5話「ハンバーグにケチャップ」
〜以下説明-(古い伝承)〜
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今より480年ほど昔、この地が内乱に見舞われていた頃
邑久郡冬井村付近での事だ‥‥つまりその地こそ私たちの住むこの町だな。
この地に住む兵法者が、山籠りをしていた際に雪女と出会ったとある。
ん?‥‥ああ‥ここで言う兵法者とは、簡単に言うと武術の指南者を生業とする人だ。
その雪女、血濡れた着物に身を包み、頭髪は濃紺、肌が透き通る様に白く
非常に美しい姿をし、名を「アエウオ」と名乗ったそうだ。
雪女などと言っては見たが、これは後付けの呼び名で
明確に雪女伝承の起源とされている文献は、この時代よりももう少し後だ。
つまりこの容姿の説明文から、今は雪女伝説のカテゴリーに分類されているだけで
正確には雪女の様な妖怪の類じゃない。
この文献を巡って、前市長が雪女発祥の地としての町おこしを計画していたが
流石にこの地で雪女の名前を掲げるのは無理がある。
おっと少し脱線したな。
兵法者は、アエウオを家に招き数年間、面倒を見た後、
アエウオを故郷へ返す為に日本を旅したとある。
その後、その兵法者とアエウオがどうなったかはわからないが
この地に彼らが居た名残がある。
ほら、渋川海岸の端に古い神社があるだろう?
今では所有者が変わり名も変わっているが
あれこそ兵法者とアエウオが建てたもので
古くは亜無二在神社という名前だったそうだ。
亜無二在というのが何と読むのかは分からないが
アエウオが崇拝する神仏を祀る事が目的だったらしい。
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〜以上説明終わり-(古い伝承)〜
「とまぁ‥‥こう言った具合の伝承だ。
この伝承の面白い所は、所縁のある建造物が未だ残っている事と
事の末が不明瞭な部分で、この二つの因子が伝承に実話の風味を漂わせている‥
‥‥しかし、君達はやたらと仲がいいのだな?」
私は、視界のセキマツと少女を見て、思わずそう溢してしまった。
縁側に胡座をかいて座るセキマツの上に、膝を抱え丸まる少女、
微笑を浮かべ満悦そうな少女に対し、セキマツは半ば諦めた様な顔でそれを受け入れている。
「仲がいい様に見えるらしいですよ。どうですかセキマツ、嬉しいですか?」
「いや‥‥あ‥足が痺れちゃうからさ‥そろそろどいてよ」
「ははは!いいじゃないかセキマツ!姪っ子に好かれて悪い気はしないだろう?
しかし何でまたこの地の伝承など調べる気になったんだい?」
「そうだね‥‥こう‥何かのヒントになればと思って」
「‥‥‥‥」
「ヒント?それは徳のある昔話から、人生観のヒントを得ようとした‥という事かな?」
「‥‥‥セキマツ」
「そ‥そういう部分も‥ある‥かな、それと‥」
「‥‥セキマツ‥‥‥セキマツ」
「しつこいな‥ な‥何さ?」
「私は、さっき「嬉しいですか?」って聞いたんですけど」
「‥‥え‥ああ‥そうだね、聞こえたよ‥そ‥それが何?」
何やら雰囲気がおかしいが、この娘の放つプレシャーは中々のものだ。
あの至近距離であれだけ圧力を掛けられればさぞかし居心地が悪いだろう。
「‥‥私は‥「嬉しいですか?」って‥‥聞いたんですよ?」
「ひっ‥‥うっ‥嬉しいよ‥‥ありがとうね‥‥は‥はは」
セキマツが乾いた笑いで圧力をいなした後、
少女はこちらに顔を向けた。
「セキマツは嬉しいそうです」
「あ‥ああ、そうか。それは良かったよ」
何ともつかみ所のない娘だ。
というか、この子はどうして叔父の事をセキマツと呼んでいるんだ?
