19.VSミリーナの犬②
「嘘だろ、あれからまだ二年だぞ。そこから学んだとしても……そんな馬鹿な」
呆然とエタンは呟く。
彼は彼で真剣に剣と向きあって来たんだろう。
エリーゼと同じ様に才能の差を感じているように思える。
けど、多分だけど彼の才能は私より上、もっと言えばジンと同等の天才に分類される存在だと感じてる。
これは祖父の持論だが、剣には3つの壁があり、その壁を乗り越えた先にある次の壁までの距離が後半になって伸びる者ほど才能がある。
まず第一の壁は剣に触れるかどうか__この壁は誰もが平等でここに差はない。
差が出るのはこの先だ。
分かりやすく10の数値で説明すると、次の壁まで10必要な者と5で壁にぶつかる者がいるとする。
この時に10の者は5の者に比べて成長するので天才と言われる事が多いのだが、それは違う。
第一区間が10でも、第二区間が5、第三区間が3。
一方、第一区間が5、第二区間が8、第三区間10。
こう分けると良く分かると思う。
到達地点が前者だと18。
後者だと23なのだ。
祖父はこの数値が多い者ほど才があると言っているのだ。
無論、この数値は一例であって、全てがこの様になるはずもない。
しかし、早熟性が高い者ほど後半の伸びが少ないような気がするのは、私が高校入学と同時に、毎日剣を振るっても伸びを感じられなくなった早熟タイプだからなのかもしれない。
大器晩成、この言葉は実に的を得てる。
ジンやこの男を見ているとそれが分かってしまう。
「貴方、まだ自分が伸びてるって実感あるんでしょ? なら、まだ未完成って事じゃない、相手を見て力をセーブするなんて10年早いわよ。全力出してそれでもダメだったら、その壁を越えたと実感出来るまで頑張ってみなさい。自分の才能に見切りをつけるのはそこまでやってからよ」
「ミリーナ様」
「ちなみに貴方が全力出しても、私は平然と捌けるわ。でも、それは才能の差じゃない。今の私と貴方の力の差よ。私が壁になってあげるから全力出してみなさい」
私が剣を担ぐように構えと、エタンは顔を上げてしっかりと前を見据えた。
イイ顔になってるじゃない。
私が10代だったら惚れちゃったかもね。
いや、ミリーナは10代だけど……。
「本当に申し訳ございません。けど一度だけ本気でぶつかる事をお許し下さい」
「クスッ、だから良いわよ。例えそれで死んだとしても文句はないわ」
文句を言いたそうなエリーゼだが、信頼からか最早諦めてるのか仏頂面で唇を結んでいた。
「では、行きます『三針蓮華』」
先程よりも速く鋭い突きが私を襲う。
恐らくだが、この突きは私の刃に触れると同時に剣を引きまた突く。
それが3回繰り返される連撃だろう。
私がエタンの立場なら同じ様な選択をした。
何故なら弧を描く斬は受け流すタイプの剣士にはご馳走だ。
しかし、線を描く突きは避け易くとも受け流し難い。
まだ舐めて受け流し易い攻撃をエタンがしてきたなら、私はエタンを見限っていた所だ。
この選択は正しい。
正しいのだが__。
「直下雷鳴!」
私の打ち下ろされた剣撃でエタンの剣は弾かれ飛んだ。
「三撃目を出させて貰えませんでしたか」
「貴方にあったはずの選択肢奪っちゃったからねえ、ちょっと卑怯だったかな?」
「いえ、そんな事は」
流石に全力の技を防がれた事で、良い意味で吹っ切れた様だ。
エタンは弾かれた剣を拾うと満足そうに頷いた。
「まるで私の繰り出す技を分かっていたように完璧な対応でした。完敗です」
そう私はエタンの攻撃を読んでいた。
その為、エタンが攻撃する前に上段に構えを取れていたのだ。
呼吸や筋肉の動きだけで読みはやるのではない。
会話や防御で相手の心情をコントロールする事も、読みの精度を上げる要因になる。
「しかし、凄い技ですね」
「一応、ウチの流派では奥義に位置する技だから」
「ミリーナ様が学んだ剣術ですか。やはりシャデンの?」
そんな瞳をキラキラさせて見ないでよ。
「う、うん、まあそんな所かな」
「門外不出とかですか?」
「そんな事はないけど……」
「学びたいです」
だから眩しいって……。
あ、こらエリーゼ、殺気まみれで剣に手を掛けないの。
「基礎や型なら教えてあげられるけど、私もまだまだだから、それでもいい?」
「はい」
うわ、すっごい良い返事。
「エリーゼ、無表情でエタンの後ろを取らないで、サクっとやりそうで怖いから」
「だってミリーナ様ぁ」
「はいはい、貴女にも教えてあげるから。それと、そっちの有象無象、貴方達も学びたいなら来なさい」
「「「「うぉぉぉー!!」」」」
私とエタンのやり取りを黙って見ていた冒険者達、一部を除いて大騒ぎである。
一部とは魔導士系の冒険者とおそらくそれ也の力を持っている剣士かな?
