8.貧乳エルフ、ミリーナ様が強過ぎると悩む
point of view∶エリーゼ
辺境伯様__ミリーナ様を舐めてるクソ貴族なんて敬意に値しないし、もう辺境伯で良いか。
何でもあんなのが貴族なんてやってられるのか分かんないわ。
もし私が人族であったらと思うとゾッとする。
あんな男を尊重し敬う? ムリダナー。
あ、話が逸れた。
あの辺境伯から金をせしめてから1ヶ月経ち、私達は拠点を手に入れて今はそこに住んでいる。
街の北に位置する土地に中古の屋敷があったのでそこを買取った。
ここなら何か異変が起こった時にいち早く動けるからと、ミリーナ様が仰ったからなのだが……色々な問題が出始めていた。
「エリーゼ、また模擬戦お願い出来る?」
「えぇ、またですか……」
ゲンナリと私は拒否したい気持ちをぐっと抑え頷く。
このたった1ヶ月でミリーナ様の剣の腕は、私に並んでしまったのだ。
聖剣を使わず木剣を使ってなのに、一瞬でも気を抜けばミリーナ様の動きについていけず、まともに剣戟を食らう。
先日も脇腹に一撃貰い肋骨を持ってかれた。
因みに、肋骨は回復魔法で治してはあるけど、また必要になるかと考えると流石にね。
ミリーナ様は良いと言うものの、私はミリーナ様に攻撃を当てる事は出来ない為、そこはハンデになっているのだが……そのハンデを差し引いても私的に相当ヤバい状況なのだ。
ミリーナ様はシャデンの巫女様、魔法のスペシャリストなのだ。
今は記憶を無くしているから、魔法は失っているが記憶を取り戻したら末恐ろしい。
剣も魔法も超級って本当に勇者様になってしまうんじゃないかな。
そうなったら私の存在価値はない。
一応、剣も魔法も使える私だが、そうなったら完全に劣化ミリーナ様だ。
友達として見て貰えなくなったら、私、立ち直る自信がないです。
しかし、本当に才能の差だけなのだろうか?
幾らなんでもミリーナ様の成長は早すぎる。
剣は魔法と違い才能があっても一気開花する物ではない、と師匠は言った。
私もそうだと思ってきた。
だがどうだ、今のミリーナ様は私が20年掛けてきた時間を軽々と超えてしまっている。
才能と言う他、説明しようがないのだが……どうにも腑に落ちない。
「エリーゼ、ぼぉーっとしないで、行くわよ」
「は、はい」
無駄に広い庭をミリーナ様は利用する事なく、一直線に私に向かってくる。
スピードは並、パワーはギリギリ剣に振り回されない程度。
それなのに剣は私の防御をすり抜け、またも私の脇腹に入った。
「ぐふっ!」
先日と違い攻撃が入る事を予想していたお陰で、肋骨を持っていかれるような事にはなってないが……めっちゃ痛い。
「エリーゼ集中出来てないわね。どうしたの?」
いえ、めっちゃ集中してましたがな。
だからこの程度で済んでいるんです。
「集中してない訳じゃないです。ミリーナ様の剣筋を見極めようとしたんですが……動きは完璧に見えてるのに、受ける事が出来ない。もう絶賛大混乱中です」
「ああ、それか、貴女、防御態勢作るの早すぎるのよ。動きが読み易いからポイントずらして当たる瞬間にちょっとスピード上げてやれば、もう簡単に当たるわよ」
「へっ?」
何でよぉー、それ達人並の技術です。
1ヶ月で覚えちゃダメです。
全剣士を敵に回しますよ。
「って、言っても貴女基本回避するでしょ? 受けようなんてしなければ私じゃまだまだ届かないわよ」
「そりゃあ、身体能力ならまだ私の方に部があるかもしれませんが、才能の差を感じてしまいますよ」
「才能? 変わらないわよ、私と貴女」
慰めなんていらないですぅ〜。
「あ、信じてないわね。本物の天才ってもっと凄いのよ。私も貴女もアイツに比べれば凡才よ」
「アイツって誰ですか? 故国の人ですか? 記憶ないのにそんなはずないですよねぇ」
「やけに今日は突っかかるわね」
そりゃ嫉妬でメラメラキテマスから。
私は20年剣を振ってきたんですよ。
なのにあっという間に並ばれて、その上同情されたらスネもします。
「うーん、貴女勘違いしてるっぽいわね。つか、話してないから当然か……。ねえエリーゼ」
「はい?」
「貴女、私の事信用してくれる?」
「当たり前じゃないですか」
記憶無くしてもミリーナ様がミリーナ様である事は変わらない。
恩義がある。
そして何より貴女は私の憧れだ。
恥ずかしいから口には絶対しないけど…。
「私も貴女を信用してる。そりゃあたった1ヶ月しか記憶はないけど親友だと思ってる。だから話すわね」
「はあ」
「実は私の記憶無いって言うの半分嘘なの」
「はあ?」
何を言ってるんですか? たった今、1ヶ月間しか記憶が無いって……そう言おうとしたが、喉から上に声が上がって来ない。
出てくるのカッ、カッと掠れた息だけ。
凄く嫌な予感がする。
これは聞いてはいけないのじゃないだろうか?
