26話 『訪問』 (2021年7月28日)
「おじゃまします……」
アズサは普段より大人しめに挨拶をする。
流石に他人の家だと多少は遠慮するのだろうか。
ちなみにチャイムは1回だった。
どこぞの兄妹とは違う。
「あんまり気にしなくていいよ。家には爺さんしかいないし」
「おお、ナギ。あのナギがついに女の子を家に連れ込むなんてのぉ」
その爺さんが居間から出てきていた。
笑えない冗談を言う爺さんの悪い癖がでている。
「その、お世話になってます……」
アズサがどうにもしおらしい。
少し意外だ。
「む? おや、なんだ。誰かと思えばアズサではないか。久しいじゃないか」
「え、知り合いなの?」
アズサに顔を向けるが、首を傾げている。
アズサには思い当たらないようなので、今度は爺さんに顔を向ける。
「ふむ……。なに、ほんの子供の頃じゃからな。こやつの兄とは一緒にデバッグしておったんじゃが、その時に少しだけじゃな」
爺さんが一瞬老人モードを止めていたが、アズサの記憶にないと判ると再び老人モードに戻っている。
しかし、爺さんがデバッグしていたとは知らなかった。
そういえば、爺さんの過去ってあまり知らないな。
「まさかナギと知り合いとは思わなんだ。仲良くしてやってくれ」
興味を失ったのか、そう言って爺さんは居間に戻っていった。
「とりあえず、部屋まで行こうか。2階だよ」
アズサがついてくるのを確認しながら階段を上がる。
「どうぞ」と手前の部屋の扉を開けてアズサを迎え入れる。
扉を閉めると、アズサが伸びをしていた。
「んー、やっぱり誰かの家って緊張するわね」
アズサは誰にも遠慮しないタイプかと思いきや、知り合いの家では別らしい。
いつも通りのアズサに戻ったようで良かった。
どちらかと言うとこちらの方が調子がでる。
「その割に、簡単に家に来るって宣言していたように思うけど」
「簡単じゃないわよ。断られることを考えると結構勇気はいるんだから。話したい事が多かったのに電話にもでないし、やけになっていたのもあるかも」
「あー、それはすまない」
俺が部屋の奥のパソコン用の椅子に座ると、アズサは入り口側に置いてあるソファーに腰掛けた。
「それで、あの子はどうだった?」
「調査もあるし、当面は協会の研究所で面倒を見るみたいよ。健康上は全く問題なし。暫くしたら目を覚ますらしいけど、直ぐに覚ます場合もあれば数週間そのままの場合もあるらしいわ。ただ、目を覚まさないことは今までないみたい」
健康的には問題ないみたいで安心だ。
「この後はどうなると思う?」
「親にもすぐ連絡がついたみたい。支援金を出してたくらいだから愛情面では心配なさそうよ」
「支援金?」
親が無事に見つかったようで良かったが、お金の話はなんだろうか。
「私がしていたのと似たようなものね。協会が動きやすいようにお金を寄付するのよ。そうすると希望するダンジョンのデバッグ優先度が密かにあがるみたいね。大人の事情ってやつよ」
「世知辛いな」
「そして、その支援金の大部分は『解放』できた場合の報奨金になるみたいね。これナギの分の半分よ。私が『解放』したとかそういうのは無しにしてね」
そう言って、アズサは鞄からカードセットの束を取り出した。
「え、多くないか。むしろ多すぎだろ」
『解放』時の報奨金は100万程って言ってた気がする。
だが、どう見ても20パックはある。これだと1000万―――半分だから全部で2000万か。
「それなりの家庭だったのかもね。それか、身を大きく削ったか。でも、協会からの今後の支援は手厚いらしいから良くできたシステムね。ただ、支援を受けるには『解放』について言いふらさないように約束が必要らしいけど」
支援者のお金が協会に入り、それがDDを介し再び協会へ、その後支援者への還元か。
これを聞いてしまうと下手に報酬を現金で貰い辛いが、そもそも現金で貰うつもりはない。
アズサもそれなりに一緒にいるからかその自分の考えも理解してくれているようだ。
報奨金の話をしておきながら、なんの悪びれもなくカードを渡してくるのがその証拠だ。……少し嬉しいかもしれない。
「それでナギの手札の話だけど、多分装備品が原因みたいよ。何かダンジョン産の装備とか持ってない?」
「あぁ、多分それが正解だね。これだと思うよ」
そう言って、シャツの中からアミュレットを取り出す。
それを見た瞬間、アズサの動きが止まった。
「ナギ。そのネックレスって……」
「ネックレスじゃなくてアミュレットだね。この前妹の話はしたと思うんだけど――ん? アズサ?」
アズサの様子がおかしいので声を掛ける。
「じゃあ、ナギ。貴方やっぱりスズの……」
「え?」
アズサからスズの名前が聞こえた驚きで頭が空っぽになり硬直する。




