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4.今が幸せなら

 その日の放課後、私はジンに呼び出されていた。

 指定場所は当然剣道場である。

 思いたったが吉日か、実にジンらしい。

 まあ、元より早く決着をつけたいと思っていたので、誘いを断る理由もなかったのよね。けど……。


 やっぱこうなったか。

 剣道場にはクラスメートを中心に100名以上の観客が集まっているのだ。


 理由はジンの阿呆がHR中に行われた自己紹介で、私に宣戦布告をしやがったからだ。

 その後は大変だった。


「どういう事?」と、興味が私のボッチフィールドを越えるほど気持ちが高まったクラスメートにもみくちゃにされた。

 挙げ句、昼休みには他クラスの連中が「美男美女の公開痴話喧嘩が剣道場で行われるらしいぞ」と、噂しているのを耳にしてしまった。


 止めてよぉ…ジンは兎も角、私にその評価は荷が重い。

 それにこの展開はアレだ。

 昔、私が名もなきガキ大将をブチのめした時に似てる。

 皆の見てる前でやり過ぎてしまったが為に、周りから怖れられ孤立してしまったあの時に。


 ジンのお陰で限りなく薄く低くなったクラスメートとの壁を復活させたいとは思わない。

 幼年期ボッチだから辛いという事はなかったが、かと言って一人でいる事は決して楽しくはなかったのだ。

 私がボッチでいる事がシュ○インズゲートの選択なら仕方がないが、岡○んですら頼りになる仲間がいるのだから私だって大丈夫。


 いやいやまてまて、動揺して変な思考になってるじゃない。

 今、一番考えないといけない事はどうすれば私へのダメージを最小限に抑えられるかという事だ。


 私の見立てでは今のジンなら簡単にブチ倒せる。

 それは私の動揺から来てる緊張感を殺気と断定した事から明らかだ。

 殺気とはいわば強い気配だ。

 一定の強さを持つ者なら隠すものになる。

 殺気を垂れ流すという事はその気配を制御出来ない半端者という事の証なのである。

 それを感じ、私を強いと断定したジンは半端者より格下。

 私に勝てる道理はない。

 しかしだからと言って簡単にブチのめすのは、この見学者の手前失策になるだろう。


 まず美男美女の痴話喧嘩という噂で来た者が私を見たら、騙されたと感じマイナスポイントスタートは確定である。

 そして、一方的にジンをボコったりしたら全見学者がドン引きするに決まってる。


 圧倒的カリスマを持つ者の圧勝劇は観客の高揚を生むが、平凡な者の圧勝は戸惑いを生む。

 後にそれがカリスマに成長する場合もあるが、それに期待するにはリスクが高い。ならば、接戦に持ち込んで「へっ、やるじゃねーか」、「フッ、お前もな」なパターンが王道よね。


 ただ力加減が難しい。

 あまりにも力を抜けば私が逆にヤラれる可能性がある。

 見学者を欺く為だけならそれでも良いのだけど、ジンは納得しないわよね。

 きっと「納得いかんっ! もう1回だ」とか言い出して無限ループに嵌る。

 それに負けるのは…こう見えても私は負けず嫌いなのだ。


「何、考え込んでんだ?」

「はひ!?」


 道場の手前で足を止めていた私を目ざとく見つけてジンは道場に引き摺り込んだ。そしてその途中ボソリと、


「ここまで来てどう力を抜くか。なんてツマラン事考えてるんじゃねえだろうな?」

「チョットナニイッテルカワカラナイです」

「あのなぁ、お前との実力差なんてこっちは承知で挑んでんだ。ガッカリさせんなよ」


 何か凄い申し訳ない気分になった。

 相手の強さを分かってないのは半端者の私だった。


「ごめん、でも……」

「くだらねぇ事に頭使ってんじゃねえよ。お前は圧倒出来る程度に力抜きゃいい。それで周りが引くような結果にゃ俺がさせねえ」


 何よ、ちょっと格好良いじゃない。


「ダメね。そんな事言われたら全力出すしかないじゃない」

「えっ、瞬殺されたら困るんだけど…」


 オチつけんなや。

 まったく、コイツはホントに分かんないな。でも、何か面白い。


「お、来たぞ」


 私達が道場に入ると、ざわめきが一層増し、


「なるほど確かに」

「けど、ちょっとキツそうじゃね?」

「ご褒美欲しい…」


 などと声が聞こえてきた。

 ご褒美って一体? 

