28話 『決定』
「じゃあ、最終目標は決まったとして、次はどこがいいかしらね」
当然、最終目標はスズが取り込まれたダンジョンだ。
だが、残念ながらスズのダンジョンに潜入するには複数の難関がある。
スズの事故があったダンジョンはβの終了時に震源となったダンジョンであり、協会に厳重管理されている。
相当成果をあげないと潜入する許可すら降りないだろう。
尚、βは、β1やβ2どちらかというわけではない。両方だ。
β1で大規模な事故が発生したダンジョンであり、β2の最後のデバッグが行われたダンジョンでもある。
その影響か、このダンジョンは最高級難易度のダンジョンに指定されている。
それは単純に相手のカード構成やDMが強いというわけでなない。
実際強いことは強いが、カードゲームとして見れば常識の範疇でありデバッグが不可能というわけではない。
問題があるのは階層だ。
大部分のダンジョンでは『走破』すれば終わりだが、このダンジョンでは『走破』した後に次の階層の入り口が発生する。
つまりは連戦が必要になる。
元々100階層もあるダンジョンだったので、協会は一気に『走破』することは断念したらしい。
そのため、着実に1階層ずつ『攻略』していっているらしく、現在は30階層程までは『攻略』済とのことだ。
単純計算では、後10年程かかることになる。
そして、スズが取り込まれたダンジョンはその最下部にある。
最高級難易度のダンジョンの最下層に作られた別のダンジョンだ。
スズのダンジョンに行くこと自体が難関だが、この障害についてはなんとかなる算段がある。
ただし、少なくとも高級難易度のダンジョンを最低1層は抜ける必要があるので、今のカード構成だと流石に厳しいだろう。
当面はカード集めのために、どこかのダンジョンを周回する予定だ。
協会からは優先度が高いダンジョンを紹介されているが、最終目標が決まっている以上俺たちが優先するのは周回しやすいダンジョンになる。
「ほい、塩スペシャル2つ、お待ちー」
カウンター越しに2つの丼ぶりが置かれる。
今は、アズサを連れて近くのラーメン屋に来ていた。
昼食をどうしようかという話になった際、この前ラーメン屋を紹介しようとしたことを思い出したため、断られるのを承知で提案したが案外乗り気だった。
尚、俺は普段何を食べるかはあまり興味はない方だが、ここのラーメンはとても気に入っている。
「熱いから気を付けなよ」
そう注意して目の前の丼ぶりを両手で持ち、自分の目の前に持ってきた。
アズサも「あちあち」と言いながら同じように持ってきている。
丼ぶりを見ると、岩海苔、味玉、チャーシュー、メンマ、ネギが浮いた白色の透き通ったスープが目に映る。
「美味しそうね」
「実際、旨いんだよ」
巷ではラーメンと言えば味噌や醤油、もしくは豚骨と言われているが、俺は塩一択だ。
その中でここのラーメンは、あさりやら何やら魚介系の出汁を使っているようで別格の旨さを発揮している。
一口すすると、程よい触感の麺と海苔の風味、そしてあっさりとした中に含まれる出汁の味が口の中を満たす。
「うへっ! お、美味しいわね……予想以上よ」
アズサが隣で驚愕していた。久しぶりに聞いた声がその証拠だ。
「気に入ったならまた食べに来るといいよ」
「そうね……また来ましょ」
その後は、黙々と食べ進めていたが、アズサより先に食べ終わったので、スマホを取り出し、協会が提供しているアプリを起動してダンジョンについて考え始める。
「やっぱり遠い場所だと、移動が大変だよな。今のような拠点があるわけでもないし」
「丁度いい場所があればまた作ってもらうわよ。でも、近場でいいんじゃない?」
気前のいい話だが、冷静に考えれば俺も走破の報酬をまだ貰っていないので実質的に100万持っていることになる。
これを使えば俺でも可能だろう。
金銭感覚がおかしくなってきている。
「近場とすると、やっぱりはぐれダンジョンかな」
ダンジョンは、途中で発生したダンジョンと最初から存在するダンジョンがある。
途中で発生したダンジョンは多くの人を取り込んだダンジョンのため最初は必ず難易度が高い――板の色が黒いダンジョンになる。
その点、最初から存在するダンジョンは様々だ。
スズの事故のダンジョンのように階層がある場合もあれば、数人しか取り込まれていない小規模なものもある。
小規模なダンジョンは、はぐれダンジョンと呼ばれているが、街中で黒い光に取り込まれた人は近くのこういったはぐれダンジョンに取り込まれていると考えられている。
はぐれダンジョンは数が多いため内部の調査まで進んでいないが、おおよその難易度はダンジョンの板の色で判別可能だ。
アプリでも難易度が表示されている。
「ふぅ……ごちそうさま。美味しかったわ。……そうね、例えばこことかいいんじゃない?」
俺がスマホで表示していた地図にアズサが指で指し示す。
場所は、このラーメン屋よりも家に近い場所にある古い一軒家のダンジョンだ。
◇ ◇ ◇
古い一軒家のダンジョンにたどり着いた。
ラーメンを食べた後に、折角だということで見に来た。
俺は家が近いので目にしたことはあるが、ここまでじっくりと見たのは初めてだ。
幼稚園ダンジョンでは関係者以外立ち入り禁止の看板とゲートに加えて入り口に板が浮いていたが、それ自体は同じだ。
同じではあるが、1つ明確な違いがある。
家の庭から家の玄関に食い込む形で巨大で歪な岩の塊が存在している。
ここに穴でも開いていれば、明らかなダンジョンの入り口ではある。
しかし、恐らく一周してみても入り口は見つからないだろう。
これはよくあるダンジョンの特徴である。
端的にいえばバグだ。
バグだと断言できるのは『修正パッチ』が入手できたからだ。
このタイプのダンジョンは『修正パッチ』を入手すると、なんらかの方法で侵入が可能になったが、β2以降は『修正パッチ』自体が入手できなくなっている。
代わりに、ダンジョンの板に触れると侵入できるようになった。
尚、『修正パッチ』を使うと必ず入り口が開くわけではない。
あらゆる『修正パッチ』の方向性としては、バグそのものが解決するのではなくバグに干渉できるようになる傾向がある。
ダンジョンの入り口の場合であれば、『修正パッチ』を使用すると、一時的に入り口が開く、扉が現れる、転移する、掘れるようになる、物質透過ができるようになるなど様々だ。
ただし、同じものは1つとして存在しない。
「色は薄いわね」
「決まりかな」
幼稚園のダンジョンよりは濃い。
だが、灰色というよりは白に近いので協会の情報の通りそれほど難易度は高くなさそうだ。
「ただ、暑そうだね」
幼稚園ダンジョンでは、玄関のところにある庇がダンジョンの入り口を覆っていた。
しかし、ここでは入り口の板が日に照らされるまま上下に動いている。
拠点として俺の家を使うのは良いとしても、交代時は厳しそうだ。
「そこはなんとかするわ」
件のコネというやつだろう。
もう、あえて聞きただすことはしない。
「とりあえず一回帰ろう」
まだ入る予定はない。
まず、協会が提供しているアプリを使って申請する必要があるし、アズサから貰ったカードもまだ未開封だ。
折角なので、構築後のデッキでアズサと練習しておきたい気もする。
「あ、そういえば今更なんだけど、デバイスを2台使うと模擬戦ができるみたいね」
「え、まじで?」
今まで園長室ではわざわざ紙でカードを作ったりして模擬戦をしていた。
作るのは割と楽しかったが、不要な努力だったと判ると溜息がでた。




