2. 平凡は案外悪くない
その日は、日がな一日何もなかった。
いつものように私は道場で木刀片手に素振りを繰り返し、適度に汗を流したらシャワーを浴びて、旦那のご飯を作る。
退屈で代わり映えしない日常。
でも、そんな生活も誰かが私を見てくれる。たったそれだけで存外悪くないって思う。
父である神城真聖が、それなりに有名な刀工だったお陰で田舎暮らしではあるが生活に困る事もなく、自適悠々ヤンチャに育ってきた。
その所為か同年代の評価が、目つきが鋭くちょっと怖い。
ワガママ自己中。
そして、強いから関わるなというモノで固定されていた。
目付きが鋭いのはキャラメイク出来ないんだからしょうがない。けど、だからワガママってねぇ…。
多少、女のコらしい振る舞いから外れた事はしたけど、ワガママにした記憶などないんだけどなぁ。
8歳の時、ちょっと調子に乗って傍若無人なオイタをした3つ年上のガキ大将を木の枝で滅多打ちにしただけなのよねぇ。
私が当時それだけの強さを持っていたのは祖父の指導の賜物だ。
父がそれなりの刀工であるのは、巨匠の域に達していた祖父の技術を受継いだからなのだが、その祖父は刀を打つ事と共に振るう才能にも恵まれていた天才だった。
我流ではあったものの、その才は歴代の剣豪にすら勝るとも劣らない……そう評価する者も多かったそうだ。
そんな祖父が剣術を捨て、刀工にシフトチェンジしたのは生活の為だと聞く。
どんなに優れた才能があっても、剣術では生活もままならない世の中だったという事だ。
だが、刀その物は捨てられなかったな。と、祖父は幼い私に皺を寄せながら言った。そして、
「真聖に剣を振るう才はない。が、刀工としての才はワシ以上じゃ。だから、ワシはヤツに刀工を教えた。自分が持つ技術を才能ある者に伝えるのは間違っていない。そう思っていたんだがな」
「じいちゃん?」
5歳の私には祖父の苦悩は理解出来なかったが、なんとか力になりたいと強く思ったのを覚えている。
「スマンな。ワシが真聖に教えてやれた事は、お前の役には立ちそうにない。アイツからお前に残せる物は金だけだ」
「お母さんにお金は大切だって教わったよ。だったら、それだけでいい」
「そうだなお前にはお母さんがおったな。足りないモノは母親に教えて貰えば良いな……」
そんな会話をしてその時は終わったのだが…それから僅か半年で母が逝った。
末期の癌だった。
祖父は生きていく為に大切な事を教えられる者が居なくなる事を知っていたから、あんな事を言ったのだと理解した。
「さて美利奈、生きていく術になるかどうかも分からぬ技術を学びたいか?」
祖父が言った技術は刀工だろう。
だが、例え5歳であろうとも祖父は私にその才能はないと見抜いていた。
理由は簡単だ。私が刀工に全く興味を示さないから。
刀工という仕事は資格を取るのも狭き門。
というのも、資格を取る為には資格を持つ者の下で5年以上の実務経験が必要になる。
そして、そもそも刀工の絶対数が少なく、資格を取ったとしても刀工で食えるほど稼げるようになれる者は極僅かなのだから、自らなろうとする者は刀に魅せられた者だけだと言っても過言ではない。
そんな技術を教えても私が生きていく術にはならないと祖父自身も分かっていた。
だからといって、祖父は他の事を知らない、父も幼き頃より刀工としての英才教育を受けていた為、それ以外の技術や知識など皆無だった。
鍛冶は得意なのに家事が出来ないとは洒落になってねえな。と、祖父は苦笑を浮かべていたのが思い出されて笑ってしまう。
そんな状況だったからこそ、万が一の可能性に掛けようかと祖父は考えたのだろう。
けど私は、
「教えてくれるなら、こっちの方がいい」
ぴょんと庭に飛び降りて裸足のまま落ちてた枝で素振りをする。
毎朝の祖父の日課の真似だ。
見様見真似で背筋を伸ばし、身体の中心と枝先を真っ直ぐ合わせてビッと鋭く振り下ろす。
