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WSS/短編 増長生物  作者: たかしモドキ
「軽自動車のドアミラーを滅ぼしたい」
7/9

7話「組違い番号は‥‥見逃してあげます」

時計の秒針が部屋の中で強い自己主張をしている。


この余りにも異様な室内の雰囲気においては、

ダニの足音ですら聞こえてしまうかもしれない。


さっきから生唾を飲み込みすぎて、逆に喉が乾いてきた。


やはりどう考えても、部屋の三分の一を牛耳っている

女神を自称する巨大生物を俄かには信じられない。


もはや神様うんぬんの部分よりも、この存在自体が疑わしい。


俺は泥酔によって幻覚を見ているのではないか?

もしくは、暗い山道での不注意で、頭を強く打って夢想しているのかも


目に見えているにも関わらず今まで培ってきた常識からして、

自分自身を疑う方がこの状況を飲み込むには容易(たやす)い。


「あの‥‥」


「あ‥‥はい?」


「天井に穴を開けてもいいですか?」


唐突にとんでもない事を言い始める女神。


普通に聞けば、何をとんでもない事を言い出すのかと、

言葉尻に繋げる勢いで否定したい所だが、

座っているにも関わらず、天井に接し

頭部を真横にしている姿を見ると気の毒な気持ちもある。



カンチョー山での邂逅(かいこう)の後、耳にタコができるほどに

軽自動車のドアミラーに対する恨み辛みを聞かされ続けた結果

真面目にドアミラーの危険性について考え始めそうになったので、

このままではマジで副代表に成りかねないと焦った俺は、

山に登った目的も何もさて置いて、

取り敢えずこの摩訶不思議な存在を家に招く事にした。


その場から逃げたり、何かしらの話術でケムに巻いたり

関係を断つ手段はいくらでもあったが、

こうやってこの存在との関係を繋げたのは、

好奇心と自分でも性質のしれない期待があったからだと思う。


不注意で痛い目を見た自称女神にも、

誰かしらに頼りたい気持ちがあったのだろう

余り悩む様子もなく俺の提案を受け入れた。


さて‥とは言えどうしたものか。


「あの‥‥天井に穴‥」


「あ。すいません、ちょっとそれは勘弁してください」


「そうですか。なら適当な人間に擬態しようと思います。

 今後、この世界で行動するのならその方が都合が良さそうですし」


「擬態?そんな事できるんですか?」


「すごいですか?」


「あ‥はい。あ、でもサイズとか‥色々大丈夫ですかね?」


「ええ。私が元いた世界にも人間はいましたから」


「へぇ〜」


元いた世界。


天国とか天界とか‥‥そう言う場所の事か?

人類最大の謎の一つ、死後の世界の有無が今、証明されたのか‥‥?

その辺の事情も大いに気になる所だが‥‥余り質問責めにするのも気が引けるな。


「ん〜どうせ擬態するなら、見た目のアドバンテージを望める姿が良い所ですが‥

 おや。この女性の絵‥‥ここまで精巧に模写されているとなると、相当美しいのでしょうね?

