7.貧乳エルフ困惑する
point of view∶エリーゼ
一体、この人に何が起こったのだろう?
私が知るこの女性は17歳の大人の割に貞淑であった。
間違っても自分にある2つの凶器を人前で晒すような真似はしない慎み深い女性だ。
それなのに今はぶるんぶるんと……。
く、悔しくなんてないんだからねっ!
私は魔術もそこそこ使えるが、基本剣士だ。
あんなもんあったら邪魔で動けなくなるじゃない。
それにあの無駄なお肉の所為で、体重だって増える…はず。
巨乳は刹那な虚乳だ。
いつかは垂れる。
その時が来ればどっちが勝者か分かりますからね。
もし幼馴染のシルベールや妹のルモンドがこんな胸に育ったのなら、垂れるまで待つなんて事はせず速攻でもぎ取るのだが、このミリーナ・ガット・キャッスル様だけはどんな事があっても傷つけられない。
傷つける者がいたら絶対に許さない。
私にはミリーナ様に一生ついていくだけの大恩があるのだから。
私がこの人に出会ったのは一年前。
耳長族の王国である『ユーフォリア』は、百体の大鬼に襲われた。
耳長族は人類の中では少数な部族ではあるが、ユーフォリアには万の民がいて、自分達には人間では滅多に到達出来ないレベルの魔導士がその大半を占めている。
大鬼の百体ぐらい物の数にならず殲滅出来る。
それが上層部の判断であり、私もその判断を疑わなかった。
しかし、大鬼達が勝てるはずのない戦闘に打って出た意味を考えなかったのは、怠慢だったと言わざるを得ない。
大鬼が行軍してきた理由、それは3体の魔族に唆されたからだったのだ。
魔族はたった3体で、ユーフォリアがある大森林を魔力封じの結界で覆った。
魔力を封じられた耳長族は、大森林最強から陥落し非力な武装集団に成り下がってしまった。
私の様に剣を使う変わり者もいたが、剣士として私がNo.2だった時点でその実力は察する事が出来るだろう。
耳長族の放つ弓は何千、何万と放とうとも大鬼にダメージを与えられず、じわじわと進軍を許してしまう。
もう駄目だ_誰もがそう思い諦めかけた時、彼女は現れた。
ミリーナ様は大鬼を前にしても、微笑を浮かべ凜としている。
そして、魔力の封じられている空間で信じられない事をしたのだ。
襲いかかる大鬼の棍棒を掌を翳すだけで受け止めた。
私達が見た事ない異彩を放つ服の下は筋肉の鎧を纏っているのか? そんな事を思わず考えてしまった。
だが、答えは違った。
魔力特化している耳長族ですら完全に魔力を封じられている空間で、ミリーナ様は魔法を行使していたのだ。
「あら、私の風盾で、受け止めるのが精一杯ですか……この結界思ってた以上に影響を受けますね。厄介です」
事も無げにそう言う。
そして、いつの間に取り出した杖を地面に突き刺すと、
「邪魔だから消しちゃいましょう。破邪炎」
杖から発せられた3本の炎柱が上昇し、結界にぶつかると3方に分かれ結界に沿って走る。
次の瞬間、パリンと音を鳴らし結界は霧散した。
「あれれ、逃しましたか。なかなか高位の魔族に目をつけられたみたいですね。でもまあ……」
大鬼さえも身じろぐ冷笑でミリーナ様は歩を進めた。
そこからは一方的とは言えないほど一瞬で100体の大鬼は文字通り塵になった。
「是非御礼をしたい」
族長がそう伝えるとミリーナ様は笑って答える。
「なら、杖を一本頂けますか。あの杖はここに置いて行きますので」
「勿論構いませんが、それだと御礼になりません。あの杖もお持ち帰り下さい」
「あの杖は何処でも手に入れられる安物ですから、ちょっと価値がありそうな杖を貰えるなら嬉しいです。それにあの杖、後1回魔力なくても破邪炎を使えるので、今回のような事があったら使っちゃって下さい」
「え"っ」
300歳を超える族長が愕然としていた。
まあ、それはそうだろう。
魔法は1thから7thまでのランクに分かれていて、破邪炎は5thの高レベル魔法。
それを杖に封じて置くには、魔力容量の多い魔石が必要になる。
