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09 好きな味と苦手な味




「イクセル先生、これってわたくしも作れるようになりますか?」


 暑くて死んでいたわたしだが、夏の後半は多少生き返っていた。というのも、イクセル先生がわたしのためにと調合してくれた薬の効果が抜群に良かったからだ。調合されたままの薬は苦くて飲めたものではないが、おやつに出して貰うクリームと一緒に喉の奥へと流し込めば、なんとかなるものである。


「君が調合の許可を貰えれば出来ないことはないが」

「分かりました。今日の夜にでもお父様に掛け合ってみます」

「出来るのかね?」

「可愛い娘の命が、夏という魔物に連れ去られてしまうとお願いしてみます」

「ふむ」


 今までは年齢を理由に調合を禁じられていたが、教師がついた今なら許可も出そうなものである。今は薬草大全を読み解きながら、組み合わせて効果が出る薬草や主にどのあたりで採取しやすいかといった座学のみを教えて貰っているけれど、これで許可が出ればやれることはもっと広がるだろう。一人で薬草大全を読んでいる時も楽しかったが、イクセルから教わることはもっともっと楽しかった。


「イクセル先生、このお薬はどうやって作られているのですか? 使っている薬草はなんとなく分かるんですけれど」

「何を使っていると思うかね?」

「リュートフィードとコネクロが入っているのは分かります。あと、多分ですけれどアズィーシャも入っているのではないでしょうか」

「全部正解だ。それに加えて、ブラクーリとバイーテも使っている」

「その二つはまったく思い付きませんでした」


 リュートフィードとコネクロは夏バテに効く薬草として、一般的に広く知られている。アズィーシャに関しては、前に飲んだアズィーシャ茶の匂いが薬の中にあるなあくらいの感覚で殆ど勘だったから、当たっていて逆にびっくりしたぐらいだ。


「ブラクーリは身体の中の機能促進に、バイーテはその中でも胃腸を助ける効果がある。君の場合は暑さと共に食事量が減ったと聞いたからな、まずはそこから改善していかなくてはならない」

「なるほど。因みに、アズィーシャにはどのような意味合いが?」

「君が以前出してきたサバがあっただろう」

「顔合わせの時にお出しした紅茶ですね」

「ああ、あれと同じ効果がある」

「精神安定ですね?」

「その通りだ」


 単体では美味しい紅茶なのに、どうしてあんな強烈な味になってしまったのだろうか。組み合わせって本当に怖い。


「作り方によっては魔力を用いる場合もあるが、これに関しては分量さえ間違わなければ誰にでも作れる。調合の許可さえ貰えれば君でもすぐに作れることになるだろう」

「わたくし、お父様の説得を頑張ります!」

「作り方は許可を取れたら教えよう」

「ありがとうございます!」


 他にも、夏によく見付かる薬草を教えて貰いながら、今日の授業の時間は過ぎていった。



   ***



「リズマリアは最近ちゃんと食べられるようになったのね」


 夕食の席で、エメリーヌが嬉しそうに声を掛けてきた。オーギュストは領内の視察で帰りが少し遅くなるらしく、不在だ。調合の許可を得るのは明日以降になりそうだ。兄のアルフレッドに関しては、中央で働いているためここには普段戻ってこない。魔獣を駆れば一時間程度でローランサン領まで戻れるとはいえ、毎日二時間の往復は面倒だと言っていた。


「そうなのです、お母様! イクセル先生が調合してくださったお薬が効いているのです」

「それは良いことね。毎年夏になる度に貴女の顔色が悪いものだから今年も心配していたのよ」

「先生のお薬以外にも、料理長に食べやすいお料理を作っていただいたりしたので、今年は比較的に軽いのです」

「その件はソフィーから報告を受けていてよ。冷たいパスタだそうね」

「はい、暑い夏にはとても食べやすいものです」

「まったく。冷めた食事を口にするなんて、貴女は貴族の娘としての自覚が足りないのではなくって?」

「それは……」

「……と言いたいところですけど、ここ最近の暑さには私も辟易としているのよ。明日のお昼は私も同じものを頼んでみようかしら」

「お母様がお嫌でなければ是非……! 料理長オリジナルがいくつかありますので、きっと気にいるお味があると思います!」


 最初はわたしが提案したカリナオイルに刻んだナッシュだけだった冷静パスタだが、思ったよりそれを気に入ったオットリーノ(話をするようになってから初めて知ったのだが、料理長の名前はオットリーノと言うらしい。全然おっとりなんてしていないけれど)が、すぐにいくつもの冷製パスタの皿を考案してきた。元々がパスタの国と呼ばれているブカティーニ領出身なだけあってパスタへの愛が深い彼は、『冷たくても美味しいパスタ』ではなく『冷たいからこそ美味しいパスタ』への拘りが半端なかった。創作料理を生み出すことが趣味だと聞いていたから、だからこそというのもあったかもしれない。


「では後でオットリーノにお願いして、明日はお母様が好きそうなお皿を用意させますね。ソフィー、後でオットリーノに部屋に来るように言ってくれる? 明日のランチの打ち合わせをするわ」


 エメリーヌはどの味わいを好むのだろうか。オーソドックスにカリナッシュ(カリナオイルとナッシュが長くて省略した)も良いけれど、大人の味覚にはティク(ほうれん草みたいな緑葉のお野菜だ)のクリームパスタも良いかもしれない。いっそのこと、何種類か用意してもらって、小皿に少しずつ取り分けて食べるのはどうだろうか。そうなれば、早めにオットリーノと打ち合わせをしなければ!