 この人を真似ましょうか」


女神の視線を辿ると、そこには帰宅時に放った雑誌がある。


「あ‥いや、これは絵ではなく写真で‥‥あっでも!ちょっ!!この姿は!良くない!!」


と、俺の制止も虚しく、女神はボコボコと体をくねらせ

みるみるうちに、風俗誌の表紙で大胆なポーズを決めるド派手な女性とそっくりな姿となる。


目や髪の色や顔立ちなど、多少オリジナリティがあるが‥

どっからどう見てもそっち系を生業にする人にしか見えない。


「擬態!!完了!!!」


「ちょちょ!!あんまり動かないで!見えちゃいますよ!!!」


胸元が大きく開いた丈の短いワンピース、

豊満なバストがブルルンと揺れ、足を動かせば妖艶な下着が簡単に露出する。


明らかに異性を誘惑する目的の衣装。


これはマズイ。

目のやり場に困る。


「あの‥‥申し訳ないのですが‥‥できれば違う姿になれませんか?」


「お気に召しませんか?」


「あ‥いえ‥そういうわけじゃないのですが‥‥

 ‥‥その姿は普通に生活する上で‥えっと‥擬態と呼ぶには不自然かと‥‥」


「そうですか‥では違う姿に‥‥ん‥写生の原級素(アブニア)が‥‥

 ‥‥そうですか、この世界には紋印が‥‥まずいですね」


「まさか‥もう擬態できないんですか?」


「いえ‥あと一回分なら体内の原級素(アブニア)でなんとか‥」


「あぶ‥に?」


聞いた事のない言葉だが、おそらく人間に擬態するのに必要な‥魔力?の事だろう。

しかし、あと一回となるともう失敗できない。


参考資料を見せてあげるのが手っ取り早いと思うけど‥

部屋の中に当たり障りのない他人の写真なんか無い、

芸能人や知り合いに化けられるとそれはそれで困るし。


どうしたものか。


「あの‥‥人間は見た事があるんですよね?一般的な成人女性と言えば想像つきませんか?

 髪の色や目の色だけ俺と同じ黒くして貰えれば、それで大丈夫だと思います」


「髪と目の色を合わせればいいんですか?それなら簡単ですが‥‥

 ちなみに、この世界で成人となると何才くらいですか?」


「一般的に、二十歳で成人と言われています。

 あ、でも若すぎてもアレなんで‥三十才辺りが無難かと」


「わかりました。ですが‥今日はもう疲れたので‥‥明日でいいですか?

 ‥ふあぁっ‥‥流石に疲れてしまいました‥‥」


「あ‥はい。では、母の部屋を使ってください」


「ここでもいいですよ?」


「いや!それはその‥‥ちょっと良くなくて

 俺が寝れないというか‥すぐ隣の部屋ですので‥どうか」


「わかりました‥‥」


女神が眠そうに目をこすると、目元の化粧が横に伸びる。

実物を見たわけでもないのに、そこまで忠実に再現できるとは凄い精度だ。


しばらく入っていない母の部屋は、空気が滞り埃も積もっていたが

女神は構わない様子でベッドに倒れ込むと

フワリと部屋中に塵が舞う。


「神様にも、睡眠が必要なんですね?」


「いえ‥‥普通は必要ないのですが‥やっぱり三分の一は‥消耗が早い‥

 何より‥‥空気中の原級素が‥‥この世界には‥‥なくて‥‥」


と、意味の知れない事をボソボソ言った後、

静かな寝息を立てて女神は眠ってしまう。


それを見届けた俺は、自室に戻り少しの間、頭を抱えたが

次第に緊張が解けると、そのまま眠ってしまった。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



翌日、目を覚ましたのは昼を過ぎた頃。

昨日の一件は事実か否か、恐る恐る隣の部屋を覗くと‥‥


そこに女神の姿はなかった。


「‥‥‥‥」


姿は無いけど何者かが寝ていた痕跡の残るベッドを見て

昨日の事は、現実に起こった事だと確信する。


女神は、もうどこかへ行ってしまったのだろうか?


なんとも‥呆気ない。

寂しいというか、どうにも味気のない事だ。


何も失っていないのに強い喪失感を感じる。


「まぁ‥俺の人生だから、こんなもんか」


漫画やドラマにあるようなワクワクするような展開は、

然るべき美男美女が繰り広げるもの

俺のような小太りでなんの希望もないおっさんが

物語の主人公になれる訳がない。


なんだか気持ちを切り替えたいと思い、

シャワーで体の汚れを洗い流すと、

気持ちが日常に戻り始め、習慣を全うするように

キッチンに向かい、やや乾燥気味の食パンを焼き

タッパーから茹でたブロッコリーを出し、魚肉ソーセージを齧る。


俺は食えるものはなんでも食べる(たち)だ、

ブロッコリーの芯も構わず口に放り込む。


ゴリゴリとした歯ごたえを感じつつ、

壁掛けの時計を見ると針は、十五時を指している。


休日に昼まで寝てしまった時に感じる

一日が一瞬で過ぎていく様な特有の感覚に

なんとも形容し難い空虚を感じた。



「ぁああああああ!!!