例え杖が安物であっても、魔石は高額であり、5thの魔術が込められているとなれば国宝級の価値があるのだから。
「そんな物受け取れませぬ。我々が一生かけても返せません故」
「でも、貴方達には必要な物ですわ。万が一、また魔力を封じられた時に対処法が有りますの?」
「……ございません。しかし」
「しかしは止めましょう。……そうですね。では貴方方の一生を私に下さい。あ、別に支配するとかそんなつもりはないですよ。ただ私が困った時、味方になってくれませんか?」
「それは命を助けられた恩で既に確定しております」
「あらあら、それじゃ足りなくなっちゃいますね。困りました…」
この時、ミリーナ様は本当に困った顔をしていた。
本当にこの人は欲がないのだ。
私はミリーナ様に聖女を見たような気持ちになった……と、同時にこの人の危うさも感じた。
ほっとけば、良からぬ輩に食い潰され兼ねない。
そう思ったら止まれなくなった。
私がこの人を護るのだ、と。
「あ、あの、私をお供にしてくれませんか? こう見えても剣はそこそこ使えます。聖女様が魔導士であるなら剣を使える者は必要なはずです。一生涯貴女に使える事を誓います」
「あ、うーん…」
一気に捲し立てた為に戸惑っているようだった。
断られる__私はそう思い身体を震えさせた。
「ついて来るのは別に構いませんよ。私も楽しいし。でも、訂正一つとお願い一つ良い?」
「ハッ、なんなりと」
「訂正は、私、聖女じゃなくて巫女ね。ここじゃどう呼ばれても構わないんだけど、故郷のシャデンに一緒に行く時があったら結構問題あるからね」
「「シャデンの巫女様っ!」」
族長と私は思わず叫んだ後、大地に額を押し付け伏した。
シャデンはここの後見国。
そして、巫女はシャデンに於いて王と同等な地位にあるのだから、同じ目線で話す事など許されなかった。
「とんだ御無礼を」
「えっ、ううん、そんなに畏まらないで欲しいかな。それに私としては、普通のお客様ぐらいに扱って貰える方が気楽だし」
「流石にそれは……」
「うん、貴方達の立場からするとそうよね。だから、これは私からのお願い、せめて立ち上がってくれないかな? あ、そうするとお願い二つになっちゃうか。困りました……」
何を困る事があるんだろうか、ミリーナ様の立場なら幾つ願いを言っても、それがどんな願いであっても私達は従うのに。
その証拠に、私は立ち上がりミリーナ様の瞳を見て言う。
「そんな事を仰らないで下さいませ。私達は貴女様の願いなら可能な限り叶えてみせます。ですから遠慮なく」
「うん、私より先に死なないで」
何を言ってるのか分からなかった。
主が危機に陥ったのなら、自分の命など投げ出すのが従者の努めだ。
「それは、お約束出来ません。そんな不義理は従者の恥です」
「じゃあ、従者じゃなくお友達になって下さい」
「そんな恐れ多い。それに友達だって……んっ!?」
ミリーナ様は私の唇にそっと人差し指を充て言葉を遮り、
「従者より友達の方がより責任が増しますよ。私は友達を無くす悲しみなんて味わいたくありません。だから貴女も必ず生き残るよういつでも心掛けて下さい」
「はい、御心のままに」
「それじゃあ、宜しくね。ええと……?」
「エリーゼです。エリーゼ・ブルボンと申します」
「はい、エリーゼ。私はシャデンの巫女ミリーナ・ガット・キャッスルよ。あ、でも本当に私についてきていいの? 貴女ここじゃ数少ない剣士なんでしょう?」
ミリーナ様は不安そうな顔をしてくれた。
本当に私が来る事を喜んでくれているから、不安になったのだろう……正直、嬉しい。
「族長」
「ああ、勿論構いませんぞ。これで巫女様に恩が返せるのなら僥倖です。エリーゼ、巫女様を必ずお護りしなさい」
「はい」
こうして私はミリーナ様について旅をしてきた。
その間にミリーナ様とは色んな事を話し、見て理解した……はずなのに、どーしたらこんな事になるの?
私の聖女様を返してよ。