18 .VSミリーナの犬①
勇猛犬との一戦から、また一ヶ月経った。
その間に北の森に目立った動きは無かったが、変化は確実に現れている。
まずは、今まで街から離れた所で活動してた魔物が散発的にだが街に現れる様になった。
これは辺境伯の私兵が何とか抑えていて、街に重大な被害が出る事は無かったが、結界が無くなっているのを理解しているという事だろう。
だがそれも1週間前にパタりと止み、同時に街の周りから魔物の姿が全く無くなった。
魔物が居なくなった事により街には安堵の声が上がりもしたが、私達は全く逆の印象を抱いていた。
「ここで魔物の姿がパタりと無くなったって事は」
「ほぼ間違いなく嵐の前の静けさでしょうね」
ジンとエリーゼの言葉を否定する事は出来ない。
元々、動物は人より危機察知能力が優れている。
だから、この場が危険と察知して逃げたと考えられるからだ。
しかし、これならまだマシなんだよねぇ……もし、逆で魔物達に招集が掛かったとしたら、それは一定以上の知能がある上位の魔物が動いた事になる。
上位って事はアレよね。
実際の所、前者であれ後者であれ何かが動こうとしているのだけは間違いないのだ。
という事で、私達は辺境伯の私兵200名と、依頼を受けた冒険者約200名を辺境伯邸の庭園に集めた。
無駄に広いウチの庭でも良かったんだが、私兵達は辺境伯の護衛もあるのでこちらの方が何かと都合が良かった。
まあ、広さだけならウチと同等だし、違いといえはこちらは庭園であっちは庭と呼ぶのが相応しいってだけだから無問題。
多少庭園が荒れるかも知れないけど無問題__誰にも文句は言わせない。
そう例え辺境伯でも……。
まあ、辺境伯には予め許可貰ってるから、マジで無問題だったりするんだな。
集めたのは今日中に全員の能力を確認する為である。
とは言え、個々の能力が数値化して分かる世界でも無いし、データベース化出来る訳でもないので、全員と私が実戦形式で戦う事にした。
これは、辺境伯の私兵に私の強さをアピールする場であり、予想以上に増えた冒険者の中から部隊長を選別する場であった。
箸にも棒にも掛からない冒険者は、ランク問わず私が選んだパーティの下について貰うつもりだ。
そこで文句を言うヤツには問答無用で帰って貰う。
その為に報酬は破格な額に設定し、依頼人に辺境伯と連名で私の名前を載せておいたのだ。
私の名前は良くも悪くも目立つ。
私を知る者には安堵を、知らなくても15歳でAランクスタートした新人冒険者の実力が知りたい者は非常に多いと聞いた。
それが功を奏し、50パーティもここに集まってきたのだから自分でも大したものだなって思ってしまった。
「では、さっそくですがパーティ毎に私と戦ってもらいます。あまりにも実力が足りない方、私の命令を聞けない方は本日分の報酬受け取ってベルカントを離れて貰いますので悪しからず」
冒険者の前まで出て言った、私の言葉に色めき立つ冒険者達。
その顔は、私を値踏みする者、有名人を見てじっくり眺める者、尊敬と憧れの……って、何この熱視線。
とあるパーティと視線が合った瞬間に分かる程の熱い眼差し……ってゆーか、狂信者臭がぷんぷんと、何か怖いぞコイツ等。
「ミリーナ様自ら手ほどき頂けるとは。まさに僥倖っ!」
「ミリーナ様♡ ミリーナ様♡ ミリーナ様ぁぁ〜」
「相変わらず美しい」
そのパーティは男3人女1人の4人組パーティだった。
しかし、相変わらずって……、
そう考えているとリーダーらしき男が一歩前に出て膝をついた。
「お久しぶりですミリーナ様。我ら『雪中狼』改め『ミリーナの犬』。ミリーナ様のご依頼と聞きつけ曲がり越しました」
………………………………
……………………
…………はぁ?
いやいや、まてまて……なんじゃそりゃあー!?
