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WSS/短編 増長生物  作者: たかしモドキ
「軽自動車のドアミラーを滅ぼしたい」
3/9

3話「真相を知る事は永遠にない」

〜以下回想-(約三時間前、市営葬儀場「天命送迎館」にて)〜


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


受付で定型文のお悔やみを告げてから、懐から袱紗(ふくさ)を取り出した時

喪服の裏地が縺れている事に気付いてしまった。


帰りにクーニング屋に寄って修繕を依頼するとして

確か、車の日除けに割引券を挟んでおいたのが残ってるだろうか

などと考えながら香典を受付に渡す。


「ありがとうございます。霊前に供えさせて頂きます。」


上手に整えられた、憂いの表情で香典を受け取った

若い受付の男は、明らかに葬儀場の人間だった。


葬式の会場を聞いた時から、違和感はあったのだが

やはりどうにも腑に落ちない。


この町の葬儀は、市役所から葬具の貸し出しがある事で、

その殆どが家屋で行われ、大人数の集まる議員や、

大手企業の重役でもなければ、この様に葬儀場を借りる事も少ない。


それに、今まで多くの葬儀を見てきた経験則からして

嫌味なほど高級な葬具、式場の規模といい

無名の民間人を追悼するには、式自体の雰囲気が大げさすぎる。


式場の中に入り、この謎は更に深まる。


「お前‥‥何やってんだ?」


異常な量の胡蝶蘭に囲まれた女性の遺影、

その祭壇端、本来ならば遺族が立ち参列者の対応をする席に

立っていたのは、キシザワだった。


「お忙しい所、お越しい頂きありがとうございます。

 生前は、たいへんお世話になりました。

 よろしければ、最後の姿を見てやってくださりませんか?」


「ぁあ‥‥はい」


キシザワは、式場での立場に徹しながらも

遠回しに俺を人目につかない所に連れて行く。


「さて、色々聞きたい事があるんだが?

 お前まさか‥‥同情でセキマツと一緒になったんじゃ!?」


「まぁ、落ち着いてくれ。

 君の疑問も最もだが、今は大きな声を出すな」


「‥‥そうだな‥で?この状況はどういう事なんだ?

 故人と面識のない俺をわざわざ呼んだのはお前だろう?」


「いや。呼んだのは私ではなくセキマツだ。

 彼からどうしてもお前にも参列してほしいと言付けを受けてな」


「セキマツが俺を?なんで‥‥いや、それよりも

 なんでお前が遺族側に居るんだよ?」


「私がここに居るのは、葬儀の全てを託されたからだ。

 決して君の思う様な事情は無いよ」


「‥‥はぁ?母親の葬式を他人に任せる奴が居るか?

 しかもこんな身の丈に合わないけったいな葬式まで開いて‥‥

 それに、なんでお前なんだ?」


「待ってくれ。そう質問責めにするな。

 全てセキマツの希望通りなんだ

 それに、この葬式に関わる費用は本人からすでに貰っている」


「費用を本人からって‥有志じゃなくてセキマツが自分で費用を持ったのか?

 おいおい‥馬鹿な言うなよ。こんな規模の葬式‥いくら掛かると‥‥

 いや、もういい。本人から聞く。あいつは今どこにいるんだ?」


「わからない。少なくともここには居ない」


「こ‥こんな式まで開いておいて、本人が居ない!?