 ご飯食べてる!!1人だけ!!酷い!!!」


「!?」


何処からともなく聞こえる声に、

発信源を探ろうと首を左右に振ると

キッチンに繋がる居間の大窓から

化粧の崩れたキャバ嬢が家を覗いている。


ちょっと斬新なホラー味を感じる光景だ。


足早に大窓を開いた俺に、キャバじっ‥女神は、

頬を膨らませ分かりやすく立腹を示す。


「あ〜‥‥まだ居たんですね」


「まっ!なんと薄情な言葉でしょうか!!

 無知な世界で困り果てる美しい女神をさて置いて!!!

 1人でご飯を食べているうえに、まだ居たのかなどと!!!!

 酷い!!最低です!!!うわーん!!!」


「あっ‥あの!とりあえず中に入ってください!

 庭で騒がれると、近所の目が‥」


ワザとらしく、かつ、わかりやすく喚き散らかす女神を

部屋の中に招き入れるや、ダダダと一目散に食卓に座り、

こちらを睨みながら食卓を指差しドンドンと小突いて見せる。


なんとも女神と呼ぶには余り‥‥下品な光景だ。

でも、こう言う強引な性格は嫌いじゃない。


「質素な食事です。期待はしないでくださいよ?」


そう断りをいれてから、自分と同じものを用意し

食卓に並べると「ん!ん!!」と声を漏らしながら

ムシャムシャとそれを食べ始めた。


「それで、あの‥何処に行っていたんですか?」


「ちょっと近くを散策してたんです。

 色々見た事の無いものがあって、とても面白かったです」


神様からすれば、なんの変哲も無い民家の集合も

物珍しいのだろう‥‥ん?ちょっと待てよ‥


「その姿で‥近所を?」


「はい。人間とも何人か会いました」


ああ‥‥頭が痛い。


こんな姿の女性が家に入るところを見られたとなると

どんな噂を立てられるのか‥‥ただでさえ

町内の行事に非協力的で、いい目で見られていないのに‥‥

まぁ、あまり考えないようにしよう。


「そうそう!貴方の言う一般的な成人女性とやらもリサーチしましたよ。

 何やら列をなして歩いて居流のを見ましたが‥この世界の文化ですか?

 それに、ここの人間は随分と若くして成人を名乗るのですね」


「あ、そう言えば‥日本人‥‥いや。えっと‥‥

 この国の人間は、世界的に見ても、年の割に若く見えるらしいですよ」


しかし、列を成すとは何の事だろう?


何か、店に並ぶ行列でも見たのかな‥‥

この近くにそんなも店あったかな?


「うん!腹ごしらえもできましたし!

 早速、擬態に入りましょうか!」


しかしまぁ、その目で見たと言っているんだから、

近似値を狙えば、そうおかしな事にはならないだろうさ。


でも、最後に確認だけしておくか。


「もうやり直しできないんですよね?

 いいですか?もう一度確認しますけど

 三十代の一般的な女性ですからね?」


「わかっていますよ。三十代と思わしき女性達の

 一般的な体型、身長、容姿はリサーチ済みです!

 まぁ、多少は私の好みに合わせますが‥‥いきますよ!!」


「お願いします」


「はぁ!!擬態!!そいや!!!」


いや‥昨晩はそんな掛け声無かったじゃないか。


ボコボコと体をくねらせるキャバ嬢‥‥。

少しばかり、勿体無い気もする‥さようならナイスバディ。


なんだかんだで目の保養だったあのプリプリ具合を忘れないよ。


次第にその姿が整い始める。


癖っ毛でボリュームのある黒髪、

細くしなやかな体にツンと上を向いた鼻先と、

目端の鋭い大きく黒い瞳。


視線を下げるほどの低身長、

先ほどと打って変わる、ぺったんこな胸部と臀部。


その姿は。


何処からどう見ても‥‥中学生くらいの子供だった。


「えぇ‥いやいやいや!!!なんで!?

 幼なっ!!子供じゃないですか!!」


「え?だって三十代ですよね?