思わず叫びそうになりましたよ。
そりゃあそうでしょ、膝をついた男は精悍な顔つきで冒険者然とした格好でなければ騎士のような風体だ。
そんなのが名乗っていいパーティ名じゃない……否、不細工だとしても名乗って欲しくない名前だけど……。
「久しぶりですね、エタン」
混乱する私の前に立つエリーゼ。
どうやらエリーゼの知り合いのようだ。
「おぉ、エリーゼ殿、ご壮健で何よりです」
「私に挨拶は不要です。しかし、そのパーティ名不快ですから止めなさい」
おぉ、流石エリーゼ恥を知る女。
「何をおっしゃいますか、これは我らがミリーナ様への忠誠の証です」
「忠誠? 愚かな。ならば何故ミリーナ様の犬じゃないのですか!」
「はっ!」
うん、分かってた……アンタが恥知らずだって事は。
お前等もそんなどうでも良い事に、しまったーって顔してるじゃないわよ。
いーじゃない雪中狼、中二病みたいでいーじゃない。
そのまま行きなさいよ。
「時にエタン、貴方達がここに来たという事はそれ也に腕を上げてきたって事よね?」
「お試しになりますか?」
バチバチと火花を散らす二人。
うーん、盛り上がってるトコ悪いんだけど、
「ゴメンね、貴方達を試すの私じゃなきゃ困るんだけど」
「いえミリーナ様、この者達は試すまでもありません」
「うん、それは分かってる」
雪中狼の名前が出た瞬間に冒険者達が一歩退いたしねぇ。
コイツ等、接点のない冒険者でも名が知れてる実力者って事だ。
「けど、それなら寧ろ好都合なのよ」
「しかし、記憶のないミリーナ様ではこのパーティを相手にするのは」
「大丈夫、負けても良い……」
「良く有りませんっ!」
対個人じゃないんだから、そんな力籠めなくても良いんじゃないかな。
「エリーゼ殿、ミリーナ様の記憶がないと聞こえたのだが一体?」
「それは……」
「あぁ、聖剣抜いたら同時に記憶も抜けちゃったのよ。ゴメンね、貴方達の事もきれーさっぱり。だから、貴方達の力見たいのよね。全力で行くから遠慮なく掛かってきて」
「「「「イイッ!?」」」」
雪中狼のメンバーの顔が真っ青になる。
「流石に全力は困りますっ! 成長した所見て貰えなく……いや、それどころか死んじゃいますから」
「あー、それも心配ないわ。魔法も大半飛んじゃってるから」
「へっ? とすると、今は」
「今はコレよ」
スッと聖剣を抜き構えると、エタンは目を細めた。
「なるほど」
「何がなるほどなのかな?」
「いえ、流石ミリーナ様だと、畑違いの剣ですでにかなりの実力をお持ちのようだ。しかし……」
「貴方達を相手にするには足りない?」
「私達ではなく私ですね」
あら自信満々ね。
頼もしくはあるんだけど……
「貴様っ!」
「エリーゼ良いから。じゃあまず貴方だけ試させてもらうわね」
「いえ、ですから」
「殺す気って言うのは無理でしょうけど、怪我させるぐらいの気持ちで打ち込んで来て」
絶対に退かない。
そんな意図を見せると、エタンは渋々と剣を抜き、見学してる冒険者を下がらせた。
「仕方ありません。ミリーナ様失礼致します」
あらら、やっぱり……。
私との間合いを詰めるスピードはそこそこあるが、打ち下ろす剣にまるで力が乗ってない。
これでも私を退かせる事が出来ると彼は踏んだのだろうが全くの問題外である。
エタンは私の実力を見破った気になっているが、それは構えに無駄がなく基礎を修めている程度にしか思ってないようだ。
まあ、剣の技術は一朝一夕で身につくようなものではないから、彼を責めるつもりはないのだが__舐められたままでは頂けない。
私はエタンの剣を避けずに受け流し、体勢の崩れたエタンに刃を突き付けた。
「なっ!」
「何驚いてるの? 避けるとでも思った? その程度で私を退かせられると思ってたなら心外なんだけど」
「そんな、まさか」
体勢の崩れた所に綺麗に剣を入れられたという事は、意図して剣を流したという事だ。
意図して剣を受け流すというのは、受けるより遥かに実力が必要な事を知らない剣士はいないだろう。
「確かに力じゃ貴方の方が上だけど、それだけで私が役不足なのかしら?」
努力の成果を見せたいなら本気で来なさい。
そう意味を込めて私はにっこり微笑んだ。