1話 『大会』 (2021年7月18日)
「くっ! ま、負けました」
対戦相手の少女が手元のカードを場に放り投げる。
宣言もそうだが、手札を場に見せることは投了を意味するので2重の意味で勝ちが決まった。
「「「うぉぉーーー!!」」」「「「わー!」」」「先輩すごいっす!!」「あんな戦法あるんだな!」
周りのギャラリーが喚き立っている。そりゃあそうだろうな、なんせ――
「これにて、第3回デバッガーバトルのトライアル大会、全試合を終了します!優勝者は、小瀬川ナギ選手です。表彰については後程……」
――俺が、参加者10000人を超えるカードゲームの大会で優勝したからだ。
当然、途中敗退した選手はギャラリーになるし、デババトの大会は結果がニュースになる程話題のあるカードゲームだから注目度も高い。
一種のアスリート競技のような位置づけなのか、参加者は選手と呼ばれる。
司会のアナウンスは続いているが、カードを片付け始める。
10回を超える勝負だったが朝からの連戦で非常に疲れた。
これから表彰式や賞品授与の説明会のようなものがあるらしいが帰って休みたい。
デッキ構成的に長丁場になるし、休む時間は全くなかった。
もともと負けても良いつもりで作ったネタデッキではあったが、どうやらシステム的には刺さるらしい。
今後、俺のせいでルール変更があるかもしれない。
「ちょっとあんた。今度会ったら覚えていなさいよ。そんな特殊なデッキでなかったら負けてなかったのに」
身長が小さく恐らく何歳か年下だろうが、勝気な態度で俺に指を突き付けて宣言してくる。
こう見ると、頭が弱そうに見えるがデババトでは攻撃寄りのバランスの良いデッキ構成をしており、戦術もしっかりしていた。
未だ負け無しのメインデッキで戦っていたとしても負けていた可能性がある。
「いや、今まで戦った人の中で一番強かったよ。実際もう数ターン分あれば負けていたと思う」
「……DDの成果でも負けないんだから」
そういうと、彼女は長い髪を振り回しながら勢いよく背中を向けて壇上から降りて行く。
司会のアナウンスはすでに終わっているらしい。ぶっちゃけ聞いていなかった。
大規模な大会だけあって、決勝戦は壇上で行われていた。
それほど緊張する方ではないが、大多数の目線に晒され続ける趣味はないので、
自分もカードを片付ける終わるとそそくさと壇上から降りる。
壇上横の控えに戻ったところで、背中がバシッと叩かれた。
「よう、やったなナギ。まさか優勝するなんて思ってなかったぞ」
「先輩、優勝おめでとうございます。アズサさんとの攻防すごかったっす」
こいつらは同級生の長谷川シンジとその妹のユキだ。どちらも同じ部活の部員であり幼馴染でもある。
少しがっちりした肉体を持つシンジと小柄で動き回るユキは例えると熊と兎のような兄妹だ。
そして、今回この大会に突然参加することになった元凶である。
アズサとは多分決勝戦で戦っていた子だろう。
決勝戦ともなると司会のアナウンスで選手紹介されたらしいが、ぶっちゃけ聞いていなかった。
「しかし、あんなデッキで良く勝てたな。あれ、メインでもサブでもサードでもないだろ?」
「あー、頭の中に構想はあったけどこっちに来て急遽作った。まさかβレギュだとは知らなくてβデッキは持ってなかったし、負けてもいいから実験のつもりで採用したんだけど見事に刺さったな」
「流石、先輩っす!」
ユキが褒めてくるが急遽対応する必要がでたのはどちらかと言うとこいつのせいだ。
少し今朝の出来事を思い出す。
◇ ◇ ◇
ピーンポーン。ピンピンピーンポーン。ピーンポーン。
休日の朝だっていうのに、チャイムが五月蠅い。
こんなチャイムを鳴らすのは、一組しか想像できないのでベッドから起きて準備をし始める。
まだ眠いがきっと何かに巻き込まれる。準備をし始めないと余計に問題が生じるだろう。
ドンドンドン。ガチャ。
階段を駆け上がる音の直後ノックもせずに扉が開かれ、ユキが飛び込んでくる。
「先輩! 行きますよ。準備してください」
「なんの準備だ」
出かける準備はできている。後は突発イベントの内容を確認する。
「おはようナギ。デババトの大会だ。デッキを持て。いくぞ」
兄のシンジも入ってきた。ユキよりは常識人ではあるがどちらも大概である。
玄関では爺さんが対応したはずだが、こいつらはほぼ顔パスだ。
もうチャイムが五月蠅い分、合鍵でも渡してしまった方が良いのではないかと思う程だ。
いや、着替える時間すらなくなるからこのままでいいか。
「大会って何時からさ。エントリーもしていないしどこの大会だよ」
「もう走らないと間に合わないっす! あ、このバッグっすよね。これで十分っす」
ユキがデババト用にいつも使っているバッグを持って部屋を出ていく。
まぁバッグ自体は間違っていない。デババトの一般的なルールのαデッキと一通りのカード一式が入っている。
大会による微妙なルール差異があっても対応できるだろう。
「トライアルさ! エントリーは無断でしておいた。参加費も払ってあるから、昼飯は奢りな」
勝手に全てが決まっていくが、トライアルは年に1回開催されるデバッグ協会主催のデババト最大の大会である。
確か入賞時の賞金や商品がすごかったはずだ。よく覚えていないが。
その分参加費も高く5000円程したはずだ。昼飯と比べるとかなり割安なので了承する。
「走る程ではないが時間がギリギリなのは事実だから急ぐぞ」
「了解」
爺さんに出かけてくると声を掛けて家を出た。
◇ ◇ ◇
その後、大会のルールがβレギュレーションであることに気づいて、大会の説明中にデッキを構築した。なんとか初戦が始まる直前に完成したが不戦敗になるところだった。
「でも、これで先輩もDDっすね」
ん? DD? さっきの対戦者……アズサだっけ? も言っていたがなんのことだろう。
聞き覚えがある気がするが、ピンとこないので質問する。
「DD?」
「あれ? 気づいてなかったすか? トライアルの大会では優勝者、準優勝者はDDになる権利が与えられるって。トライアルの基本事項ですし参加者が多い理由っすよね。大会開始時のアナウンスでも言ってましたし、決勝前のアナウンスや、決勝後のアナウンスでも言ってましたよね?」
どれも記憶がない。むしろどれも聞いていなかった記憶しかない。
そもそもDDの響きの方がピンと来ていない。
「そもそもDDってなんだっけ?」
「そこからかよ! ダンジョンデバッガーのことだよ。一攫千金も夢じゃないぜ。折角なんだから世界に貢献しろよ」
あーダンジョンデバッガーか。
あれか……
……まじか。