16.ゴメンね
軌道修正
「さてベルカント辺境伯殿。なんで今だに増援の手配がされてないか説明してくれませんかねえ」
こめかみ辺りの血管がブチブチ音をたてているが如く、頭痛が痛い。
えっ、言葉遣い間違ってるって。
やかましいそんくらい分かってんだよぉー! と、一人ツッコミしなきゃ暴れそうになるほど、頭にキテた。
現在、この街の守備兵は約200人しかおらず、何時大量の魔物が襲ってくるか分からない以上、最低100名の増援要請を任せたのだが、一ヶ月経った今でも何の音沙汰もない。
このベルカントは他地方に比べ魔物が強いから、なかなかメンバーが集まらないって事ならまだ分かる。
分かりたくないけど納得しよう。
でも、だったら今集まってる者だけでも大至急呼び寄せてくれと伝えたら、一人もいないと答えが返ってきた。
えっ、それって募集すら掛けてないんじゃ……と、ジト目で問うとこのヴォケ貴族、顔立ちはイイのに『にちゃぁー』って笑みを浮かべやがりましたわ。
コイツはこの期に及んで報酬を出し渋りしていやがるのですわ。
先にも述べた通りここは敵が強く、また街は安全だったから高レベルの冒険者が寄ってくる街だ。
報酬さえしっかり出せばやるヤツは必ず一定数いる。
確かに王都からの援軍であるなら、辺境伯の懐は痛まないだろう。
こういう時の為に色々上納してる訳だしね。
しかし、今回の件はまだ援軍要請が出来ないから、市井の冒険者に依頼を出す事になる。
報酬は当然辺境伯持ちだ。
100名の冒険者となると、結構な報酬額が必要になるのは予測出来るが、そこは出そうよ。
領地壊滅させたくないでしょうに。
「偵察隊を殲滅したのでしょう? だったらまだ相手には伝わって」
「その保証がないから言ってるんでしょうがっ!」
私らがどんだけ苦労したと思ってんだ。
今回、偵察隊の殲滅が勝利条件じゃなかったら、私もエリーゼもボロボロになるような事はなかった。
この街の防衛状態が万全であったのなら、森の主さえ出てこなければ、大量の魔物が出てきても何とかなるはず。と、考えて勇猛犬を追い払う選択をしていた。
この辺境伯完全に勘違いしてる。
勘違いは2つ。
まず勇者の力だ。
こいつの中で勇者がどれ程の力を持っている事になってるのか分からないが、ヒャッハー出来る存在くらいには絶対考えてる。
これは半分、私に責任があるだろう。
なんせ、聖剣で大理石を真っ二つにした時、エリーゼが剣聖より上と公言してしまったからだ。
その後、訂正はしたが、コイツはまたまたご謙遜を(揉み手)とか思ってるんだろうなぁ。
その上、エルフのエリーゼが魔法で私以上の使い手はいないなんて言うもんだから、何だよそれならめっちゃ余裕じゃん! って頭お花畑になっちゃったんだろう。
……あれ? そうするとほぼエリーゼの所為じゃね。
でもまあ、あれだけ頑張ってくれたエリーゼを責めるぐらいなら、私はこっちの勝手に勘違いしたにちゃぁーを責めようと思うの、あの笑み気持ち悪いし。
そしてもう一つは、結局何だかんだ言ったってお前はやるんだろ? と、私を聖人かなんかと勘違いしてるって事だね。
大体、そんなヒャッハー出来る強さがあるなら、まずこんなボロボロになるはずないでしょ。
そして、私が聖人君子ならあからさまにアンタに対してイラ立ちをぶつけたりしないでしょうに。
ねえ、馬鹿なの? 辺境伯なのに、偉いんでしょ貴方。
結界があったにせよ、このベルカントは危機意識が低過ぎる。
「これは王都に私が行かなくちゃダメかな」
「なっ、それは困るっ!」
「困るならやる事やって下さいよ。小娘だからっていい様に使われて無駄死にしたくないんですが……いいですか、今回偵察を殲滅したからって、魔物達が動かないとは限りません。いえ、寧ろ魔物だからこそ動く可能性が高くなります(適当だけど)。そうなった時、このままにしていたら、この街は滅びますよ」
「しかし、勇者の力なら」
