニットのバグらせ方も限定的となる。
こちらは、《フォレスト・エイプ》と《フォレスト・ジャイアント》が守っている。
『フォレスト』が付くモンスターは、自陣側に存在している場合に守備力補正が入る能力があるので、突破はなかなかされないはずだ。
尚、この2つの地形より奥の地形は酷い状態だ。相手のバグモンスターがひしめき合っている。
デッキが2つ分なので存在するモンスターの数もおおよそ倍だ。
とても押し返せる状況ではないので防戦を続けることになる。
暫くは耐えることはできると思うが、いずれ決壊することは目に見えている。
相手が無謀にも進軍しつづけてくるのもそれを狙っているからだろう。
同時攻撃。
これが起きると《アース・ガーディアン》か《フォレスト・エイプ》が倒される。
1度では抜かれないにしても、現在が安定した状態なので少しずつ防衛力は低下していく。
だが、どうにもそこまで考慮しなくて済みそうだ。
「『ごめ~ん! 遅くなった~!』」
アズサの声が2重に聞こえる。
部屋の左側の壁がなくなり、その先にもう一つの部屋が現れている。
1つは、その部屋の中央辺りから大声でこちらに呼びかけてくる声だ。
「アズサ、デバイスで会話ができるみたいだよ」
『え? ホント? 便利ね』
もう1つの声は、デバイスから聞こえてきていた。
こちらの声も届いたようだ。
「状況は把握できているよな」
『当然よ。押し返しましょう』
頼もしい限りだ。
アズサの声を聴いて、既に負ける気が全くしなくなった。
しばらく相手にハンデを与えていたがそれも終わりだ。
「じゃ、始めるか」
『了解よ』
ここからが本当のダンジョンデバッグの開始だ。
ダンジョンデバッグを開始する時の掛け声は決まっている。
当然アズサも承知している。
そして、2人の声が揃う。
「『勝負開始!』」




