9.聖剣以外の何者でもありません
「お、お、お、落ちつてミリーナ様っ!」
「殴らせて、せめてもう一発っ! 後生だからぁぁ」
私を羽交い絞めで止めるエリーゼを引き摺りながら、ズンズンとジンに向かって歩みを進める。
こんなに感情を引き出されたのは久しぶりだ。
私の中の冷静な部分が警鐘を鳴らしているのに、止まれる気がしない。
「ひぃぃぃ」
情けない声を上げ逃げ出すジン。
逃がしてなるものかと、エリーゼを振り払おうとするが気合いを入れたエリーゼは離れない。
「聞いてエリーゼ、私は冷静よ。だから離してね」
「嘘です。ミリーナ様まず鏡をご覧下さい。怖いです。めっちゃ顔怖いです」
そんな酷い顔してるのか。
だが、あの人畜有害破廉恥男に天誅を下さずに見逃すなんてあってはならない。
そうこれは全ての巨乳を護る為の聖戦である。
私は今こそジャンヌ・ダルクの生まれ変わりとなり、全ての巨乳を開放する。
無血開城は出来ないし、しないのだけど。
離さないならしようがない。
私は全身の力を抜き、振り返るとニッコリとエリーゼに笑顔を見せる。
「ミリーナ様…」
エリーゼは少し安堵な表情を浮かべるがその手から力は抜けていない。
そこで額にキスをした。
「ふにゃあぁ〜」
たったこれだけの事でエリーゼは蕩け悶え出した。
ふはは、私大好きっ娘め。
チョロいぞ、後でもっと可愛がってやろう。
でも今は、
「何処いったぁ〜。成敗してやる出てこい」
既にジンの姿はなく逃げたようだった。
だが、私には分かる。
アイツは気配を殺し何処かに身を潜めている。
「そ〜こ〜かぁ〜」
屋敷玄関の柱に不自然に立て掛けられた風切り、そこにジンの気配を感じる。
思い出してみれば、アイツは風切りに宿る風の精霊と言っていた。
固有名詞はないとか言っていたが、私に都合悪いかも知れないので忘れる事にする。
何より今はジンをシバいてやりたいのだ。
私の義妹に手を出したあの不届き者に。
「おら、出てこいや!」
ゲシゲシと風切りを踏み付けてやった。
向こうでエリーゼが「ああ、私のミリーナ様が」などと宣っているが、アンタのじゃないからね。
一方、風切りは何かビビって、ダラダラ汗を流しているようなイメージが浮かんできた。
「いい加減覚悟決めんと叩き折るぞ、ゴラァ!」
「ヒッ! 何かスンマセン。何したか分からんけどマジスンマセン」
流石にやり過ごすのは無理と風切りは変身して、ジャパニーズ土下座スタイルを取った。
「アアっ! 謝れば済むと思ってんの? 謝って済むなら警察も裁判所も弁護士もいらないのよっ!」
「じゃあ、謝りません。許して下さい」
「誠意がないっ!」
理不尽な…と、エリーゼがボソリと呟く。
そこ五月蝿い。
「じゃあどうすればいいんですかぁ」
と、泣きそうな顔でジンは懇願してくる。
私とジンは大抵対等な付き合いをしてきたから、こういうのも新鮮で中々嗜虐心をそそられる? んっ、そこでとある事に気づいた。
このジン若い、このミリーナの身体もそうだが今のジンは二十歳未満のようだ。
………
……………
……………………あれ? これもしかしてやっちゃった?