 自分の母親の葬式だぞ?」


「‥‥‥」


「キシザワ、お前変だと思わないのか?」


「仕方がないだろう。成り行きとはいえ了承してしまったんだ

 実態がどうだろうと、私は最後まで式を続けるつもりだよ」


「‥‥俺は、あいつの家に行く。お前も後で来い。」


「行っても、きっと彼は居ないぞ」


「それでも何か分かるかもしれないだろう!」


そう言って俺は式場を後にした‥‥

思えば、生まれて初めて捨て台詞というものを吐いた気がする。


セキマツの家へ向かう車の中で、俺は何故こんなにも躍起になっているのか

自問自答をしてみたが、どう考えても「罪悪感」という答えに行き着いた。


平凡で変化のなかったあいつの人生を狂わしたのは

自分の軽率な行動のせいかもしれない。


そう思うと、それを否定する証拠を得たくて仕方がないのだ

あいつが自分の無思慮が原因で勝手に堕落したのだと、

そう、俺の心が納得できるそういう証拠が欲しかった。


なんでもいい。

どんなくだらないものでも良い。


どうか、お前が「ろくでなし」だという証拠をくれ。



セキマツの家に着いてすぐ、玄関を破壊する勢いでドアノブを握ると

扉には鍵が掛かっていなかった。


おそらく20年以上ぶりに入ったセキマツの家は、

想像よりも手入れが行き届いており

甲斐甲斐しい何者かの気配を感じさせる。


「一応‥靴は脱ぐか」


玄関を入って直ぐに、記憶の中からセキマツの部屋を思い出そうと試みると、

各々の家庭特有の匂いと、思い出のある佇まいに様々な思い出が蘇ってくる。


脳裏に浮かぶ幼いセキマツは、

嬉しそうに戦闘機のプラモデルを持ってはしゃいでいた。


セキマツは、昔から手先が器用で

よく一緒にプラモデルを作った。


思い出せば、あの頃一番遊んでいたのはセキマツで

俺は親友だと、そう思っていたはずだ。



「どうしてこうなったんだろうか」



当時の記憶を頼りに、セキマツの部屋の前に行きついた俺は、

様々な思いを抱いたまま、意を決して襖を開いた。


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〜以上回想終わり〜


あれから数日が経ち、また俺はキシザワの道場に顔を出していた。


「葬儀関連の手続きはもう落ち着いたのか?」


「ああ。もう全て綺麗に収まったよ」


「ふーん。ここだけの話、あの葬式、幾らくらい掛かったんだ?」


「これはまた教職者らしからぬ不躾な質問が出たものだ」


「勘弁してくれ。生徒がいなけりゃただのおっさんだよ」


「それはまた意識の低い‥‥諸々全て合わせて一千万くらいか」


「そうか‥」


「すんなり受け止めるんだね

 私はてっきり大騒ぎすると思ったのだが」


「いや‥‥ちょっと疲れてるんだと思う」


あれから程なくして、人員不足が理由で

俺は学年主任を再び任される事になり

あの一件で狂ったものは矯正されつつある。


俺だけが、平穏な日常に戻ろうとしていた。


「それで?結局のところお前はどう思ってるんだ?」


「セキマツの行方(ゆくえ)のことかな?」


「まぁ‥‥そうなるかな」


「あまりに救いのない事だが‥おそらく君と同じ考えさ」



セキマツは、多分、もうこの世に居ない。



その証拠になるような、確固たる証拠は、

遂に探し出せなかったが。


人生に疲弊した男。

水商売の女。

亡くなった母親。

出所のわからない大金とその行方。


このキーワードから推測できるストーリーなど

あまり多くはない。


何者かによるものなのか

自ら行ったものなのか

どちらかはわからないが

セキマツの死は想像に容易かった。


よしんば、生きていたとしても

きっと目も当てられないような状況に違いない。


「なぁ。今度どこかに出かけないか?」


「また、唐突だね。君は」


「ほら、覚えてるか?初デートで行った森上サーカス。

 あれが、今ちょうどやってるらしい」


「覚えているさ。あの時もすごく唐突に誘われたからね。

 ‥‥ん、いや‥でも森上サーカスは来ていないと思うよ?

 自治体に何の連絡も来てないし」


「そうなのか?まぁ、場所はどこでもいいさ」


「ふーん。まぁ考えておくよ」


「そうだな」


「‥‥君、何かさっぱりしたね?」


「‥‥そうだな。今回の件で、いろいろ気付かされたんだ」


「聞かせてくれる?」


「いや‥‥人に話せるほど言葉にできてないというか

 感覚的すぎて説明できないというか‥‥

 でも‥そうだな‥‥自分がどうしようもなくクズだった事を思い出したんだ」


「思い出した?」


「うん‥‥自分の中に矯正できないクズな部分がある事を知っていたはずなのに

 いつしか、それを都合のいい言葉で甘やかして、真っ当な人間であると思い込ませていた

 かてて加えて、たちの悪い自信で他人を見下していたんだから救いようがない。

 その驕りが‥‥もしかすると‥‥セキマツを‥」


俺の言葉を遮るように、そっとキシザワが肩を叩いた。


「全部は言わなくてもいいさ。私にだって思いたる節がある

 君の言う驕りが、言葉なのか行為なのかわからないが

 そこに悪意が無いのなら気にする必要はないと思うよ」


「‥‥ありがとう。昔話みたいに、改心して綺麗に終われるとは思えないが

 今回思い出したこの気持ちは大切にしたいと思ってる」


「君の言うどうしたって変われない「クズ」に該当する人間が、この世界には溢れている。

 でもそれは自体は決して罪じゃない。自分をクズだとわかっているのなら

 きっと自己嫌悪で自分自身を裁いているはずだからね」


「そう‥それも思い出したよ。

 まだ自分を嫌悪できる。今はそれが救いのように感じてるんだ」



自分本位で身勝手な懺悔の後、俺たちは今回の件を忘れる事にした。

お互い中途半端に関わったが、きっともう考えても仕方がない事だからだ。


俺たちが真相を知る事は永遠にない。


帰りの車、信号待ちで停車した場所から

あの日、セキマツと別れた街灯の道が見える。


同時に思い出すのは、くたびれた顔で安酒を煽るセキマツでは無く

無邪気な顔で戦闘機を拵え、その出来栄えを嬉しそうに語るセキマツだ。



なぁセキマツ。


俺が渡したのはお前の人生へのトドメだったのか?

それとも、最後の幸福だったのか?


なぁ‥セキマツ。


今はお前と無性に話がしたいよ

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