 人間の三十歳はこれくらいですよ!」


「いや!それじゃいっても16歳が限度ですよ!!」


「‥‥‥?」


興奮しつつも話を紐解くと、どうやら女神が元いた世界では、

歳をとるスピードがこの世界の人間の半分程度しか無いらしく

三十代と言うことは、この世界では十五歳やそこらの容姿になるらしい。


「それは盲点だった‥」


色々考えたが、もうやり直しも効かないし

風俗誌の女性よりも、まだマシということで納得した。


案外これくらいの容姿のほうが都合が良いのかもしれないし。


とりあえず、この辺りで落ち着かないと

話が前に進まない。


「えっとですね‥まず‥え〜マテ‥‥マテテさん?」


「マティテです。呼びづらいですか?」


「そうですね‥すいません」


「なら、何かいい名前をつけてください」


「俺がつけるのですか?責任重大ですね‥」


「この世界で違和感なく名乗れる名前ならなんでも良いです

 排泄物呼ばわりでもされなければ怒りません。

 私は、寛大で美しい女神ですからね」


排泄物‥‥どう言う意味だ?


しかし、なんでもいいとは言うが

俺は動物にすら名前をつけた事はない。


最後に命名したのは、子供の頃に作った

わりかし出来のいい紙粘土の貯金箱で、

確か名前はゼニクレー男爵だった。


我ながら寒い名前だ。


ちなみにゼニクレー男爵は、

酔っ払った親父に踏み潰されてこの世を去った。


さて、どうしたものか‥‥昼光の女神で‥マティテ‥‥

昼光ってなんだ?昼間の太陽の事か?

昼‥マティテ

マティテ‥‥昼

マテ‥ヒル

マヒル‥‥真昼‥うん‥なんだか名前っぽいぞ。


これで良いか。


「では‥真昼でどうでしょうか?」


「ええ、わかりました。

 では今後は真昼と呼んでください。

 それと‥名前といえば貴方の名前をまだ伺っていませんでしたね」


「えっと、せきやま‥まつおみ‥です。

 とは言え、呼びづらいでしょう。

 そうですね、古いアダ名ですが‥俺の事は、セキマツとでも呼んでください」


「助かります。ではセキマツと呼ばせて頂きます」


「それで真昼‥貴方は一体何者なんですか?」


「私は異界神族の末席、黎明の神フロアウトと夜陰の神ハーテンティールの娘で、

 昼光の紋印の象徴です」


情報量が多いな‥‥。

必要な事だけ、噛み砕いて聞いていくか。


「えっと‥そのいかい‥の神様がどうしてこの世界に?

 何か大事な目的でも?」


「‥‥そうですね。特に目的があるわけではないのです。

 平たく言えば‥‥元の世界から逃げてきた形ですね」


「逃げてきた?誰かに追われているんですか?」


少し旗色が悪いぞ?

そういう危なっかしいのは御免被りたい。


「いえ。追っ手の心配はしなくても良いです。

 奴らは、この世界に来る術を持ちませんから」


「うーん?」


という事は‥‥なんだ?

真昼は神様だが、ただこの世界に逃げて来ただけってか?


ちょとネコえもん的な展開を期待していたけど

俺との出会いは本当に偶然という事か‥‥

それが真実だとするならば特に拒む理由もないが‥‥


「私からも質問があるのですが良いですか?」


「ん、はい?」


「この世界の神族はどういう体制で人類と接しているのですか?

 奇妙な作用で世界の均衡を保ってる様子‥

 あなた方は、これをどう受け止めているのですか?」


「神族‥神様ですか。えっと‥どう説明すれば良いのか‥‥」


真昼の質問に対し、俺の知る限りの言い回し、情報で

この世界での神様のあり方を説明すると

彼女は眉をハの字にして怪訝な顔をした。


「では‥‥この世界で神とは、概念に近い存在で

 生身を持たないと?」


「そうですね‥俺の知る限り

 大々的に認知されている生身の神様はいませんね」


「では‥この作用は一体何者の仕業ですか?」


「作用?なんの事ですか?」


「気づいていないのですか?

 そうですか‥‥ふむ‥それも均衡の為?」


何かおかしな事があるのだろうか?