「ちょっと聞くけど貴方ジンよね?」
「はい、風の精霊ですが」
「私の知っているジン?」
「まあ、一応それなりの名を持ってる精霊ですので知っているかと」
んん? 完全に何処かズレてる。
これ聞くの嫌なんだけど。
「私の元旦那様?」
「うなっ!」
奇声を上げたエリーゼは取り敢えず無視。
「けけけ、結婚されてたんですか? ミリーナ様聞いてませんよ」
あー本気で五月蝿い。
「あっちでね。後で話してあげるからちょっと黙ってて」
「はひ……」
「で、どうなの?」
「当方、何分精霊なモノで婚姻という概念は……」
「つまり?」
「した事ないっすね」
うわぁぁぁ、やっちまったよぉ……。
私は頭を下げるジンに近づき、その肩に手を置き立たせると、ニッコリ微笑んで……。
ジャンピング土下座を披露した。
ここからが真のジャパニーズ土下座じゃ、見晒せぇ。
頭を地面に擦りつけ、
「ごめんなさい、私の勘違いでしたぁーーーっ!」
ジンとエリーゼの顔は見るまでもなかった。
「ったくよぉ〜、とんだ災難だぜ」
出された干し肉をクチャクチャ噛みながら、ジンはブツブツ呟いている。
もう一時間以上ずっとこんな感じだ。
うふふ、聖剣にして精霊が干し肉をクチャクチャって、なんかシュールな絵だなぁ〜。
いい加減しつこいなコイツ……と、内心考えていても顔には出さず、現実逃避をする事で時が経つのを待つ私。
顔面パンチ喰らわせて、散々足蹴にしたのだから我慢せざるを得ないのが辛い。
こんな時、頼りになるのが大森林のエース級エルフ、我らが希望の星エリーゼさん。
さあ、バシッと言ってやって。
「お前な! もう我慢ならんから言わせて貰うぞ」
きゃ〜エリーゼさん、素敵ぃ〜抱いて。
「新しい物から食うな。ほら、こっちからにしろ」
ちがーうっ! 干し肉って保存食だよ……1日、2日の違いなんて誤差だよ。
使えねえなこの貧乳エルフ。
「だかな、本当に言いたい事は別にある」
ゴメン、やっぱ出来る人だよ貴女は。
「精霊なら食事は必要ないのではないか? 食材を無駄にするなら没収するぞ」
ガクッ!? そんなお約束なボケいらないんですけど、今度から残念エルフって呼んでやる。
と、決めようとしたのだが、その必要は無さそうな展開が来た。
「否、そんな事ないぞ。こうして起きてるのもエネルギー使うからな」
「ほう、初耳だな」
「精霊のままなら、その辺の魔素を取り込めばいいが俺は物質化してるからな。本来なら主から魔力を分けて貰うのだが」
こちらをチラと見るジン。
滅茶苦茶ヤラれた恨みが少し和らいできたみたいなので、私も質問をしてみる事にした。
「私の魔力に何か問題があるの?」
「いや、良質で巨大な魔力持ちだよアンタは……けどな、その強い魔力の所為か人間ってイメージが流れ込んで来てな。食う、寝るといった基本行動が必要になっちまったみたいだ。この姿もアンタが最も強いイメージを持つ人間って事だろうな」
「待って、という事はもしかして」
ジンの頬をツネってみると、
「イテテ、何すんだイキナリっ!」
「アンタ、ある意味退化したんじゃない?」
人と同じという事は、触覚……今回は痛覚か。
痛覚や味覚といったモノも同じではないかと思って試したが、やはりだったようだ。
五感は人として無くてはならないものだが、元々必要のない存在が持ったとすればそれは退化でしかない。
「そんな事ないと思うぞ。確かに痛みは厄介だ。まだ鼻痛えし。けどな、こうして物食うと旨いって感じるのは中々に新鮮で良い。これが退化とは言えねえよ。まあ、差引き0ってトコだな」
「ふーん、そっか。じゃあ今夜の夕食は私が振る舞うとしますか。お詫びも兼ねて」
「えっ! ミリーナ様の料理ですか」
満面の笑みでエリーゼは破顔した。
「何だ、そんなに旨いのか?」
「プロもびっくりよ」
「へぇ、そりぁ楽しみ……おい、キタみたいだぞ」
「来たって何が?」
ここに来るのは、見回りの私兵と冒険者くらいなものだが。
ジンの様子から察するに……。
「犬コロ10匹ってトコだな。様子見だろうが素直に帰すと厄介な事になるぜ」
「そう、エリーゼ」
「はい、いつでも」
「ジン」
ジンは答えない。
既に聖剣にその姿を変えていたからだ。
「一応初陣ね。さっさと片付けて食事にするわよ」
「私はんばーぐが食べたいです」
「半分倒せたら考えてあげる」
「ヤル気出てきました」
さて、この1ヶ月でどのくらい勘が取り戻せてるのか試させて貰うわよ。
私はエリーゼを引き連れ、北の森へ歩き出した。