6.貧乳エルフ怒る
ベルカント辺境伯様が持ってきたのは、聖剣『風切り』という刀だった。
聖剣を抜いた時点で所有権は私にあったのだが、ベルカント家に一旦預けたのは記憶を無くす前の私だったそうだ。
風切りは剣士であるなら軽量な部類になるが、魔法主体な戦闘スタイルの者が使うには色々不都合が生じると判断したらしい。
だが、武器としてではなく結界の媒介としてなら可能性があると一先ず辺境伯様に預かってもらったとの事だそうだ。
「この聖剣、エリーゼが使うってどう? 試してみた?」
「試しましたよ。剣を振るう事は出来ましたが、私の細身の剣の方が攻撃力有るんじゃないかと…とても聖剣と呼ばれる剣とは思えませんでした。それに一旦鞘に収めてしまうとミリーナ様以外抜けなくなりますから、実用的ではありませんね」
一応、私が選ばれた者であるのは間違いないらしいが。
何か間違いを認めない頑固な剣って感じがするのは気の所為だろうか? だって魔法職の人間を選らんで剣が振るえないって、猫に小判豚に真珠状態じゃない! って、言っても今の私は魔法の使い方は全く分からず、杖や短杖であっても無用の長物になってしまうのよね。
どちらにしても大して使えないなら、伝説級の武器の方がナンボかマシだろうと鞘から風切りを抜き出してみた。
すると、スルりと鞘から光輝く刃が抜け出る。
「あれ、これ……」
「どうなさいました?」
エリーゼが訝しげな顔をしている私に声を掛ける。
「全く重さを感じないんだけど、本当に私が使えないって判断したの?」
「重さを感じない? そんなはずは……ウソ…」
軽々と風切りを振り回す私を見て絶句するエリーゼ。
元の世界で毎日剣を振っていた私だから分かる。
確かに筋力は今はまだ足りない。
普通の剣ならば身体が流れて振り回される事になるだろう。
でも、この剣なら自分のイメージした剣閃を描く事が出来る。そして、
「コーチ様、そこのオブジェ頂けませんか?」
「構いませんが、生活費なら別に用意致しますよ」
「いいえ、ちょっと試し斬りしたいだけなんで」
「試しってそれは大理石っ!」
辺境伯様が言い切る前に私はオブジェに向かって剣を振るった。
スッと音も無くオブジェに吸い込まれる風切り。
「ふぅ、威力も十分ね」
カチリと鞘に剣を収めると、オブジェは横に真っ二つとなり崩れた。
「「なっ!」」
エリーゼと辺境伯様が驚嘆の吐息を吐いた。
元の世界ではこんな事はとても出来ない。
だが、異世界であろうココなら大した事じゃないのかもって考えもあったが、二人の様子を見る限りそんな事はなかったようだ。
「エリーゼ、この剣を持った私ってどの位の強さかな?」
「正直分かり兼ねますが、故郷ユーフォリアで今の剣技と同等の事を出来る者はおりません。我が師『剣聖』ドアー・マウンテンでもそこまで出来ないと愚考致します」
「そう、ありがとう。でもコレって私の力じゃないのよね。悔しいけどこの風切りが凄いだけよ。剣の腕なら剣聖様の足元にも及んでないかもね。ただこの力があれば魔物も何とかなるかな」
「ミリーナ様っ!」
危険だからヤメろと言いたいのだろうが、流石にそれは承服出来ないなぁ。
忘れてるのか、最初からミリーナと言う別人がいたのか知らないけど、この身体が聖剣を引き抜きベルカントに危険を持ち込んでしまったのだ。
何の力もないのなら素直にゴメンナサイしてる所だが、可能性を手に入れてしまった以上、やれるべき事はやらないとね。
「勇者様、気持ちは有りがたいのですが…貴女を魔物討伐に向かわせる訳にはいきません」
「何故って聞いても宜しいかしら?」
「まず、北の森は無数の魔物・魔獣が存在しております。貴女が如何に強い力を有しているとしても、多勢に無勢では勝つ事は出来ないでしょう。それは私の私兵を同行させたとしても森の中では同じ事です。そして何より、森の主は全てが謎です。分かっているのは魔物を統治している存在が確かにいると言う事だけ、もし物理攻撃が効かない相手なら何も出来ずに無駄死にです」
