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06 顔合わせ(人)と顔合わせ(魔獣)




「ソフィー、わたくしはきちんとハンカチの刺繍を完成させました!」


 つまりは、早くオーギュストから外出許可をもぎ取ってきて欲しいという、わたしなりの最大の主張である。


「勿論、既にオーギュスト様から承諾を得てきましたよ」

「流石! 出来る女ね、ソフィーは! さあ、早速向かいましょう!」

「リズマリア様、外出にあたっていくつか条件を預かってございます」


 いったい、どんな条件だと言うのだろうか。今のわたしなら、どんな条件でも飲める自信がある。それだけ、外出への熱意は燃え滾っているのだ。なんてったって、薬草大全と森がわたしを呼んでいる!


「これはオーギュスト様だけではなく、エメリーヌ様の同意あっての条件です」


 ソフィーの言う条件を要約すると、わたしを放置するとどんなことをしでかすか分からないから、見張っておく為に薬術専門の教師をつけることにしたということだった。しかし、それはわたしのその他の成績次第。オーギュストからは、薬術以外の座学の成績を落とさないこと。エメリーヌからは、刺繍やダンスレッスンなど、いわゆる令嬢としての嗜みのレベルを今以上に上げること。それが外出許可の条件だった。因みに、それさえクリアしていれば薬術の授業に充てる時間を増やしても構わないらしい。だが、その条件が一定レベルを下回った瞬間に、薬術の教師は即解任、そして自由な外出もそこで終了するということだった。


「やります! わたし、やれます!」

「リズマリア様なら即決なさると思いまして、すでに教師も手配しております。最初の顔合わせは明日の予定ですので、さあどうぞ、本日の刺繍は今まで以上に気合いを入れて臨んでくださいませ」

「キャー! ソフィー出来る女! 最高!」

「リズマリア様、お言葉が崩れておりますよ。お気をつけください」

「あっ、ハイ」


 記憶が混ざって以降、どうしても口調が軽いものになってしまう。気を付けないと。やっと、やっと、薬術に触れることが出来るようになった。ある意味リードをつけられたようなものではあるが、独学で触れていた時と違って方向を示してくれる人がいることが、何よりもわたしの気持ちを跳ね上げた。オーギュストとエメリーヌには、定期的に刺繍入りのハンカチを贈って機嫌を損ねないようにしておこうと思う。ついでにアルフレッドにも。見方は多いに限る。わたしは出来る子、わたしはやれる子、出来る子、やれる子……と自分に暗示を掛けながら、それはもう今まで以上に必死になって今日の分の刺繍に取り組んだ。おかげで、ソフィーから初めて刺繍時間の評価として六十点を貰えた。もちろん満点は百点だが、初めて自分の力だけで半分の点数を超えられたのである。今までの最大点数四十八点を考えれば、目の前にぶら下がった人参の威力は絶大だった。



   ***



「お初にお目に掛かります、わたくしリズマリア・ローランサンと申します」


 わたしに出来うる最大限の丁寧な挨拶、ということでカーテシーをもって先生を出迎えた。このお辞儀は、ゲーム内スチルでも描かれていた通り、この時代の女性の挨拶として使われていた。バランスが必要な挨拶で、このカーテシーの形が綺麗であることが令嬢のスキルとしてレベルが上と見做されてもいる。幼き頃よりのエメリーヌからの教育で、わたしのカーテシーはそこそこ見れる形を作れているとは思っている。


「ご丁寧な挨拶をどうも。私はイクセル・ルーベンソン。好きに呼んでくれて構わない」

「それではイクセル先生と。先生、この度はお引き受けくださり、ありがとうございました」


 今日は顔合わせのみということで、挨拶を交わしたあとはテーブルについてこれからについて話していく。他の授業の場合、方針決めはオーギュストやエメリーヌが担っていたが、薬術に関しては好きにして良いと言われていた。


「わたくし、薬草に関しては知りたいという気持ちだけで、分からないことも多いのです。ですから、最初は初歩から教えて頂けると助かります。あと、今までは煎じたりなど実技に関しては禁じられていたのですが、イクセル先生が見ている範囲内であれば、行っても構わないと許可を得ております。あ、今お飲み物をご用意致しますね」


 予め用意していた紅茶をイクセルの前に出せば、彼はその匂いだけでこれがサバ茶だと当ててきた。茶葉を言う前に当てられたのは初めてて、少しだけびっくりした。

 

「匂いが少ないと言われるサバ茶を当てられるなんてびっくりしました。イクセル先生もサバをよくお飲みになられるのです?」

「良く飲むと言えば飲むが、茶葉にしてではなく、サバ自体をそのままということが多いな」

「サバは薬術にも良く用いられますしね」

「そうだ。君はサバについてはどう思う?」

「サバ、ですか? そうですね、個人的には万能薬だと思っています。人間睡眠を取らないと不安定になってしまうでしょう? サバは薬草だけではなく、紅茶としてでも安らぎを与えてくれるので、もっと広く知られるといいなと思っております。ただ、乱用してしまうと一種の麻薬のようにもなるのでその辺りも含めての周知が必要ですが」