至って普通に生きているだけだと思うけど。


「とは言えど、安心はできませんから、詳しく調べる必要があります。

 この世界にも神話や伝承がある事でしょう。

 そういう類に詳しい方や、書本などに心当たりは?」


「神話や伝承‥‥あ。知り合いに一人居ます。

 伝承に詳しい奴で、確かこの辺りにも妖怪か何かの言い伝えがあった様な‥」


「妖怪とは‥人を化かす物の怪ですか?」


「はい。うろ覚えですが‥この辺りは昔、女の妖怪が出たとかなんとか‥」


「‥‥女の妖怪?‥もしかして‥あの娘‥‥

 プッ!!はははは!!もしそうなら

 とても!クフフ!愉快というか‥滑稽というか‥‥

 ざまあみろというもの‥‥とにかく興味深い!!」


「あの‥真昼さん?」


「セキマツ。私は、その方と会って話がしたいです。

 お願いできますか?」


「あ‥はい。すぐには無理ですけど、話をしてみます」


「期待しています。

 それはそうと‥あなたの態度が気になります。

 そう畏まった喋り方をしなくても良いのでは?

 私は女神ですが、この世界の神ではありませんし

 この姿は子供なのでしょう?大人のセキマツが子供に(へりくだ)るのは不自然では?」


「まぁ‥そうですね。

 うん。わかったよ‥そういう真昼もずっと敬語じゃない?」


「敬語?‥‥ああ‥どの様に聴こえているかは知りませんが

 これが私の普通なので、気にしないでください」


「?」


なんにせよ、女神、改め真昼は、俺の家を拠点に色々と調査を進めるつもりらしい。


どうにも奇妙な関係を築いてしまったが、

真昼がいる事で巻き起こる変化に俺は強い期待を持っていた。


日常を楽しみに感じるなど何年ぶりの感情だろうか。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「素晴らしい!!!」


夕方になって、真昼が街に行きたいと言いだし

次の日も仕事なので、またにしようと断ると

信じられないほど駄々をこねたので

俺は、渋々と真昼を自転車に乗せて町のデパートへと繰り出した。


デパートへ着いてすぐ、真昼は大はしゃぎで走り回り

見るもの全てに強い興味を示していたけど

その姿を見れば「こりゃ車に轢かれるわな」と納得してしまう。


「セキマツ!!これ全部欲しい!!買ってください!!」


真昼は、多様に用意されたおもちゃ売り場の玩具を指差し、

興奮を隠さず鼻息を荒くしてそう言った。


「いやぁ〜勘弁だよ‥‥ひとつならまだしも

 全部なんてとても‥‥俺が裕福に見えるかい?」


「セキマツはお金に困っているのですか?

 賃金が支給される労働をしているのでは?」


「そりゃ仕事はしているさ。

 まぁ‥人並み以下の給料なのは認めるけどね」


「ふーん」


口を尖らせ目を細めた真昼の顔は、

期待はずれ‥とでも言わんばかりだ。


「わ‥悪かったね‥これでも一種懸命に働いてるんだよ?

 大金は無くても、それなりにやっていけてるし」


自分で言ってズズンと気分が落ち込む、

そう言えば、今週末に母さんの病院代を振り込まないと‥

前以上に増えていないといいけど‥‥。


「‥‥見た所、この国は金銭でのやり取りを根底とした社会体制ですよね?

 強い身分がなくても資本さえあればある程度の自由は許される。

 資産次第でなんとでもなる‥‥間違っていますか?」


「まぁ‥多分それであっていると思う」


「なんと素晴らしい世界なのでしょう。

 金銭を得るだけで好きに暮らせるだなんて‥

 創意工夫でどうとでもなる‥‥皆、平等にチャンスがあるのですね!」


「素晴らしい‥かな?俺は働いてばかりでうんざりしているけど」


要は、頭が良くてやる気のある奴は良いだろうけど

特に目標も意欲もない、俺みたいな奴は嫌々働いて生きるしかない。


自業自得と言えばそれで終わりか。


「ふふふ‥それも今日で終わりですよセキマツ

 私が居るからには、もうお金の心配をする事は無いでしょう」


「ん?どう言う事?」


「取り敢えず、簡単に資本を増やせる場所はありませんか?