この一連の動きだけで祖父は私に才能がある…と、判断したかどうかは今もって分からない。
それでも、次の日から朝と夜の素振りを祖父と繰返す事が日課になった。
そして半年後、祖父が作りあげた『神薙流』の型を教えて貰えるようにまでなった。
こうして私の日常は剣術と家事を習う事を大半に据えた生活を送る事になった。
その経緯を考えれば私には才能があったのかもしれない。
素振りはあの日から今日まで欠かした事もない。
好きか嫌いかを問われば大好きと答えられる。
この無神流を学んでたお陰でボッチな幼年期を過ごしたが、元々の体質? なのか苦痛に感じる事もなく中学までは静かに過ごせたものだ。
だが、私の才能は年齢に対して飛び抜けていただけだと知らしめる出来事に遭遇する。
私が高校に入った15歳の4月。
入学式は桜が満開とはいかず、春の嵐に巻き込まれた桜はその美しくも儚い花びらを散らし、すっかり葉桜になっていた。
高校に関しては田舎の性か実家周りに通える学校などなく、最も近い所で片道3時間掛かる。
そういう環境だからこそ、あの町の住人の殆どがその高校に進学する。
私もそのルートに乗るつもりだったのだが、祖父と父からどうせならもっと都会の学校へと薦められた。
生産力はあっても生活力皆無の二人を残して行くのに不安があったが、家事の師匠である家政婦の真由美さんが娘と二人、住込みで来てくれるとの事で私は家を出る事にした。
真由美さんは旦那さんと死別しており、父とくっついてくれれば良いと思っている。
そうなれば私も妹が出来て嬉しいし。
私が居なくなる事でその可能性の幅が拡がるのではないか。そんな意図もあっての進学だった。
入学式を終えた私は自席にて愕然としていた。
鍛えに鍛えたボッチスキルが発動してしまったのだ。クラス内では辿々しくも近くの者達が友好を深めようとしている。
それなのに私ときたら、近寄るなオーラを意図せず全力放射してしまっていたみたいだ。
前後左右の友人候補達は、私と目が合うと露骨に視線を背ける。
そりゃあ目付きが悪く、武を曲がりなりにも学んでいる者独特の気配は怖いのだろうが、やはりショックは大きい。
これまで味わえなかった青春ってヤツをしてみたいと思っていたんだけど。
まあ、だからといって焦って何か変える必要はないかな。
無理した所で人付き合いが上手くなるはずもないし、最悪ボッチを脱すれないなら卒業したら実家に引き込もっても良いだろう。
新生活初日にしてそんな最低に渇いた事を考えていた私だが、そんな価値観をブチ壊してくれる出会いがすぐに来るとは思ってなかった。
「お前、何でそんな殺気ばら撒いてんの?」
私から発せられる精神シールドをまるで意に返さず軽々と潜り抜け、その男はのほほんとそう言った。
「はひっ!?」
正直驚いた。
私に声をかけてきた事にもだが、それ以上にその男の顔立ちに。
父も祖父も二枚目というより、the男という感じで不細工ではないが無骨な男で美形ではない。
母は絶世のという程ではないが、世間一般なら十分美人のレベルにある魅力的な女性だった。
いきなり何言ってんだ、コイツ?
そう思ったとしてもちょっとだけ待ってほしい。
つまり、母は男を選べる立場であったのに父を選んだという事を私は言いたかった。
そして、私も父や祖父のような男が好みだ。ファザコンと言われてもパパ大好きーって言える。
一方で、雑誌やTVなどで華やかな活躍をしているタレントさんに憧れなんて抱いた事もない。
そんな私が一目で魅せられた。
涼しげで見る人間を吸い込ませるような瞳は黒曜石を思わせる。
鼻や口などのパーツのバランスが良く、あらゆるを美化して描かれた絵画の様な作り物と見間違うほど整った顔。
しかし、発せられる声が人間味を醸し作り物である事を否定している。
そして、
「折角の美人が台無しだぞ、勿体ねえ」
はい、ズキューーーンとキました。堕ちました…私なんかが烏滸がましいけどちょろインです。