1.プロローグ
私、神城美利奈。
27歳、現在独身。既婚歴有りの所謂バツイチの淑女だったはずだ。
何故はずだったと疑問を呈しているのかといえば、鏡に映る自分の姿がどう見ても十代半ばの巫女の衣装を身に纏った少女であるからに他ならない。
ぶっちゃけアンタ誰って? 周りをキョロキョロしながら叫んでしまいましたよ。
よくよく見れば、何となく若い頃の私の面影はあると思える。
けど、化粧をした私が私の中で定着してから数年隔てた今、この鏡に映る姿が自分であると確信が持てない。
試しに頬をつねってみたりしてみたら、鏡に映る娘もしっかり動いて頬をつねっている。
そして、指に力を込めると結構痛い。
つまるトコ、これは夢でもなければ鏡に映ってるのは私だって事を証明してる。
おーまいがっ! なんてこったって叫んでもいいのだが、日本生まれの純粋培養された日本人である私が伝説の叫びを発する機会などそうそうないと、アメリカンナイズしてみました。
……結構余裕あるじゃん。
多分だけど、ここに私以外の誰かがいたら間違いなくそう思う事だろう。
しかし…いやいやいや、私めっちゃ混乱してますから。
今まで経験した事ないくらい動揺してますから。
リアルでどーしてこーなった状態だよ。
んん、使い方合ってるのかな? どーしてこーなった。
自分の名前や過去の出来事は鮮明に出てくるのだが、直近の事となると頭の中に霞が掛かったように出てこない。
一過性全健忘の症状に似てるように思えるが、それにしては私の理解力が追いついてい過ぎる様な気がするし。
私は今のこの状況が全く理解出来てない事を理解してる。
故にこうしてオロオロしてる訳だ。
一過性全健忘なら理解してない事すら理解出来ないでいる…と、思うんだけど違うのかしら?
うん、諦めよう。
私は医療従事者じゃない、医療に頼る側の一般人なのだ。
過去に記憶喪失を経験してるでもなく、拙い医療知識をフル活用したって分かる訳がないのだ。とは言え、このまま無の境地へ到達しても何も変わらない。
だから、私はジッと鏡を覗き込んだ。
ここにある少ない情報の中で唯一確信が持てる事案は、鏡に映る女の子が昔の自分であるかないかだ。
それが分かるだけで得られる情報が増える。
もし間違いなく昔の自分なら、私はタイムスリップしたかはたまた若返ったかの二択になる。
それに、冷静になって考えてみれば判断材料は顔だけじゃない。昔から変化のない特徴、例えば……。
ちょっと恥ずかしいけど、ええい女は度胸っ!
白衣を左右に開きサラシをえいやと放り投げ、上半身をはだけさせると。
だっだーん、ぼよよんぼよよん。
そんな擬音が聞こえるかのように飽満なおっぱいが露わになった。
……うん、これ私じゃないや。
右乳房にある3つの黒子を確認しようとしたのだが、その確認の必要がないほど立派なお胸が。
何だろう自分の事なのに凄い敗北感が。
一応、前の私にだってそれなりの大きさがあった。
まあ、C程度だけど…。
けど、この胸は小さく見積もってEはある。
それでいて年齢は見た目16歳くらいなのだから、もしかするとモンスターと呼ばれるモノに育つ可能性すら残している。
チッ! こんなモンのナニがいいのか? おっぱいなんぞ子を成した時に乳が出ればそれだけでいいんだよっ!
昔、とある男が街ですれ違うウシ娘達に鼻の下伸ばしてたのを思い出し、なんかムショーにイライラしてくる。
んっ? あ、あれ、何か引っかかる。
私は別に乳にコンプレックスを持ってた訳じゃない。
あの男がその他乳に目を奪われても、トータルで女の魅力が勝っていれば良いってずっと思ってた。
それなのに何で自分の乳に嫉妬しているのだろう?