 ギャンブルでも換金所でもなんでも良いです

 そういう場所は、どの世界にもあるでしょう?」


「あ〜。そうだね行った事はないけどパチンコ屋なら近くにあるよ

 あと、競輪とか‥麻雀とか?‥‥あ、麻雀は違法だったかな?」


「まぁ、この世界の秩序に反しなければなんでも良いです。

 ささっと行って、さくっと済ませましょう」


「済ませる?何を?」


「資金調達ですよ」


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


ジャラジャラジャラジャラ。


「‥‥これ‥‥夢?」


真昼に言われるままに、パチンコ屋に入店して

訳も分からずお金を鉄球に変えてから1時間が経とうとしていた。


最初は、右側のハンドルをガシガシと動かす真昼を呆然と見ては、

「ガリマツの奢りで浮いた飲み代がトントンになったと考えるか」

などと、思っていたが‥。


次第に、素人目で見ても異常なことが起きていると気付く。


詳しいルール‥もといパチンコ界の常識みたいなものは知らないが、

弾いたパチンコ球が定期的に開く穴の中に入れば当たりで

そこから更に穴が開いて、またその穴に入れると更に当たる。


ランダムに配置された釘のピンに邪魔されながら

繰り返しその穴にたくさん球が入るように願い

一種懸命に沢山の球を吐き出し続けるのが

パチンコのギャンブル性、その醍醐味だと‥そう思っていたのだが。


真昼は球を撃ち続けるのでは無く、

数発の球を不定期で打つ方法をとっているが

不思議な事に放たれた球は、必ず同じ軌道を描いて

ピンを掻い潜り絶対に穴の中に入る。


しかも、狙った場所に必ずだ。


こんな事、素人の目で見てもおかしい。


「ねぇ‥真昼さん‥‥これはどういう事?」


「この世界の作用を利用しています」


「‥‥いや、意味がわからないんだけど」


「私が作用について聞いても、セキマツにはそれが分からなかった。

 なら、私がそれを利用する方法も理解できないでしょう

 ふふ。別に意地悪をするつもりはないんですよ?

 また後で詳しく話してあげます」


ふと、けたたましいパチンコ屋の中で、

どうやってこんなにも鮮明な声で会話ができているのか

不思議に思ったが、今目の前で起きている事実に埋もれて

どうでも良くなる。


撃ち始めて数十分が経つ頃には、玉の数は元の数を超え

それからドンドンと玉が増えてゆき1時間が経つ頃には

玉を入れる箱が満タンになっていた。


それから強面の店員が不機嫌そうに現れて

意味もわからずあれよあれよと球を機械に流し

レシートの様なものを受け取り、それがお金に変わる。


「す‥数百円が‥一万円になった‥‥」


信じられない‥たった1時間で、9000円以上も儲かるだなんて‥

こんな事あって良いのか?俺の月給は16万くらいだから‥

今月ならあと16時間パチンコを打つだけで収入が2倍になる。


頭がおかしくなりそうだ。


「想像したよりも増えませんね。この方法はいまいちです

 次はもっと稼げるところに行かないと」


「はっ!?十分だよ!俺‥なんか怖くなってきたよ‥‥

 それにこんなこと続けていたらどこかで怖い人に目をつけられるかも‥」


「なるほど。一理ありますね‥では一度のやり取りで

 多額の資金を稼げる方法に心当たりは?」


「そんなうまい話‥‥あ、宝くじがあるか」


「宝くじ‥‥それはどういうものですか?」


「俺も買った事ないから詳しくは‥

 近くに売り場があるからそこに行けば‥‥でも‥まさか‥」


「まぁまぁ。とりあえず、調べてみないとなんとも言えませんね」


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


真昼を連れてデパート内の宝くじ売り場に来る。


ここの売り場なら、自分の好きな番号の宝くじを購入できると

昔、会社の同僚に聞いた事があったからだ。


売り場の前まで来て、真昼の顔を凝視する。

正直冷や汗が止まらない。


「わ‥わかるの?」


「うーん。これはどういうものなのですか?」


俺が売り場前の説明文などを読みながら

宝くじのシステムを説明すると、真昼はうなづきながら

その仕組みを理解していく。


「要するに、当選日に公開される番号と

 同じ番号のチケットを持っていれば

 該当する金銭と交換できるという事ですね?」


「う‥うん」


「近々では、年末に合わせて公開されるものが一番高額と‥なるほどなるほど」


「ででっ?‥‥できるの?」


「そうですね。パチンコ‥でしたか?