だが、そんな思いをミリーナ様は気づかず言葉を繋げた。
「私の記憶がないのは本当よ。けど、私が私になる前の記憶はあるの。それはここでは無い世界での記憶」
ちょっと待ってよ。
それって__。
言わないで、もういいから聞きたくない。
「その世界で私は剣を振るっていた20年以上……だから、私の剣はその恩恵。才能に関しては無くはないって所よ」
「もう止めてっ!」
私は叫んでいた。
この人は今発した言葉の意味を分かっていない。
これが冗談ならどんなに良かったか。
「エリーゼ?」
「ミリーナ様、貴女はミリーナ様なんですか?」
「えっ!」
外見は間違いなくミリーナ様だ。けど、中身は? 中に居る魂がミリーナ様である保証は何処にもない。
その事にやっと気づいたようだった。
記憶が戻れば全てははっきりするだろう。
しかし、いつまでも記憶が戻らない場合、私はこの人の敵になるかもしれない。
もしこの人がミリーナ様の身体を乗っ取ったというなら、私は絶対に許さない。
「あ、あぁ……」
ミリーナ様の姿をした女性は、両肩を抑えガタガタと震え出す。
そうだ私は知っている。
この人は善人なのだと。
そうだ私は知っている。
優しいこの人がこんな状況を望むはずがないと。
そして、何より私はこの女性がミリーナ様である事を望んでいる。
ミリーナ様の存在無くなるなんてあってはならないと思う気持ちと同等に、私はこの女性が好きなのだから。
「分からない…私は…」
「お前はミリーナだぞ。それは俺が保証する」
突然現れ、そう言ったのは私が知らない男だった。
この辺では見かけない風貌だが、耳長族にも劣らない整った顔立ちに黒髪がこれ以上ないほどにマッチしている。
「ジン? なんでアンタが……」
「おうジンだ。風切りに宿る風の精霊だ。固有名詞はないからジンと呼んでくれていいぞ」
「は? 何言って…」
ミリーナ様はもう何がなんだか分からないと動揺している。
しかし、今は気遣う余裕は私にもなかった。
「アナタ今の言葉本当なの?」
「お? あぁソイツがミリーナって事か? 本当だぞ、俺を起こしたのはソイツだ。俺達精霊は魂で人を判断する。そこに間違いはない」
はぁ〜良かった。
突然現れた見知らぬ男の言葉に私は安堵の吐息を漏らす。
精霊は嘘をつかないと言われている。
この男が本当に精霊ならきっと真実だ。
本来なら怪しさ爆発で信じなかっだだろう私が、今は素直に受け取れた。
信用したかったからだろうか? それとも美丈夫だからなのか? そこは分からないが。
「ミリーナ様、申し訳ありませんでし…た。ミリーナ様?」
「な、な、な……」
自分の身を保証した男にミリーナ様は、先程までとは違う震え方をしていた。そして、
「なんで己がここにいるんじゃいっ!」
「ふぼっ!」
ミリーナ様の一撃が炸裂し、後ろにぶっ飛ぶ男。
何で? 精霊、味方じゃないの? 貴女の聖剣でしょう。
もう私の理解が追いつかない。
なんて日だっ!