「貴方が勇者の力を信じて私が勇者だって言うなら、はっきり言いますが私にはそんな力はありません。相手の数によっては手が回らず普通に街に侵攻を許します。まあ、そうなったら他の冒険者と同様に私達は逃げますけど、そこまでする義理ないし」
ジンが索敵をしていてくれたお陰で魔物の総数は概算が出ている。
その数おおよそ1万。
ただしこの数は全ての魔物の数、中には戦うには弱く普段は姿を隠しているようなヤツや、トレントのように森から絶対に出て来ないような魔物も半分いるとの事で、一回に襲ってくるとしたら最大でも2000だろうと予測していた。
2000なら防衛に徹するのであれば300でも暫くは対抗する事が出来るだろうと判断しての事だ。
勝つ為ではなく、耐える為の最低人数__それにすら満たないでどうしろと。
聖剣抜いちゃったぐらいでそこまで責任持てませんわ。
しかし、索敵って便利ネー、何でもワカッチャウんダー(棒)。
勿論、そんなはずはない。
この情報は索敵を行って得たにしては細か過ぎるのだ。
つまり、嘘か事前に知っていたかどっちかになる。
嘘をつく理由? 分かんないわ。
事前情報の開示するジンのメリット? 分かんないわ。
って事で詮索は取り敢えず止めた。
まあ、あんなんでも元旦那だからねえ。
私を意図して害するはずもなく、その程度は信用している。
だから、嘘ならそれは方便だ。
事前情報に関しては__持っていたとしても、アレ、一応聖剣だから知っていてもおかしく……あるな?
そもそも精霊なら何でも知っているという前提がおかしい。
たまたま知っていた? そりゃそう言われたら私は「へぇ、そんなもんか」としか答えられないが納得は出来ない。
ストンと胸に落ちる答えではないからだ。
それならば前世の情報でと言われた方が……あ! あぁ、そういう事か。
コレ、ジンがやってたあのゲームだわ。
私、アニメや小説なんかはボッチだったんでよく見てたんだけど、ゲームはハードが無かったからやらなかったんだよね。
でも、ジンが毎日ポチポチやってたもんだから、彼が居ない時に触れてみた。
したら、チュートリアルもクリア出来ないもんだから、面白くないじゃんって止めた。
そのゲームでどうしても勝てなかった敵、あれ勇猛犬だった。
ストーリーも大体沿っていたような気がするし、ほぼ間違いないと思う。
普通なら信じられない話だが、こうして転生してる以上、一番しっくり来る答えだ。
ゲームをやり込んでいたジンなら、知識が豊富なのも頷ける。
現実的に有り得なかったはずの答えが、一番しっくり来る答えになるとは皮肉なものだ。
さて自分の中で一つ疑問を解決した訳だが、次はどうするべきか?
結構な剣幕で怒りを顕にしていた私が、急に黙り思案に耽っていた間、辺境伯殿はどうしたものかとオロオロしてた。
コレを無視してジンに問い詰めるべきか?
ソファに立て掛かっている聖剣に視線を送って考える。
答えはNOよね。
理由は分からないがジンは、私の元旦那である事を認めようとはしない。
それなのに「コレ、あのゲームよね」と聞いたところで答えるはずかないのだ。
しかし、何で隠したがるんだろう?
浮気云々はもう離婚してるのだから別に……まあ、義妹に手出した事は許さないけど、それでも隠す必要がないんじゃないかな。
そう思った時、何故か子宮が痛んだような気がして、私はお腹に手を充てた。
私が寝てる間に悪戯でもされたかな? ジンならやりかねないから後で膜あるか確認しなきゃ……。
戯けて誤魔化してみたが気分は沈んでいく一方だ。
何故だろう……私には謝らないといけない相手がいる。
それは義妹だとばかり思っていたが違う。
麻里奈にはジンを止められなかったという慚愧に堪えない思いがあるが、それとは根本的に違う。
「ゴメンね」
その一言を口にした瞬間、涙が止まらくなった。
き、軌道修正失敗
そしてストック切れました。
後半分程で完結予定ですけど、週一でイケるよう頑張ります。