 その台詞を言ったであろう男は息を荒くして何故かうんうん頷いている。

 ……何かキモい。


 外野の声は無視して道場の中心に立つと、ジンは壁に掛かっている木刀に手を伸ばし、その内の一本を私に投げ渡した。


「竹刀よりこっちの方が良いだろ?」

「そうね」


 正直な所、竹刀では軽過ぎて不安があった。

 その点、木刀なら振り慣れている。

 受け取った木刀を確かめるように上段から振り下ろす。

 ビッと風切り音が鳴り、周りの人は緊張感を持ってゴクリと息を呑んだのが分かった。


「じゃあ、やりましょうか」

「ああ」


 ピンと張り詰めた空気にジンの顔付きが変わる。

 その顔はまるで微笑んでいるようにも見えるが、目だけは鋭さが増しているのが感じ取れた。

 ホント絵になるなぁ。

 中段の構えを取るジンに見惚れそうになってしまう。

 それは私だけでなく、見学者も同様…何人かは目がハートになってる者すらいる。


「構えないのか?」

「ウチの流派に構えはないのよ。遠慮なくいつでもどうぞ」

「では、お言葉に甘えさせて貰う。シッ!」


 息を吐くと同時に踏み込み剣を横に薙ぐ。

 私はそれを一歩後ろに下がるだけで避けて見せた。


「チッ!」


 避けられたと悟ると瞬時に手首を返し剣を振るうジン。

 剣を避けられれば当然隙きが出来る。

 その隙きを実力上位の者が見逃すはずはないと分かっている者の動きだ。

 私が踏み込んで来た所に返す一撃。

 それは手を抜いて読みを怠っていたなら貰っていたであろう一撃だった。

 だが、私の読みは剣が返ってくる事も予測している。

 安易に踏み込んだりしない。

 返ってきた剣をやり過ごし、袈裟斬りを繰り出した。


「くそっ!」


 カンと木が重なる音が鳴る。


「良い反応ね」


 何とか踏ん張ったのだろう。ジンは剣を再び引き戻し私の一撃を受け止めた。


「嘘だろ…」

「何が起こったの?」


 見学者の反応も様々だが、一連の動きに皆驚嘆しているのは間違いない。

 誰が見ても分かるくらいあの一瞬の攻防は高度なものなのだから。それでも、


「ちくしょう、わかっちゃいたが……」


 正しく認識をしているのはジンだけだった。

 私の袈裟斬りを確かに彼は受け止めた。

 無理矢理腕の力だけで剣を戻して。

 それは確かに反応だけみれば大したモノだけど、私が本気で放った一撃なら…あるいは真剣での一撃であれば、態勢不十分の上片手で受け切れるはずがない。

 本来であればあの一瞬で決着がついていたのだ。


「当然、まだヤルんでしょ? 私は手を抜かないわよ」


 袈裟斬りの一撃で手抜いておいて…ってジンが思ったのなら、彼はこの先一生私には勝てない。

 無神流の本質を剣を合わせて理解出来ないのであれば、彼の才能はそこまでなのだから。


 神薙流の本質は読みにある。

 相手の呼吸、視線、足運びなど視野を広げ、相手の動く先に剣を置きカウンターを仕掛けるのが無神流の基礎。だから、普通の攻撃にそこまでの攻撃力は求めない。


 ジンは私以上のバワーがあり、スピードはほぼ互角。だが、読みに関しては私からすれば素人レベルだ。

 どうやっても私に一撃すら与える事は叶わない。


「否、今日はもう止めておく。今の俺じゃ一発入れる事すら出来そうにないからな」

「あら意外ね」


 性格的にダメでもまだまだぁーって掛かってくるタイプだとばっかり。


「1%でも一撃入れられる可能性があればヤルけどな。今は無理だ。取り敢えずお前に一撃入れるのが今後の目標だ」

「志低くない?」

「今の俺にゃ低くねーよ。富士山登りきれねえのにエベレスト目標にするヤツはいねえだろ」


 なるほど向上心を無くした訳でもなく、スネた訳でもないと。

 本人が納得してるならいいか。

 定期的に付き合いさせられそうだけど、そのくらいなら付きあってやるか。そう思い剣を納めようとした瞬間、思いがけない野次が飛んだ。


「おいおい、もう終わりか? つまんねーぞ。もっとヤレや」


 こっちは興行やってんじゃないのよ。勝手に見に来てナニを言ってんだコイツ……ぶっ飛ばすわよ。

 私の不機嫌メーターがレッドゾーン入り寸前。


「そっか、まあそりゃそうだよな。んじゃ、もっと楽しいもん見せてやるよ」

「いいぞ、ヤレヤレ〜」


 ジンはヤジの声にニヤリと笑う。

 あ、これ……凄く嫌な予感がする。

 ジンがキレて大暴れする映像が浮かんできた。


 結果から言おう私の予感は的中した。が、予想は大ハズレだった。


「神城美利奈さん、惚れました。付き合って下さい」

「は、はひ?」


 何トチ狂ってんのコイツ。

 もっと楽しいモノで公開告白って…どんな罰ゲームよ。

 ただ私は気づいていなかった、驚きの言葉がハイ? だった事に…


「うおお、OKしやがった。めでてぇぞこの野郎」

「きゃー、素敵♪」

「美利奈様ご祝儀にご褒美を」


 えっ、ナニコレ…何でみんな盛り上がってんの? つか、ご祝儀にご褒美をってなんじゃいそれ。

 おいジン、私の手を取って嬉しそうにしてんなっ!


 こうして私達は高校生活初日にしてなし崩し的に公認カップルになった。





「あーあったな、そんな事。あ、また全滅……キャラ一人抜くだけで難易度変わり過ぎなんだよ、このクソゲー」


 良いトコのボンボンだった癖に、ウチに婿入りし、田舎に住みついた変わり者、神城仁がゲームに興じながら返事した。

 クソゲーならやらなきゃいいのに……。


「お気楽に言わないでよ。凄く恥ずかしかったんだから」

「まあ、そうかもな。でも、ぶっちゃけあの時既に俺に惚れてただろ」

「良く覚えてないわ」


 嘘である。

 良く覚えてる…うん、でもナイショにしておこう。今幸せなのだから別にいいじゃない。



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