5.勇者様?
「え、エリーゼ殿、それは誠の話なのだな」
高そうな服に身を包んだ御仁が、言葉は毅然としていながらも「えー嘘だろ…嘘だと言ってよぉ」と、言い出しそうな表情を浮かべ泣きそうになっていた。
彼は、人類北端の領地『ベルカント』の領主コーチ・ホーン・ベルカント辺境伯である…らしい。
私には貴族という存在に大して知識はない。
何となくのイメージで伯爵と言うと物凄く高い地位にいる傲慢で髭面な中年であると思っていた。
しかし、そんな小学生並みのイメージをベルカント辺境伯は見事に覆す優男で腰の低いダンディだった。
「ええ、確認しましたがミリーナ様に記憶はございません。恐らく聖剣の影響かと」
そして、それに答える貧乳エルフはエリーゼ・ブルボン。
私がこの大陸に到着した日からずっと従ってくれている仲間……らしい。
と言うのも、私はこのエリーゼとは殆ど情報交換してないのだ。
ここまで得てる情報は焦ったエリーゼが私を引っ張りながら、領主様の前に連れてくる途中で口走った言葉を纏めただけ、本人は情報を出している実感してすらいない。
「それは…だがそれでは困る。何とか記憶を戻す術はないのか?」
「そんな魔法、エルフの秘術でも聞いた事ありません。一旦、王都に戻り治療をするしかないでしょう」
「しかしっ! エリーゼ殿はこのベルカントが滅んでも良いと申すのか? 私達はそなた達の願いに応じて、聖剣に触れる事を許した。その結果がこれか……あまりにもではないか」
「そう仰られても」
う〜んと、つまりこういう事かな。
私達がこの領地に来たのは聖剣を確認する為。
そして領主はそれを了承して聖剣を出してくれたが、私が触ったらナニが起こり、私は記憶を無くした。
で、それが原因でここが滅びるような事態になっている…と。
予想から推測した結果に足りてないピースは、
1)何故この地に聖剣があったか?
聖剣と呼ばれている程の剣が地方領主の元にあるのは不自然だ。王都という単語が出てきているのだから、本来なら王都に寄贈されている方が自然である。
2)私は一体何者?
聖剣に触れる事を許される立場。それがどれくらいの地位にあるのか。
3)ベルカントに迫る危機とは?
聖剣に触れる前は全くなかった危機。触れた事によって起きたという事だが、想定外の事が起きたのか? それとも想定内で私が記憶を無くした事で想定外になったのか。
もっと細かくいくならこれでもかって程出てくるけど、なんか焦ってるみたいだし最低限に留めておきましょ。
他人が話してる事から推測、理解するのは限界がある。
「あの宜しいですか?」
「は、はい、何でしょう勇者様」
は? 勇者? 何それギガ○インとか唱えちゃうの私。
「ミリーナ様」
少し黙っててと言わんばかりにエリーゼが目を細める。
けど、私が口を噤んだ所で事態は膠着したままになる。ならとことん首を突っ込んでいきましょ。
「エリーゼは下ってて」
「しかし」
「下ってて」
「失礼しました」
本当に頭が良い娘。
普段はふざけているような態度を取るが、ココで一番できっちり空気を読み引く事が出来る。
どっかの舌禍事件を起こして何で怒ってんの? ワシにゃ理解出来ん…と、空気の読めない政治家辺りに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
つか、エリーゼって歳幾つなんだろ?
外見から二十歳そこそこって気がするが、確かエルフは長寿で実年齢と外見が伴わないって物語では書かれていたわよね。
もしかして私、超失礼な事してない?
もしそうなら後で謝るから、今は許してね。
「あの私が勇者って?」
「ああ聞いておられないのですな。貴女はこの地で眠っていた聖剣を抜き、認められた者。つまり勇者様なのです」
えーコレって、超ベタなアレじゃないの。
地面に突き刺さる聖剣、抜けた者は剣に選ばれし勇者になるってヤツ、それを私が引抜いちゃった…の?
エリーゼの顔を見ると彼女は肯定の頷きをした。
おーまいがっ!
コレって半端なく面倒くさい事に巻き込まれたんじゃない?