「それで、何の話だったかな?」
「あ‥ごめん。この町に雪女の昔話があるって言ったら
この子が興味を持ってね」
「ほう。それは勤勉な事だ。町の歴史に興味を持つのはとても良い傾向だよ」
「ありがとうございます‥しかし‥‥雪女‥ですか‥‥く。」
少女の言葉に、違和感を感じた。
まるで大人が意図して使う様な敬語の端に
ほくそ笑む様な悪意のある嘲笑を見たからだ。
思えば、この娘がセキマツの後ろから現れた時からだ
何か侮蔑されている様に感じる、あの大きく鋭い目は、
10やそこらの子供に宿るものじゃない。
すごく不気味に思えてならない。
その後も、この地に残る伝承の数々を伝えたが
彼らが興味を示したのは雪女のものだけだった。
一頻り話終え、資料を片付けていると
少女は、コピーされた古い写真を指差す。
「これが、例の神社ですか?」
「ん。ああ、そうだね。これは昔の写真で
現在では殆ど改築されているけど、奥の本殿はそのままみたいだよ」
「本殿には何があるのですか?」
「普通なら御神体か、それに順する物品が祀られているね」
「それはどう言ったものなのですか?」
「御神体の事かな?私も詳しくはないが
神様の像だとか、霊力の宿った石、鏡なんていうのもあると聞く」
「では、物品とは?」
「刀や、槍、その他の武具、もしくは祀られる神に関係する物だろうね」
「なるほど、よくわかりました。ありがとうございます」
「!?」
その話を終え直後、私は見た。
少女は、一瞬口を動かさずに喋ったのだ。
日陰で影を得て異様に映る少女の顔がとても印象的で、
私は冬の寒さとはまた違った寒気を感じた。
この日の翌日、早朝清掃に参加した時、和田地区の加賀さんから
セキマツの噂話を聞いた。
彼の家に娼婦の様な女性が出入りしていた事、
見た事のない子供に、片っ端から玩具を買い与えていた事、
高価な女性用のアクセサリーを購入していた事。
私は、明らかに不自然なあの少女の事を思い出し不安を煽られる。
あの少女、どうにも腑に落ちない。
思い出せば、セキマツに兄弟などいなかった筈だ。
無論、両親のどちらかに縁のある子供である可能性は高い。
だが、親戚とはいえ独り身の男に、幼い娘を預けるだろうか?
もしも、セキマツとあの少女に地の繋がりがなく
かてて加えて例の娼婦の様な女性と関わりがあるのなら‥‥
何か、悪い事に巻きこまれているのでいるのではないだろうか。
この街は最近でも、子供が1人行方不明になるなどの不可解な事件が起きている
ここ最近、何か、心に異様な淀みを感じてならない。
その日の夕方、旧友の沢添が突然私の元を訪ねてきたので
話のついでに、セキマツの事を聞いてみたが
このモヤモヤを解消する話は聞けなかった。
事が転じるのは、年が明けて間もない頃。
〜以下回想-(約3週間前、深澤西洋剣術道場にて)〜
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雨天の中、年始の挨拶を済ませた私は、午後の穏やかなひと時を過ごしていた。
「今年の抱負は‥‥精進だな‥ん?去年も同じだったか?
まぁいい‥‥しょう‥じん‥ふかざわ‥‥しら‥‥は‥っと
うん!いい出来じゃないか!!」
「キシザワ」
「きゃあっ!!なに!?誰なの!!?」
道場で書き初めを行う私に、急に話しかけてくる輩が居る
それはセキマツだった。
「驚かせるつもりは無かったんだ、ごめんな」
「ぁいや‥大丈夫だ。少しおどろどどいた‥‥驚いただけだ」
我ながら、情けのない声を出してしまった。
相手がセキマツで、良かった言える。
これが門下生だったなら示しが‥‥いや、格好がつかない。
「全く、私を訪ねてくる旧友は、皆唐突だね。
それで?今日は一体どうしたんだい?」
「ああ。その前にあけましておめでとう。キシザワ」
「まぁ、これは丁寧に。あけましておめでとうございます。
今年も、どうぞよしなに‥‥」
「‥今日は、お願い事と挨拶に来たんだ」
わざわざ言わなくても挨拶なら意味しがた終えただろうに。
「いつも君はお願いをしにくるな?
まぁ言ってみなよ。わざわざ年始から会いに来るんだから
余程の用事なのだろう?」
「キシザワ。俺のお袋さ。もう‥ダメなんだ」
「それは‥‥そうか。長らく養生されていたが‥
もうどうしようもないのか?」
「少し前から症状を抑える薬が効かなくなってて
これ以上の薬は、日本では認められないって‥
まぁ‥どっちにしろあの年齢と体力じゃ‥どっちにしろだって‥‥」
「お気の毒に‥‥さぞかし辛いだろう
私にできる事ならなんでも言ってくれ」
「‥そう‥ありがとう。少し‥いや、だいぶ頼みにくい事なんだけど」
その様子から、沢添の言っていた言葉がチラつき頭を振る。
「まぁ‥‥聞いてみないと答えようがないからね
言ってみなよ」
「まずは‥‥これを受け取って欲しい」
そう言ったセキマツは、背負ったナップサックを下ろし
こちらに突きつけてくる。
受け取ったそれは、ズシリと重く2kgはありそうだ。
「やけに重いな‥開けるよ?」
そう言ってから開いた中身を見て数年ぶりに腰を抜かしそうになる。
「な‥何だこれは!どういうつもりだ!?」
「これで‥お袋のお葬式を盛大にやりたいんだ」
「そ‥‥それは‥いいと思うが‥‥流石に用意しすぎだよ
どうやっても、こんなには必要ない‥‥しかし、それよりも‥‥」
こんなものどうやって手に入れたんだ。
と問おうとして、口絵を噤む。
不躾なというだけでなく
単純に真実を知るのが怖かった。
「そのお葬式を、キシザワに頼みたいんだ。
キシザワが想像できる一番豪華なお葬式で送ってあげてほしい。
残った分は、手数料としてキシザワにあげるよ」
「馬鹿!!こんなもの安々と貰えるか!!