「お母様、わたくしはこれにて下がらせていただきます。明日のお昼を楽しみにしていてくださいませ」


 就寝の挨拶をして食事の間から下がり、急いで部屋へと戻った。数分後、ソフィーに連れられて部屋へと入ってきたオットリーノの顔は、それはそれは嬉しそうな顔をしていた。



   ***



「まあ、こんなにも種類があるのね」


 どれを用意しようか迷った結果、エメリーヌが好みそうな味を何種類か用意して、すべてを少しずつ皿の上へと取り分けた。一種類で判断されるよりも、いくつか比べてみてから考えて欲しかった。


「お母様、右から順に説明しますね」

「ええ、そうして頂戴。これだけあると何がなんだか分からないわ」

「まず一番右がわたしが提案したカリナオイルとナッシュのパスタです。カリナッシュって呼んでいでます。サラダに用いる野菜と一緒にすると、サラダ感覚としても美味しくいただけるものです」

「あら本当。ナッシュの酸味がカリナオイルと合うわね」

「次に、これは擦り下ろしたティクのクリームパスタです。冷やすことによってティクの苦味が出てきます。わたくしにはちょっと大人の味すぎましたが、オットリーノが言うには男性に人気があったそうです」

「そうね、この味はオーギュストが好きそうだわ」


 それは嬉しい情報であるが、エメリーヌ自体はあまり好まなかったらしく、フォークは一口で止まっていた。


「その次が、レシーのバジルパスタです。お母様はバジルがお好きでしょう? これはお口に合うと思ってますの」


 レシーとは、前世でいうところの海老である。簡単に言えば、海老のジェノベーゼパスタだ。前世では、海老もジェノベーゼも、女性には人気の高いものだった。かくいうわたしも、そのどちらをも好きだ。それにオットリーノが言うには、レシーとバジルが組み合わさった料理の時はエメリーヌが皿を残すことは殆どないとのことだった。きっと、気に入ってくれると思う。


「あら、美味しい。レシーも刻みが入っているのね。バジルソースとよく味が絡んでいて食べやすいわ」


 オットリーノの前情報通り、エメリーヌはレシーとバジルが好きなようで盛り分けた分は早くも空になっていた。嬉しい限りである。


「お母様、次のパスタですが、これはもしかしたらお口に合わないかもしれません」


 次のパスタは、前世で言うところのアジアの香辛料を使った一品だ。前世の頃はアジア系統の料理に倒錯しすぎて、自宅に豊富な種類の香辛料を揃えていた。リズマリアとなった今でもその味覚は変わらず、オットリーノが東の香辛料を持っていると聞いた時は、思わず詰め寄ってしまってドンびかれたぐらいである。


「東の方の香辛料を使っていますの。わたくしはこのような味が大好きなのですが、どうも人を選ぶ味のようでして……」


 レモングラスのような味の香草をまぶしてあり、気分的にはトムヤムクンだ。これにパクチーを乗せたら文句なしで花丸百点なんだけど。


「東の味がするわね」


 感想はそれだけだった。どうも好きではないようだ。はい、次!


「最後が、キノコとマリフィッシュのパスタです。キノコは一度ソテーして味をしみ込ませてます。マリフィッシュは茹でた後に解して、パスタと絡みやすいようにしてあります。海の幸と山の幸の組み合わせで、これもきっとお母様のお口に合うと思ってます」


 簡単に言えば、ツナパスタのキノコ添えである。キノコは、しめじやえのき、しいたけのように複数の種類を使ってソテーしてある。種類が違うキノコが故、歯応えの違いを楽しめる一品だ。味付けはシンプルにカリナオイルと塩胡椒のみだが、キノコのエキスが滲み出ていてとても美味しい料理となっている。お酒飲みには、このキノコソテーだけでも最高だと思う。早く大人になりたい。


「これもなかなか美味しいわね」


 一口で終わったトムヤムクン風の後だったから、エメリーヌが何口も食しているのが嬉しかった。


「これで、本日用意させた冷製パスタは以上です。お母様のお口に合うものがありましたらお皿を用意させますが、如何でしょう」

「そうね、バジルのパスタをもう少しだけ頂こうかしら」

「お口に合ったようで嬉しいです」


 これは後で、オットリーノへ嬉しい報告が出来そうだ。パスタよりもパンが主流のローランサンではこのような料理は受け入れられないかもしれないと懸念していたが、エメリーヌの中での評価は思っていたよりも上々なようで、ほっと小さな息が漏れた。思っていたより、わたしは緊張していたみたいだ。


「それにしてもエメリーヌ、貴女どこでこのような料理を?」

「暑くて死にそうで、何か冷たいものが食べられないか考えた結果の産物です」


 前世でよく食べていました、なんて言えるわけがない。


「冷たいスープの件もソフィーから聞いていてよ」

「そちらもですか!」

「これだけ美味しく頂いたのだから、今更咎めることはしないわ。けれど、私達も立場というものがあるのです。あまり外で公言しないように」

「……実はセレスティーヌには手紙で自慢してしまいました。そのお返事に、食べてみたいから近いうちにここに来ると」

「セレスティーヌなら問題ないでしょう。日取りが決まったら教えて頂戴」

「わかりました」


 今この時は。

 わたしもエメリーヌも、そして手紙を返してくれた従姉妹のセレスティーヌも。この冷製パスタを巡って大きな騒動になるとは、知る由もなかったのである。




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