0話 『記憶』 (1999年3月19日)
『なぁ、異世界転移ってあると思うか?』
『あるわけないじゃない』
俺は、窓枠に座りながら空を眺めるナズナに声を掛けるが、振り向きもせずすげない言葉だけが返ってきた。
『いやいや、そうは思うけど夢くらい見てもいいんじゃないか?』
『夢と妄想は別物よ』
あっけなく一刀両断されるが、話をしていないと落ち着かないし、黙っていると徹夜明けのせいか眠気を感じるので、気分転換にもう少し挑戦してみる。
ナズナはいつもなんだかんだで話に付き合ってくれるものだ。
『少しくらい可能性はないかな?』
『……そうね。天文学的確率以上にありえないけれどゼロではないわね』
ナズナは、少し思案すると応えてくれた。今回も乗ってきてくれるようだ。
ただし、それも否定的な方向で話が進むらしい。
『4次元の世界の移動でも空想上の理論なのに、多次元の世界への移動なんて』
4次元とは某異空間のことだろうか?
いや、確か一般的に時間軸を示すと聞いたことがある。
『タイムトラベルとか? でもそれと異世界転移って同じ話なのか? どちらも空想ではよくある話だけど』
『思考実験ではね。現実は4次元世界。干渉するには1つ上の次元の存在が必要だけど。じゃ、5次元の世界ってどんな世界だと思う?』
全く思いつかない。話の流れ的に5次元ではまだ異世界にはたどり付かないのはわかる。
無言で悩んでいるが、こちらが応える前にどうやらヒントをくれるようだ。
『線を切ると点になる。面を切ると線になる。立体を切ると面になる。そして、時間を切ると立体になる。ここまでが1次元から4次元の世界ね。じゃ、切るとこの世界になる世界ってどんな世界かしら?』
難しい言い回しをしてくるが、なんとなく思いついた言葉があったので応えてみる。
『パラレルワールドかな。あの時あぁしていればよかったとか異なる選択をした世界。』
『……他には天変地異が起こらなかった世界とかね。でも、それは貴方の言う異世界ではないわよね。じゃ、6次元の世界は?』
ナズナは、俺の言葉に空を見ながら続きを促してくる。
とりあえず考えてみる。頭に浮かんだパラレルワールドはあくまで常識の範囲内だった。しかし、パラレルワールドの話は世の中に色々創作物が溢れているので非常識的な側面も考えやすい。
現実寄りだけど常識自体に異常を感じるような世界か。そういえば昨日徹夜で全クリしたゲームがそんな感じかな。やたら綺麗な絵の上杉謙信がこれまた綺麗な絵の武田信玄にビームを放つようなゲームだったけど、こういうのってなんて表現すればいいんだろう。
ふと思いついた言葉があったが、ナズナを見た後、頭を振って違う着目点で応えてみる。
『……魔法とか超能力?』
『異質な要素が入ったわね。構成する要素を魔法物質として考えればモンスターとかダンジョンとか異世界要素も入れてもいいかな。そんな世界が一般的なローファンタジーな世界ね。とすると、貴方が求めるハイファンタジーな異世界だと7次元で実現可能かな。転移を考えるなら8次元の存在が必要になるけれど』
なるほど難しそうなことはわかった。
まぁ最初から実際に起きると期待していたわけではないので、そろそろ現実に戻ることにする。
『そっか、次元の差が倍もあれば無理だよね。現実にこんな可能性の低いことが起きるなら、他にも起きてもいいかなって思っただけだよ。最後の時を一人で迎えないことで満足だよ』
そう言って、俺もナズナの横に立ち空を見上げる。
そのタイミングでさっきまで辛うじて差していた日の光もどうやら陰に入ったようで世界に影を落としていく。
目線には、視界一杯に大きな岩の塊が見えている。今は視界だけで衝撃波のようなものはまだ感じないがそれも時間の問題だろう。
世界はもうすぐ終わるらしい。
『でも……』
『ん?』
ぽつりと呟いたのが聞こえたのでナズナに目線を送ると目線が合った。ずっと空を見ていたナズナがこちらに顔を向けていた。
『さっきも言ったけど、可能性だけはゼロではないわね。例えば、突然力に目覚めた誰かがあれを殴り飛ばすかもしれない。もしくは今日を境に世界がループするかもしれないし、そもそもこの世界の常識自体が壊れてなんとかなるかもしれない。死後も世界が続くかもしれないし、それこそ、さっき貴方が言いよどんだ男女が逆転した世界に転移するかもしれないよ』
ナズナの顔が微かに緩んでいる。ナズナは感情が表情にあまり出ないので、これは冗談を言っているようだ。
最後に会話を楽しめて貰えたならこんな短い人生でもよかったのかもしれない。
ただ、一瞬頭に浮かんだ考えを顔も見ずに言い当てられるとはどうにも気恥ずかしい。エスパーかよ。
少なくとも超能力は次元を越えなくてもあるらしい。