「そうだ。薬草は薬になることが多いが、扱いを一つ間違えれば毒にもなる。そこを履き間違えることがないよう、気を付けていきたまえ」

「ありがとうございます」


 初手の受け答えとしては、ある程度の評価を頂けたらしい。授業の回数は初回の顔合わせで決めると言われていたため心配していたが、無難に週二日の時間を頂戴することが出来た。普段は中央にある学術院で、上級生向けの講義と研究を行なっているらしく、移動時間を考えての週二日だった。


「イクセル先生は魔獣を使役していると伺ったのですが、どれを捕まえたのでしょうか」

「何年か前に拾ったマグノーランだ」


 この国では、ある程度の魔力を持っている者は、魔術を用いて魔獣を使役することが出来る。しっかりとそれを手懐ければ、馬車よりも手軽に行き来することが出来る手段の一つとして使うことも可能だ。質にもよるが、トップレベルのスピードを誇る魔獣であれば中央からここローランサン領まで一時間も掛からずに移動出来るらしい。使役を得意とする人達はそのスキルを使って運送屋を営んでいたりもするぐらいだ。魔法郵便は手紙や荷物の転送は出来るが、命あるものに関しては一切の転送が出来ない。そのため、急いで移動したいけれども自身で魔獣を使役していない者が、この運送屋を領することが多かった。魔術を使えば使役することは比較的すぐに出来るが、その魔獣の維持が問題となってくる。場所も必要だが、費用もかなり掛かってくる。そのため、魔力があったとしても使役しない者が多い。頻繁に移動する者でない場合、その維持費がデメリットとなってしまうのだ。それならば、移動する時だけ運送屋を雇う方が断然お得にもなるのである。


「マグノーランと言いますと、かなり気性が荒いとも聞いたことありますけれど、そのスピードは随一だとか」

「よく勉強しているな。その通りだ。彼女は初見の人間をすぐに威嚇してしまうところがあるが、誰よりも早い。そこが気に入っている」

「いつかお会いしてみたいですね」

「なら、今見に行くかね?」

「え?」

「どうせ何度も顔を合わすのであれば、早めにマグノーランに顔を覚えさせた方が良いだろう。そこの、案内したまえ」


 イクセルはカップの中身を一気に飲み干すと、部屋の端へと待機していたソフィーへと声を掛けた。どうぞこちらへ、と直ぐに案内してくれるソフィーは有能だ。


「リズマリア、と言ったな。君は魔獣は持っているかね?」

「わたくし個人の魔獣は所持しておりませんが、ローランサン家としての魔獣ならおりますので、普段はそれに乗っています」

「ふむ」


 魔獣は使役した人間と、その主が許可を出した人間しか背に乗せてくれない。わたしはいつも、オーギュストが使役した魔獣に乗っていた。回廊を進み、騎士訓練場の側にある魔獣舎へと赴く。ここでは個人所有の魔獣と、ローランサン家が所有する魔獣、また来賓が乗ってきた魔獣も、同じ場所で一律に管理をしている。使役されている間は人を襲うことはないが、元が人を襲う魔物である。そのため、魔獣の管理は国から徹底されていた。契約者が側を離れる時は、必ず鎖で繋がなくてはならないという決まりが課せられている。


 イクセルは魔獣舎で待機していた使用人へと声を掛け、自身の魔獣を表に連れ出させた。


「綺麗な毛並みですね」


 イクセルが使役したというマグノーランは魔獣図鑑で見た絵と同じだった。前世でいうところのペガサスに似ている魔獣だ。全体的な毛色は深い森を思い出させる緑だけど、翼の先にいくにつれて濃い緑へと切り替わっている。瞳は胡桃のような形をしていて、透き通ったその金色が美しかった。思わず、溜息が漏れてしまう程だ。マグノーランは大きな翼を何度か上下させて、こちらを見ていた。さざめく波に写った月がその大きな瞳の中にあるかのようで、見ているだけで吸い込まれそうだった。

 

「美しいであろう」

「ええ、とても」

「そのまま目を合わせていろ」


 マグノーランはその後何度か翼をはためかせてこちらを見ていたが、暫くして目線を落とすと静かに首を垂れた。


「彼女は君を私の知り合いだと認識した。これで近付いて飛べるようにもなるだろう」


 なるほど、そのための顔合わせだったのか。ということは、いずれは室内での授業ではなく外での課外授業も行ってくれるということなのだろう。どんな授業になるのか、それが今からとても待ち遠しい。


「薬草大全を持っていると言ったね」

「はい、十になった生誕祝いとして、プレゼントして頂きました」

「暫くはそれを用いて授業を行う。他には筆記具だけ用意しておきたまえ。それ以外はこちらで用意する」

「こちらで用意しなくて良いのですか……?」

「構わん。下を育てるのも上の務めだ。それにその歳から薬術を知っていれば、良い薬術師にもなるであろう」


 イクセルの言葉は、わたしにとってとても嬉しいものだった。しかし、己の進む道の選択肢が殆どないことをわたしは知っている。


「ですが先生、わたくしは将来……」

「君の事情も把握している。肩書きは違えど研究はどこでも出来るものだ。今は好きなように励むが良い」

「ありがとうございます……!」


 その言葉は、わたしにとって心を満たしてくれる一言だった。先の見えない将来だったが、少しだけ光が差したような気がしてわたしはイクセルに心からの感謝を述べた。




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