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WSS/短編 増長生物  作者: たかしモドキ
「軽自動車のドアミラーを滅ぼしたい」
4/9

4話「雪女」

薄暗い物置に、大量に重ねられた紙の束。


これを手にしてから一ヶ月あまり、意識しない様にしてきたが

全てが終わった今、ようやく受け入れる事が叶いそうだ。


彼に告げるか否か、悩みに悩んだが、結局は胸の中に秘め

純粋な好意として受け取る事にした。


願わくば、どうかこれが犠牲なくして得られたものであります様に。



〜以下回想-(約二ヶ月前、深澤西洋剣術道場、母家にて)〜


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「では、お兄さんは、まだ家に帰ってきてないのだな?」


電話の向こうから、心配そうな声が聞こえる。


私は、内容の聞き取りよりも、この不安そうな声を緩和させる事に集中し

出来るだけ安心できる言葉で返事を返した。


結局、最後には「大人に任せなさい」と言った内容に着地させる他ないのだが

それでもその過程でかける言葉は意味があるはずだ。


電話を終えてから、しばし物思いに耽る。


電話の相手は、私が運営している西洋剣術道場の門下生の1人で、

齢10才にして、非常に恵まれた才能を見せている。


このまま、鍛錬への情熱を失わなければ

ゆくゆくは、この道場の師範代にまでなれる逸材だ。


この度、その彼の兄が、行方不明になったらしい。


十中八九、家出の類だろうが、最近物騒な事件があったばかりで

皆、敏感になっている様だ。


件の兄も、この道場で面倒を見ていたが

身体能力も、精神面も特筆する部分が無く年相応で、

あの弟に対して張り合いがなく、数ヶ月でやめてしまった。


思えば、剽軽な性格をしていたが、

自信の無い立ち回りと、粘りのない意志から

彼自身の精神に受動的な面を見る事ができた。


残酷な言い方だが、地頭も良くて能動的であり

飲み込みも早く応用も器用にこなす弟と比べて、

あの兄は明らかに劣っていた。


おそらくそれは、剣術に限った事じゃないのだろう。


それに、あの兄弟の家は、同年代の子供の家庭と比べ

少々厳しすぎる傾向がある。


なまじ、他の家の状況を知ってる分、その厳しさに不条理を感じている事だろう。


家庭外で感じる弟に対する劣等感と、

家庭内で受ける不自由な制約、

心が疲弊するのは目に見えている。


ただ少し意外なのは、あの受動的な兄が

家出などと言う大胆な反逆を実行できた事だ。


こんな事を言うと不謹慎かもしれないが

彼の事を少し見直した。


〜以下回想-(約一月前、深澤西洋剣術道場にて)〜


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


午後5時過ぎ、平日のこの時間になると

会社帰りの門下生が一斉に集まり、道場が一番盛り上がる。



「バックラーが下がっている!防御に集中しすぎだ!

 常に相手の死角に得物を隠す様に立ちわまれ!」



「なんだその突きは!!何度言ったらわかるんだ!

 突きは剣より先に足を出せ!そんな体制で

 突きをパリングされたら回避できず致命傷だぞ!!」



「そこの君、ポンメルの比重が合っていないんじゃないか?

 斬撃に重さが欲しいのはわかるが、無理に軽くすると手首を痛めるぞ?」



私はいつもの様に、数名の師範代と共に

門下生の指導を行なっていた。


その時だ、いつも、道場に現れない事務員の滝本さんが

私に近づき、門下生の掛け声に負けない様、大きな声で言う。


「白葉さん!お客様がいらしていますよ!!」


「私に?わかりました、すぐ行きます」


不思議に思う。


知り合いの多くは、この時間、私が忙しくしている事を理解しているので

余程の用事でも無い限り尋ねては来ない。


身嗜みを最低限整えてから、道場入り口へ向かうと

そこには、見慣れない男が立っていた。


「あ‥よ‥よぉ〜久しぶり」


いきなり現れた来訪者は、使い込まれた作業着の膨よかな男で、

私は、彼が何者かわからず首を傾げたが、表情と声で合致する人物を思い出した。


「セキマツか。また懐かしい奴が来たものだ。いきなりどうしたんだ?」


「いや‥その、違ったら悪いんだけど‥‥聞いても良いかな?」


「なんだ?勿体ぶって」


「いやぁ〜キシザワさ‥‥この辺の伝承に詳しかっただろ?」


「プフっ!キシザワって‥何年前のあだ名を使うんだ君は」


「あ‥‥キシザワも嫌だった?それならやめるよ」


「あ、いや。嫌と言う事はないさ、笑ってしまったが私だって

 君のことをセキマツと呼んだろ?同級生は何歳になってもこんなものだよ」


「そっか‥それなら良かった」


「それで?伝承がなんだって?」


「あ‥‥いやさ、前から神話とか、この辺の伝承とか好きだっただろ?

 そう言うの聞きたいなーって思ってさ」


「ほう。また唐突だな。良いだろう。興味があるのなら教えようじゃないか

 ご察しの通り、そう言う類の話には強いぞ、私は。

 特に面白いもので、この土地には雪国でも無いのに雪女の伝承があるのだ

 室町時代にさかのぼるのだが‥」


私が気持ちよく伝承トークに花を咲かせようと言う時、

師範代の1人が、私を呼び戻しに来ので、話を中断し

セキマツとまたの機会を設ける約束をした。


正直、私は嬉しかった。


セキマツのお母様が難病を患っている事や

彼自身があまり良い環境にいない事を風の噂で知っていた私は、

どう言う目的があるか知れないにしろ

何かに興味を持ち、行動している事にポジティブな印象を得たのだ。



その一助として、私の趣味が生かせるのなら、これ以上ない本望だ。



数日後の約束の日。


私は資料の用意をして母屋の縁側で

彼が来るのを今か今かと待っていたが、

自転車に乗って登場した彼を見て、少し困惑した。


てっきり私は1人で来るものと思っていたからだ。


「お‥おはようキシザワ、ちょっとね‥あの

 親戚の子供を預かっててね!‥‥その‥良いかな?」


彼の自転車の荷台には、この辺りでは見かけた事のない

信じられないほど美しい少女が乗っていた。

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