11.VS勇猛犬①
今にして思えば、幼き頃、私を恐れた子供達の目は確かだったんだな……と、思う。
自分を極悪だとまでは思わないが、私や近しい者に危害を加える者には幾らでも冷徹になれると気づいた。
それが殺るか殺られるかの状況なら、何を躊躇う必要があるというのか。
私を嫌った君達は正しい、自信を持っていいよ。
もし日本が平和な国じゃなければ、間違いなく私は貴方達を傷つけるだけじゃ済まなかったのだから。
という訳だ。
勇猛な諸君、君達は生かして帰せば間違いなく私達に危害を加えるわよね? そこを責めるような無粋はしないわ。
私を嫌ってくれて構わない。
だから、迷わず逝って頂戴。
日が落ち勇猛犬達は森から出てきた。
その数10匹、聖剣から10匹程度だと言っていたので数は合っている。
だが、ここにいるのが全てではないはずだ。
待機してるしている魔犬がまだいる。
「エリーゼ」
「分かってます。はぁ、10匹ですか……5分もつかな」
エリーゼの回避能力は超一流だ。
聖剣を持った私でも彼女が回避に徹するなら、恐らく一撃も入れる事は出来ない。
ただそれは集中力を極限まで高めてなせる技。
他方面からの連続攻撃を長時間捌き続ける事は出来ない。
また、傷を負えば痛みで集中力が削がれ、交わし続けるられる時間はもっと減るだろう。
たった2匹とはいえ、エリーゼに掛かる負担は跳ね上がる。
彼女を護る為には1秒でも早く待機する魔犬を見つけ撃破しなければならない。
「もし私が戻るより早く限界が来たなら逃げなさい。辺境伯様の所まで行けば何とかなるでしょう」
街に被害は出るだろうが……厄災の原因として大変申し訳無いのだが、エリーゼの方が大切だ。
そう思っての進言だったのだが、エリーゼは本気で怒って顔を背け「嫌です」と呟いた。
「なら耐えてね。行くわよ」
気合い入れて行くしかないわね。
彼女は絶対に逃げない__街の為ではなく私の為に。
それは嬉しい事なのだが複雑だ。
「3.2.1…Go!」
私とエリーゼは地を蹴り、勇猛犬に向かう。
エリーゼは数匹の魔犬を浅く斬りつけバックステップを踏み私から距離を取った。
そして私は、迫りくる魔犬を避けると、攻撃をせずに森を目指した。
良し! 多少見辛いが魔犬の動きは見えるし、これならイケる。
エリーゼは勇猛犬の注意を引く為に数回斬りつけたが、私は何もせずに森の中へ入って行く。
もし魔犬に人並の知能があったのなら、私達の狙いを読み標的を私に向けただろう。
しかし、彼らの目にはエリーゼは攻撃をする者、私は攻撃もせず逃げた者として見えたはずだ。
狩りならば弱者の私を狙えば良いが、今回は狩りではない。
魔犬にとって脅威になりうる者を狙うのは必然であった。
ジンっ! 待機してる勇猛犬の位置は特定出来る?
(可能だ)
OK多少距離が離れてもいいから、2匹に直線で攻撃出来る位置に誘導して。
(その条件だと、木々が邪魔なり攻撃できんかもしれんぞ。生物とはいえ木は索敵できん)
何となく分かっていたが、ジンの探知能力は索敵魔法なんだろう。
私が使えば手間は減るが、ジンが開放しないという事はまだ私には早いという事か。
大丈夫。
それなら視認後、私が適切な位置を見つけるから。
(了解だ。ならばそのまま直線で300m進め。そうすれば右50m、その奥10mにいる)
ありがと。
あ、それと風か水系統で開放出来る攻撃魔法ある?
走りながらジンに確認してみる。
別に魔法を使わなくても、倒せると思うのだが万が一に備えて準備しておきたい。
(どちらもあるが、風刃の方が射程距離は長い)
その場に留めて置くなら?
(創造水だな。ただし、これは攻撃力はほとんどないぞ)
風切りに纏わせて使うなら?