それに何より!自分の母親の葬儀を人に頼む奴がいるか!!
両親の葬儀は、産み育ててくれた人達に最後にできる恩返しだぞ!?
それをしないで!君はどこで何をするというんだ!!」
「俺‥‥この町を離れるんだ」
「‥な‥何?‥余命少ないお母様を置いて‥町を出る?
すまない‥‥呆れすぎて怒りも収まったよ」
考えたくなくても、考えてしまう。
やはり沢添が正しかったのかも知れない。
セキマツの根本がここまで腐ってしまっているのなら
他人が出る幕はない。
「セキマツ。その願いは聞けない
これを持って帰ってくれ‥‥しばらく、顔も‥‥あっ」
道場の床に、ボトボトと大きな雫が落ちているのに気づき前を向く
セキマツは、顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。
「俺もね‥‥そうしたいよ。
でも、それじゃ‥‥ダメなんだって。
もう‥‥それも諦めないといけないんだって‥‥
だからね、せめて盛大にって‥‥そう思うんだ‥
でも‥強要はできないな‥他を当たるよ」
きっと何か‥理由があるんだ。
それはきっと、これまでに聞いたセキマツの噂に関係する事で
もしかすると彼はもう、どうしようも無い状況を超えた後なのかもしれない。
このデタラメな要求が最後の最後に彼が絞り出した懇願だとするならば‥‥
「待てセキマツ。他に当てがあるのか?」
「他に‥津水とか‥白竹とか‥‥かな」
「馬鹿言うな‥‥義理のカケラもない奴らに渡せば着服されておしまいだぞ?」
「‥‥」
「わかったよ。私が承ろう」
「ごめんね」
「謝るな。どうせ理由も言えないんだろう?」
「‥‥ごめん、どう説明していいかわからなくて‥うまく言える自信がない」
余程、ツラい目にあったのだろうか、酷く疲れて見えるセキマツの顔、
しかしなぜか憑き物が落ちたようにスッキリとした印象も受けた。
この日を最後に、私はこの先の人生で、もうセキマツと会う事はなかった。
それからしばらくして彼の母親はこの世を去った。
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〜以上回想終わり〜
「どうかしたか?」
「‥いや、このフキノトウの天ぷら。すごく美味しいね」
「そうか?俺はあまり好きじゃないな」
「ふふ‥そう言えば君は口が子供だったね?」
「またその話か‥ハンバーグにケチャップつけたのが
そんなにおかしいのか?ケチャップを子供の味だと決めつける
その考え方が幼稚だと思うね。俺は」
「ごめんごめん。拗ねないでよ
何か飲み物を頼もうか‥‥もし、すいません
熱いお茶をいただけますか?」
「あ、こっちはアイスコーヒーで。ミルクとシロップは二つで」
「‥‥‥‥」
「なんだよ」
「何も言ってないじゃないか」
私の意地悪に口を尖らせた沢添だが、
彼好みのアイスコーヒを一飲みすれば
余程口に合うのか直ぐに機嫌が直る。
「あっ‥そう言えばお前が好きそうな話があるぞ」
「聞こうか」
「渋川海岸の神社あるだろ?なんか剽軽者と雪の妖精が駆け落ちしてなんたらとか‥」
随分と面白い勘違いをしているが‥‥あえて正すまい。
「あそこの神社に空き巣が入ったらしい
学校の連絡網によると、中で祀っていた何かが盗まれたそうだ
なんでも神主すら詳しくわからないくらい古い物らしくて
盗まれはしたが、何を盗まれたか分からないとさ」
「‥‥‥」
「なぁ、お前なら何が入っていたが知っているんじゃないか?」
「なぁ。そろそろ、その「お前」って言うのやめないか?」
「ん?‥そうか?なら深澤って呼ぶか?」
「‥‥君は、昔から分かりやすくシラを切るが
ワザとやっているのか?」
「冗談だよ。白葉」
「うん」
「それで?どうなんだ?」
「そうだな‥‥何が入っていたかは、知らないね」
「なんか含みのある言い方だな」
「もう忘れた事だからね」
「んん?」
「さ、もう行こう。そろそろ帰らないと午後の稽古に間に合わなくなる」
「わかったよ」
店を出て、陽気を浴びれば
後ろ髪とうなじの間を冷えた風が抜け
この季節特有の初々しい雰囲気が
胸へ僅かに残る淀みを払ってくれた気がした。