 あれの球を読むのよりも簡単ですよ」


「あっぶ!あ!?じゃあ!?」


「少し‥まってくださいね‥‥」


そう言った後、真昼は目を虚ろにして集中している。


その時、売り場前でまごつく俺たちを見た店員が不審な目でこちらを見た。


「もうすぐ閉めますけど‥買われるんですか?」


「あ!!はい!!えっと‥番号が‥」


「指定番号で買われるんですか?

 時間がかかるんですけど‥‥何番ですか?」


「えっと‥‥」


「私が言う番号のチケットを貰えますか?

 メモの用意をお願いします」


明らかに不自然に慌てる俺を押しのけて

真昼が店員の前に立つ。


「46組165548番」

「90組178633番」

「58組152506番」

「92組172789番」

「54組190384番」


急に機械のように番号を喋りはじめる真昼と、

それに面食らった様子の店員。


真昼は、それを嘲笑するように言う。


「‥‥組違い番号は‥‥見逃してあげます

 売り子のあなた。よろしければ購入してはいかがですか?

 全て買えば150万円ほどにはなりますよ?」


「!!あんた‥バカにしてるの!?」


「いえ。純粋な好意ですが?」


おそらく真昼に悪気は無いのだろうけど

この言い方だと店員が怒るのも無理もない。


俺は急いでそれに割って入る。


「ま‥まぁまぁ!!すいませんね!うちの子が!!

 少し変わり者ですが悪い子じゃ無いんです〜ははっははは!!」


「‥‥うちの子?」


子供扱いした事に思う所があるのか、顔を背ける真昼。


そして大人をバカにしている!とプンプン怒る店員さんを必死になだめて

ようやく指定の5枚の宝くじを入手すると、オレ達は一目散に売り場から遠ざかった。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「‥‥‥一億と‥五千万円‥‥オレは‥気を失いそうだよ」


街から少し離れた、住宅街の公園のベンチに座り

異常な価値を持つ5枚のチケットを睨みつける俺。


デパートからここまで一気に駆け抜けて、息も絶え絶えだが

この胸の動悸は、全速力で自転車をこいだ事が原因じゃ無いと思う。


「ふぅ‥ふぅ‥‥真昼、何か飲もうか?ジュース買ってくるよ」


「‥‥‥」


「どうしたの?ああ‥ジュースっていうのはね」


「いえ‥ジュースはわかります」


「あ‥そう。じゃあ適当に‥おおっと!?」


そう言ってベンチから立とうとすると

俺の柔らかい腹に、真昼がしがみついてきた。


「え?どしたの!?」


「‥‥うちの子ってどう言う意味ですか?」


「あ‥子供扱いしたの怒ってるの?

 ごめん。でも、ああやってると家族みたいに見えるだろうからね

 そう言う回しにしたんだよ悪気は無いんだ」


「‥‥家族。

 私は、セキマツの家族なのですか?」


どう言う趣旨の質問かわからない、

俺の肥えた腹にうずくまる真昼の顔は伺えない。


「それは‥そうだね。

 君が俺の家にいる間は、家族でいいんじゃ無いかな?」


「‥‥‥ふひっ‥‥ひひ‥」


「‥?」


何やら気味の悪い笑い方だけど

悪意は感じられず、どちらかと言うと

無邪気な本心の篭る笑い方に見えた。


もしかすると、真昼は寂しかったのだろうか?

確かに、元の世界から逃げてきて

これからどうするのか目的もないとすれば

いかに神様といえど、心細い所があるのだろう。


そう言う孤独な気持ちは身近だ。

俺にはよくわかる。


「よしよし。いいよ。俺の家が君の家だよ

 こう言うのに神様とか、違う世界とか関係ないさ

 居たいだけ居ていいよ」


全く、昨日の今日でとんでもない事になってしまった。

真昼、この女神の事をどう受けとめたものか

正直、不安な気持ちもあるけど

こうやって孤独を感じる人間性を持ている事で

安心にも似た親近感を感じた。


これからどうなるか分からないけれど

しばらくは上手くやってい消そうな気がした。


「ふひひ‥‥ひひひっ」


「‥‥その笑い方は‥変えたほうがいいかもね」

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