(なるほど、そう言う事か。ならば、俺は風の精霊だと答えよう)
りょーかい。
私が思い描くのは魔法剣。
風を刃に纏わせて攻撃力upに、念じれば放てるすぐれ魔法技術だ。
先程ジンが私に与えたヒント「今のお前なら」が導いた答えだ。
前の私になくて、今の私にあるものは剣しかない。
ぶっちゃけこの答えしか無かった。
それならストレートに伝えろよ…と、思うのだが、考えるという行為が必要だと判断したのかも知れない。
(普通ならまず詠唱して魔法を何度も使い、イメージを固定するというプロセスが必要だ。だがお前は魔力か十分にあり、足りないのはイメージの固定だけだ。そこを俺がフォローする。お前は入ってきたイメージをもう1度トレースして思い浮かべるだけで発動する)
無詠唱で魔法が使えるって事ね。
(…リナ、ストップ! 獲物が動いたぞ)
動いた? 離れたの?
(違う逆だ。気づかれた、来るぞ)
待機して戦わないんじゃなかったの?
話しと違う行動に違和感は拭えないが、逃げずに向こうから来てくれるなら好都合だ。
私は足を止め、風切りの刃が地面と水平になるように構えた。
神薙流に構えはない__以前、元旦那に言った事があるが、型を使う場合は別である。
神薙流剣士が構えた時に突っ込んで来るの事の愚かさを教えてあげる。
「神薙流一乃型『一閃』っ!」
一閃は伯爵様のオブジェを斬り裂いた時に使った横薙ぎの一撃だ。
単なる横薙ぎの剣と違う所は、正確さと剣速。
一切の無駄な動作を省き最速、断面に一切の波を残さない正確さ。
その威力は喰らった魔犬が絶命寸前に理解したことだろう。
「うぅぅぅ〜」
追随してきた残りが、私を見て威嚇するように唸るものの一目で分かる。
決して退く事のない魔犬が及び腰になっている事を。
本来の役目を思い出し、且つ圧倒的な力の差を本能で感じ、逃げ出すタイミングを見計らっているのだ。
けど残念。
逃げた時が貴方の最後よ。
まあ逃げなくても……
私が一歩、魔犬に向けて進むと同時に逃げ出す。
その瞬間に刃に魔法を乗せた一閃を繰り出す。
一閃の威力が乗った風刃は、逃げる勇猛犬を追随しあっさりと斬り裂いた。
「ふぅ」
初めて生物を斬った所為か、それともブランクの所為か。
それは私では分からない……が、確かに言える事が一つあった。
確かな手応えがあったとしても戦場で気を抜いた私は未熟者であるという事だ。
(リナっ! まだだ)
脳を駆け抜けたジンの叫びに体がビクっと震える。
次の瞬間一体目の魔犬の死体から、黒い影が飛び出し走り抜けた。
「なに!?」
(影犬だ。アイツが本当の待機係だったんだ)
「そんな」
(惚けるな、追え!)
ジンの叱責に押されて私は走り出す。
ジンの索敵魔法ならアレを追える諦めてはならない。
そう思いながらも、失策に胸が締め付けられた。
(スマン、俺の所為だ。アレを探知出来なかった)
違う、責任は全て私にある。
思えば注意するべき事柄はあった。
勇猛犬が12匹居たのだ。
もっといてもおかしくないと考えるべきだった。
何故、待機のはずの勇猛犬が襲ってきたのか?
疑問を感じたのに放置したのは私だ。
最後まで気を張っていればあの影犬が逃げ出した時に反応出来たはずだ。
「ジン、頼まれてくれない?」
(お前……)
「私に掛けてる身体能力向上最大限まで引き上げて。それとその魔法を開放しなさい。これは命令よ」
(やはり気づいていたか)
当たり前だ。
筋力の足りなかった私がこんなに軽々と剣を振り回せるはずがない。
聖剣は私だけ使える? ある意味そうだが、一般的にはそんな事は有り得ない。
だってエリーゼが剣を振って、威力が乏しいと言ってたのだから。
(今で限界まで引き上げているんだぞ)
「私は最大限って言ったわよね?」
(分かった。それと風精霊譲渡を開放する)
「それが身体能力向上の魔法?」
(いや、速度向上特化だ。全体能力向上は今のお前では絶対に使えないそちらは俺が管理する。これが最大限の譲歩だ)
OKありかと。
威圧する為にわざと出していた声を心の声に切換えて私はジンからのイメージを受け取った。
「3秒で片付ける。風精霊譲渡!」
十数秒先を行く影犬に向けて、私は弾丸のように突進した。