05 お茶会と思いつき
ご機嫌よう、と順々に友人たちに挨拶をしていく。今回はローランサン領内の近場の友人のみに声を掛けたために、出席率百パーセントだ。出席に記録の付かない非公式ではあるものの、こうやって来てくれるのは嬉しい限りだ。一応の形として「お招きありがとう」「来てくれて嬉しいわ」を繰り返していく。特に仲の良いフェリシエンヌの姿が見えた時はお互い手を叩き合って喜んだが、ソフィーに無言で窘められてしまったので、それ以降は大人しく挨拶を続けた。ネモを食べて寝込んだとはあまり公にされておらず、一般的には体調を崩して寝込んでしまったとだけ告げていた。そのため、お身体はもう大丈夫ですの?とは言われたが、それ以外の言葉はなかった。フェリシエンヌだけは、また変なものを食べたのではないでしょうね、と言ってきたから、流石は長い付き合いの友人なだけはある。
全員が着席した後、ソフィーに目配せをして茶を振る舞う。
「本日は南の方から取り寄せたサバの茶葉にしてみました。優しい味わいだから、きっと皆さんのお口にも合うと思います。わたくしの、今一番のお気に入りなのです」
会の主催からの声掛け(今回で言えばわたしがそうだ)があり、そこで全員がカップに口を付けてからがお茶会のスタートである。正式なお茶会だともっと手順を踏むが、今日は非公式であるためかなり簡略化している。客側もそれを受け入れているため、全員がカップをソーサーに戻すと一気に会話がスタートした。
「リズ、最近は寝込むことなんてなかったのに、びっくりしたわ」
「わたくし、三日は目を覚さなかったんですって。ちょっと笑っちゃうわよね。そういえば貴女が贈ってくれたラザーベリー、ジュースにしてもらって毎日美味しく飲ませていただいたの。ありがとう」
「寝込んだ時はベリーの中でもラザーが一番身体に良いとお母様から聞いたから、急いで用意させたのよ!」
「ふふ、それお父様も同じこと仰ってたわ。流石兄妹よね」
すぐに声を掛けて来たのは、隣に座った従姉妹のセレスティーヌだ。オーギュストの妹を母に持つ彼女はわたしと同い年で、生まれた時からほぼ一緒に育ってきた。リズマリアをリズと呼ぶことを許している数少ないうちの一人だ。家族も、正式な場ではリズマリアと呼ぶが、砕けた場ではリズと呼ぶことも多い。
「それにしても早く良くなって安心したわ。昔の貴女だったら十日は寝込んでいたもの」
「少しは丈夫になったと思いたいところね。そうだと良いんだけれど」
魔力が通常より高いと言われる子供は、自分の中にある魔力の扱いに慣れるまで熱を出しやすいという。魔力量が桁外れに多いオーギュストに、魔力の扱いが抜群のエメリーヌ。そんな二人から生まれたわたしも、まあそれなりにはそこそこの魔力量を誇っていたわけで、例外なく魔力に負けて寝込むことが多かった。
「それだけ魔力を持っていて、リズマリア様はどうして魔術の道に進まないのかしら」
……出た。ドゥニーズ・ドゥヴィレがテーブルの奥から声を掛けてきた。彼女の家であるドゥヴィレ家は別名『北魔女の一族』とも呼ばれていて、その名の通り主にローランサン領の北に居を構えている者が多い。生まれる子は殆どが女子で、男子が生まれることは稀、それでいて皆一様に高い魔力を持ち、魔女になることが一番の誉れだと教えられて育つ。余談だが、皆似たような名前をしているので、顔を覚えても名前を覚えるのが非常に大変な一族でもある。とまあ、そんな環境の中で育ったものだから、魔力あるわたしが魔術の道を選択しようとしないことがドゥニーズには気に食わないらしい。まるで神への冒涜とでも思っているかのようで、ことあるごとにわたしに絡んでくる。目が合ったら絡まずにはいられない、一昔前の田舎のヤンキーのごとく、だ。それさえなければ良い子なのに。
「ドゥニ! 今日はそれは言わない約束でしょう!」
同じく、北魔女の一族に属するデルフィーヌ・ドゥヴィレがドゥニーズを嗜めた。彼女はドゥニーズの一つ上で、次のシーズンから学術院に進むことが決まっている。北魔女のドゥヴィレの一員として、おそらく基礎コースの後は魔術コースに進むに違いない。ドゥニーズはその育ちのせいか、どうしても魔術師以外を下にみるきらいがあったが、デルフィーヌはそうではないらしく、いつも突っ走るドゥニーズを諌めていた。ドゥニーズの育った環境を考えれば、致し方ないことかもしれないけれど。因みに、ドゥニーズとデルフィーヌは同じ姓ではあるが、姉妹ではない。ドゥヴィレ本筋のドゥニーズ・ドゥヴィレと、傍系のデルフィーヌ・ドゥヴィレ。立ち位置としては変わるが、二人はいつみても本当の姉妹のようだった。
「わたくし達北魔女とは違って、リズマリア様は他領へと嫁ぐ可能性もあるのです。貴女がとやかく言うものではありません」
デルフィーヌは本当の姉のように、いつもしっかりとした理論でドゥニーズを抑える。前世も今世も姉がいないわたしには、それが少し羨ましくも思えた。今世は兄がいるけれど、姉とはちょっと違う。いいなあ。
わたしがローランサンの領主の娘である以上、この領内上位に位置する貴族か、もしくは他領主の嫡男に政略的な意味合いで嫁ぐかの二択になるのだろうと思っている。ローランサン領主を兄のアルフレッドが継ぐことを考えた場合、わたしが婿をとってローランサン領内に残る可能性はほぼほぼないに等しいからだ。
「わたしにとって何が必要であるのか、十分理解しているつもりです。さて、この話は終わりにしましょ。今日はそのような集まりではないのだから」
己の手をパンっと叩き、話題変更を促す。先のことも考えないといけない立場ではあるが、今はまだ子供の立ち位置でいていたい。いくら前世の記憶のアドバンテージがあるとはいえ、立ち位置が全然違うのだから、どのように立ち回れば良いのか分からないことばかりなのだ。というよりも何よりも、ゲームの原作通りに進んてしまえば嫁ぐもなにも、わたしは未来を夢見ることなくゲームオーバーなのである。アウトになる前に、わたしはリズマリアとしての最善の解を導き出さねばならないのだ。何が何でも!