「けど、取り敢えずは雪中狼の連携が見たいわ。今度こそ全員で掛かってきて」
息の合ったパーティは個の力を何倍にもさせると聞く。
エタンの実力を見ると、試すまでもなく今のままでは雪中狼というパーティには勝てないだろう。
だから、もう一つレベルを上げる必要があるのだ。
どうしても欲しいのは範囲攻撃である。
個の力が幾ら強くても、数を相手にするとどうしても対処に時間が掛かってしまう。
私が生き残れば勝ちなんて勝利条件ならそれでもいいのだが、実際にそんな勝利条件なんて有り得ない。
一分一秒が明闇を分ける事の多い実戦、この先の勝利を確実に引き寄せる為には必須な能力だった。
手っ取り早く身につけるなら魔法だと、ジンに範囲魔法の解放を進言してはいるのだが、何を考えてるのか一向に解放しようとはしない。
記憶を取り戻せば一気に問題解決するのだが、呼ばれた神官が匙を投げる程、記憶の扉は頑強で「空気読めよ」と、私が自らツッコむハメになったぐらい絶望的であった。
ならばとこの一ヶ月、私は初級魔法をすべて覚え打ちまくってきた。
そして、思ったのだ。
初級でも使い方次第で範囲攻撃になるんじゃね? と。
思いついたら試してみたくなるのが人間の性ですから、勿論、試してみましたよ。
えっ、結果?
一応、それっぽいモノは出来たのよ。
けど問題は、私の経験値の無さかな?
実際に実戦で使える代物なのか、いつ使えば効果的なのか、全く分かってない。
エリーゼとの模擬戦で試そうにも、対個人だと範囲攻撃する意味があまりなくて魔物と戦いに行こうかと思ってた。
だから、今回色々なパーティと戦えるのは渡りに舟だったのよね。
けど、この雪中狼というパーティ__私にこれだけ陶酔しているという事は、私と深く関わった事があるはずだから、冒険者登録時について来たBランクパーティよね。
となると、このパーティである程度目処が付くなら、他のパーティと私がやる必要はないかな。
「ミリーナ様と手合わせ……ぐふふ、認められたら、まずはお友達から」
締まりの無い顔で、不穏な事呟きをしているのは雪中狼の紅一点女の魔導士。
エリーゼとは違いありとあらゆる所が子供然としている可愛いタイプなのだが、何故かエリーゼより多少邪悪さを増した感があるのは気の所為だろうか?
そして、その後にいるのが大盾使いであろう大男と盗賊っぽい雰囲気がある小さい男の二人。
大男の無骨な見た目は祖父や父に通ずるものがあり、見た目だけなら美利奈の好みなのだが、崇拝する姫を護る俺格好良い的な己に酔っているような目をしていてちょっと引く。
盗賊っぽい男は、言い方は良くないかもしれないが猿面の胡散臭さを感じる男だ。
格好や雰囲気から察するに、斥候や財政を受け持ってるような気がする。
故に、直接的な戦闘力はそれほどでは無さそうだけど……間接的には一番怖いタイプよね。
前衛二人、中衛、後衛の割とオーソドックスなパーティか。
なら、戦術は__。
色々考えてみたら楽しいと感じてる私に気付いた。
今まで全く知らなかったけど、私は意外に戦闘マニアだったのね。