デカくて邪魔なもんなどなくて良いのだ。あった事で忌々しく思っても敗北感を覚える必要がない。
__もしかして、そこ私忘れてる?
大切な事の予感があったのだ。
だから、ここで考え込んでしまったのは私の所為じゃない。
例え、上半身丸出しであっても。
例え、誰かがこの場に現れる可能性を失念していたとしても。
私には一切非はないのだ。
ただ恥をかくだけで…
「ミリーナ様、領主様が……」
「が?」
ノックをして返事を待たずに入って来た、耳の尖った金髪碧眼の美人さんが口をパクパクさせながら絶句してる。
うん、尖った耳がとってもファンタジーって。
おいおいおいおいまさかこれ…もう旬は過ぎてるでしょ? こんなん今更でしょ…ヤメテヨ。
「な、な、な……なんて格好をしているのですかっ! それ自慢ですか? 自慢ですね。敵認定しますよ」
いや、後半違う事で怒ってるでしょ。
凄く理知的な顔してるのになんかダメ感がパないなこのエルフの人。
「落ち着いて、ちょっと確認したい事があって脱いだだけよ」
敵対心剥き出しのエルフとはいえ相手は女性だ。なら恥ずかしがる事など何もない。
エルフに見せつけるように胸を張る。
ぼよよんと揺れる胸を親の仇のようにエルフが睨みつけるが気にしたら負けだ。
「入って来たのが私じゃなかったら一体どうするおつもりですか? そんな狂気ぶら下げて殿方に見られたらもぎ取られますよ。いや、いっそもぎ取られて下さい」
うーん、何処から突っ込んだものか。
明らかに凶器じゃなく、狂気って言ったわよね? そんなにこの乳が憎いのか?
「別に見られて減るもんじゃないし、邪魔だから減るなら嬉しいし」
「欲情した輩に揉まれて増えるのが問題なんですっ!」
「そこっ!? それに迷信じゃ……」
「実際、大きくなったやつがいるんですぅ」
ですぅ……って。
正直このエルフさん、若干目つきが厳しいものがあるがトータルではトップクラスの美女だろう。
乳の大きさなんて大した問題じゃないはずだ。
まあ、性格諸々に難が有りそうではあるが……。
「だったら貴女も揉まれてみればいいじゃない」
「貴女がそれを言いますか? 散々弄んでおいて」
は? えっ? ええ……。
ジッと向けられる視線に耐えられそうにありません。
ああ、これマヂのヤツだ。一体、私はナニをシテキタンダロウ…。
「それは何ともゴメンナサイ」
「今更謝る? ミリーナ様何か変ですよ。口調も変ですし、なんか雰囲気が大人びて。大人になるのは乳だけ……コホン、どうなさったんですか?」
彼女は訝しげな表情を浮かべ私を見ていた。
「あ、うん、えっとねぇ……」
馬鹿正直に言っていいものなのだろうか? けど、今の私には頼れる者もいないし。
性格は兎も角、彼女からは嫌な感じは受けない。それならば、
「実は、記憶が無くなっちゃったみたい。てへっ」
「は?」
「だから、私が何者なのかも、ここが何処なのかも、勿論、貴女が誰なのかも全くなーんも分からないのよ」
「あらあら、うふふ……って、冗談は止めて下さい」
まあ、普通なら冗談だと思うわよね。
「神に誓って大マヂメよ。にっちもさっちもいかなくてホントに困ってたトコなのよ。で、貴女は一体誰なのかな?」
「そんな事……でも、こんな事冗談で言う人じゃ……ならこれまでの事も忘れて……」
初めて人が半信半疑から疑に移り、そこから信に至り絶望するという表情の移り変わりを目の当たりにした。
ただ私にとっては重要な事だけど、人一人の記憶がなくなるなんて他人にとって絶望する程の事なのかな?
言葉遣いから従者的な存在であると推測出来る。そして従者を持てるなら私はそれなりの地位にいるのだろう。
なら出世に関わるから?
いいえ、そういう事なら記憶を無くした事に託けて恩を売りまくれば良いだけの話だ。
一体、どうして?
正直に言います。聞かなきゃ良かった……。
一応、十万字程度で完結を考えています。
本日4話まで投稿します。
明日から2週間くらい毎日20∶00に一話づつの予定です。
読んで貰えたら嬉しいかな〜。