「そうねぇ、リゼット様の屋敷の庭園の薔薇園が見頃だと聞いたから、わたくしはそのお話を聞いてみたいわ」
フェリシエンヌが今までの空気を変えるべく、隣のリゼット・マネに声を掛けた。マネ家は、ローランサン領内でも有数の薔薇園を抱えている貴族のうちの一つだ。交配を繰り返しては新たな品種を開発しており、噂によるとマネの薔薇園でしか咲かない特別な薔薇もあるのだとか。一昨年に一度だけ訪れたことがあるが、その時の咲き誇り具合は今まで一番の庭園を見たと思った程だ。ローランサン城にも薔薇は咲いているが、マネの薔薇には負けてしまう。それぐらい綺麗だった。
「リゼット様、その話わたくしも伺いたいわ。ドゥヴィレの周りでは薔薇を育てているところが少なくって」
「まあ! デルフィーヌ様まで! 皆様聞いてくださる? 実はね、昨年にわたくしが名付けた新しい品種が今年も開花間近になりましたの!」
「それは素晴らしいですわ! どのようなお名前を付けまして?」
「わたくしと兄の名を使って、フェリーゼローズと」
「素敵なお名前ね」
「近くに立ち寄る際は是非ともお声掛けくださいませ! わたくし自ら案内して差し上げます!」
話の途中、リゼットが手作りしたという練り香水がプレゼントとして皆に配られた。凝った細工の小さな入れ物に入った香水の芳しさに、うっとりとする。皆して真剣に匂いに集中しているものだから、少しだけお姉さんになった気分がするわね、と呟くセレスティーヌの声がやけに大きく聞こえた。
「これ、わたくしのお母様が品種改良した新しい薔薇を使っているんですけど、香りの高さが自慢ですの。この薔薇を使った練り香水は来シーズンから売り出す予定でもありますので、是非皆様には使っていただいた感想を広げていただけると嬉しいですわ」
リゼットの商魂たくましくて何よりだ。マネ家の薔薇を使った化粧品はローズシリーズとも呼ばれていて、領内だけではなくその外でも人気を博している。そんなシリーズの最新作を手に入れることが出来るとは、倒れた甲斐あったかもしれない。なんて、口に出したら多分フェルシエンヌに怒られるから言えないけど。ローズシリーズはエメリーヌお気に入りの化粧品でもあるし、後で分けてあげようと後ろに控えていたソフィーに練り香水を預けた。
「それにしても次のシーズンにはもうデルフィーヌ様が学術院に行ってしまわれるでしょう? ドゥニーズ様も寂しくなりますわね」
「そうね、けれどデルフィーヌにはドゥヴィレの一族として頑張って貰わないと」
「もう、ドゥニったら。プレッシャー掛けるようなこと、言わないで頂戴」
フェルシエンヌが少し揶揄うような物言いでドゥニーズへと投げるが、彼女は動じずにサラリと返した。それよりも、デルフィーヌの方が動揺しているぐらいだ。
「ドゥヴィレも中央に屋敷を持ってはいるけれど、北魔女の決まりとして学術院の寮に入らないといけないのよ。今までと違う環境だから準備するものが多過ぎて、今からドキドキしているの」
中央に屋敷を持っている貴族は、寮に入っても入らなくても自由であるが、屋敷を持っていない貴族や平民(領に益が見込める場合、各領推薦枠として平民の入学枠も学術院は設けている)は滞在場所として寮に入らざるを得ない。因みに、中央に屋敷を構えているのは上位の貴族として一種のステータスだと考えられていた。そのため、学術院の寮を滞在先に選ぶということは、それだけで下に見なされることも多かった。実際、原作ゲームの中でも、リズマリアが寮に属したヒロインを見て蔑んでいた。
「あら、わたくしも学術院に行く際は寮に入ろうと考えていたの。お揃いね」
「リズ、思いつきでモノを言う癖やめて頂戴。叔父様が聞いたら泣くわよ」
「お父様には一度言ったことがあるわ。一瞬で聞き流されてしまったけど」
「それはそうよ。領主の娘が何を言っているの」
これ以上は黙っていろというセレスティーヌの圧を受けて、わたしはお口にチャックをした。ふと空を見上げれば、端の方の色が少しだけ変わっている。思っていたよりこの場が楽しくて、時間の進みに気を配れていなかったようだった。そろそろ日も傾いてきましたし、また集まりましょう。そう告げて、わたし主催のお茶会はお開きとなった。