辺境伯様の言葉は至極当然のモノだった。
「だからこそ貴女の記憶を取り戻す事をまず考えるべきだと」
「そのような方法があるのですか? 貴方は私がここを離れる事を反対してましたよね」
「確かに、このベルカントにはありませぬな。ですが、記憶は一時的な喪失である場合が多いと聞いた事があります。なればこそ、暫くの間はベルカントの防衛に徹して頂きたい。森の中では無力に近い我が私兵もここでなら戦力になる故」
あぁ、なるほどねぇ……。
相手の領域内では圧倒的な力が無ければ蹂躪されて終わる。
辺境伯様の私兵の中には実力者もいるだろうが、絶対数の少なさから森に入ってしまえば無力に等しい。
ならばどうする? 答えは簡単だ、自分の領域で戦えば良い。
魔物の中には圧倒的な力を持つ存在がいるかもしれない。しかし、私を始めとした力有る者がその対処にあたれば、十分に対応出来るだろう。
ただこれは籠城に近い考え方だ。
援軍に関しては敵が来るなら王都からの援軍も期待出来るし、選択として一番良いと思える。
ただし、今現在敵は侵攻してきていないのだ。
恐らく敵が来るから援軍下さいと要請を出した所で、無駄足覚悟で要請に応じるだろうか?
少なくても私なら無視する。
王族であれ、貴族であれ、兵を回すのであれば金が掛かる。
その金は税だ。
裕福な土地だったとしても、行軍すればそこの民を多少圧迫する程度には消費する。
そんな判断をおいそれとするはずがない。
それくらいの判断が出来ないはずもなく、辺境伯様は敵の侵攻が始まった時、援軍が到着するまでの時間稼ぎを私に依頼しているという事なのだろう。
領民を護る立場であるなら至極真っ当な考えだ_私の事を捨て石程度に考えてなければだけどね。
辺境伯様はまず私の記憶を取り戻すべきだと言った。
ならば治せる可能性がある所に送り出すべきだ。
それではこの街の防衛がままならないと言うなら、医者でも神官でも治せる可能性がある者を呼ぶなどすれば良い。
しかし、その提案は一切しない。
それは私の記憶など本当はどうでも良いから、有事の時に私が先頭に立って援軍が来るまで耐えれられれば、後はどうでも良いと考えているからと邪推してしまう。
「辺境伯様、それはこの問題が解決するまで、ミリーナ様の記憶は放置すると言う事ですか?」
「い、いえ、そのような事は」
あったのね……。
この辺境伯様割と人道派かと思っていたが、強かさは流石貴族って所かな。
私の懸念はエリーゼも感じていたらしく、無表情でありながらその怒りを声に乗せているようだった。
で、辺境伯様、心当たりがあったのだろう。
エリーゼの言葉に狼狽え、お付きの彼女に敬語を使っている。
私としては、正直に全部吐露してくれた方が気分良く引き受けられたんだけどね。
こっちには原因となってる引け目もあったし。
「ならば、すぐに神官の手配をっ! さすれば我が主は寛大ゆえ、貴方の望みに答えるでしょう」
「は、はい。ただちに」
辺境伯様はエリーゼの恫喝に屈した。
焦って貴賓室から出て行く様は滑稽に見えて私の溜飲が下がった。
どうにも腹芸は苦手だ。
多少の事は必要だと理解し私も使うが、そればかりの連中にはうんざりする。
「貴女的にこれで良かったの?」
「良い訳ないでしょう。けどミリーナ様折れそうもないし、反対してじゃあやっぱり魔獣倒しに行くなんて言い出されたらたまりません」
ね、こーゆー風に言ってくれる方が楽しい。
「なはは」
「笑ってる場合じゃありませんよ。このベルカントに何年居る事になるのか分からないんです。拠点を用意しないと」
「辺境伯様に用意して貰う?」
「嫌です。あの方、私達を小娘と侮ってますから、今回の事で多少は改めるかもしれませんが根本は変わらないでしょう。と、なると何を仕込むか」
「じゃあ、資金だけ出させて私達で探しますか」
はい。と、エリーゼが良い返事をした。
うん、やっぱりこの貧乳エルフは信用出来る。
多分、二度目であろう心情を私は噛み締めたのだった。