聖剣君が何を勘違いして抜けちゃったのか分からないけど、今の私の筋肉の付き方は剣士のソレじゃない。
一部を除いてだらしない身体と言うほど酷くはないが、剣を使って大立ち回りを行えるような筋力はないだろう。
それなのに勇者として祭り上げられたら……それなりの地位を与えられるのに伴うだけの責任を背負う。
何か問題が起きたら間違いなく前線に立たないといけない地位なんていらないよぉ。
しかも、現在進行系で何か問題が起きてるって事でしょ。
もう詰んでるじゃね? これ。
「一応聞いておきたいんですけど、私が剣を抜いた事で起こった問題って一体?」
「ここベルカントは人類が所有する最北端ですが、土地がここで切れてる訳ではありません。ここより北の地には、強力な魔獣が跋扈する森があり、その進行を食い止めるべく結界が張られておりました。その聖剣を媒介にして……」
「ウフフ、じゃあ聖剣が抜けた今」
「ええ、当然消滅しております」
詰んだーコレ詰んだー。
「何でそんな大切な役目を持ってる聖剣を触らせてるんですかっ! 誰にも触らせないように管理するべきでしょうに」
「そんな事仰られても……。聖剣の使える勇者様が現れたのなら、新しい結界を張られて安全を確保出来る。そう伝えられております故」
OH……たから、私が記憶を無くしたのが問題になってるのか。
ヤラかしたなぁ……100%私の過失じゃない。
「エリーゼ、ちょっと聞きたいんだけど」
「はい」
「貴女ならその魔獣って倒せる?」
物語のエルフは優秀な種族とされてる場合が多い。
それならば戦闘力も高いに違いない。
「魔獣次第ではありますが、恐らくは無理です。聖剣の結界で進行を止めていたという事はそれまで優秀な人材がいても倒せなかったという事ですから……ただ」
「ただ?」
「記憶を無くす前のミリーナ様ならあるいは」
「はひ?」
どゆ事? 聖剣のチートを頼って無双するって事ならまだ分かるが、今の私が戦闘特化した存在であるとは思えない。
「ミリーナ様は東の国シャデンの巫女です。魔法というカテゴリーに於いてこの国に貴女を超える者はいないでしょう」
ぐふっ! じゃあ何、元々チートキャラだったのに聖剣抜いて危機を引き起こし、記憶を無くしてポンコツになったって事?
私、いらない娘じゃん……。
「なんだって私はここに来たのよ……大人しく国に引き込もってれば良いのに」
「聖剣を引き抜く勇者が現れると神託を受けたからって仰られておりましたよ。ミリーナ様が……まあ、私も流石にミリーナ様が抜くとは思いませんでしたが」
ヤメテヤメテ……そんな瞳で私を見ないで。
普通神託って本人以外に降りてくるモンでしょ……本人に神託する神って職務怠慢よ。
今すぐ降りてこいぶっ飛ばしてやるから。
「じゃあ、何で私が聖剣に触れる必要があったの?」
「聖剣が本物か確認する為ですよね。偽物の剣を用意してる場合も考えられますので」
エリーゼの言葉に辺境伯様はそんな事するか!と憮然とした表情を浮かべた。
この辺境伯様、多少頼りなく見えるが善良な貴族様なのだろう。
エリーゼは、最悪街を見捨てて私を連れて逃げるつもりなのか余裕がある。
でも、私は、
「コーチ様、私が抜いた聖剣は今どこに?」
「私が預かっております」
「持ってきて下さい。出来る限りの事をしましょう」
「ミリーナ様?」
エリーゼは、私が何をするつもりなのか計り兼ねているようだった。
「記憶無くした原因が聖剣なら持つ事で記憶戻るかもしれないでしょ。それに戻らなくても聖剣の超パワーで私覚醒するかもしれないし」
まあ、そんな可能性はほぼないのは分かってる。
チートで何とかなるかもしれない能力を持っていながら、聖剣抜いて記憶喪失大ピンチとか三流シナリオにも程がある。
ゲームなら大炎上するようなクソゲーだ。
そんな世界でそんな簡単に記憶が戻るなら、記憶消した意味がない。
ならなんで試すのか? って、古今東西クソが付くザブカルは中身スカスカの設定破綻してるモノに与えられる称号だからね。
もしかしたらがあるかも知れないでしょ。