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異世界ファンタジーの下水道事情

作者: さきばめ

 異世界を舞台に、ファンタジー世界を描写していく為の要素は数多くあります。


 剣と魔法。言語に国家。時間や単位。

 衣食住など文化形態。種族から生態系まで多種多様です。


 今回は異世界における下水道事情に焦点を当てて語りたいと思います。


 蛇足になってしまわないかなどの取捨選択はお任せします。

 ただそういった事情に、突っ込んでいかなくちゃいけない場合だったり……。


 俗に言う世界観の構築をするにあたっての、一助となっていただければと思います。



 まず"下水"というのは、排泄物や生活排水などを含めた汚水全般を指します。

 そこに混ざり込んでくる雨水などを含めて、下水と呼ばれます。

 野生ならともかく――人類が文明社会を営んでいく上で、決して切り離せない問題です。


 飲食をすれば排泄する。何かを洗えば汚れ水が出る。

 死ねば腐り流れ出る。化学変化した廃水が漏出する。


 それらを適切に隔離・移動させる構造がないと、生活は酷いものになります。


 環境・衛生面は死活問題です。

 疫病一つで街一個なくなることも、ないとは言えません。

 

 歴史上では栄華にして優雅にも思える時代のフランスのパリ。

 実は汚物まみれだったという話を、どこかしらで聞いたことがあるかも知れません。


 いわゆる曖昧で観念的でもある――漠然とした"中世"をモチーフにし、舞台とした世界。

 ファンタジーな異世界で、下水・汚水処理というのはどういう形態で考えていくべきでしょうか。



 異世界の多くには、"魔法"が存在すると思います。

 面倒なことを考えたくないなら、"魔法"で全てを解決させてしまうのが手っ取り早いです。


 魔法道具を利用した浄化設備。魔法使いによるブラック労働。

 あるいは微生物の群体としての、スライムなどを利用した循環システム。


 裏設定として据えておき、ほんのり触れる程度でも構わないかも知れません。


 しかし現代文明も侮ることはないのです。魔法などなくても下水は処理できます。

 

 魔法使いが希少であったり、魔力やマナが枯渇した世界。

 魔法の発動条件的にやりにくかったり、魔法そのものが廃れた世界。

 

 異世界の数だけ設定があると思います。一考し、お役立てください。



 現在の下水道は、"標準活性汚泥法"と呼ばれる処理方法が主流です。

 泥中に含まれる微生物に酸素を与えて活性化させ、分解させることで綺麗な水にするというものです。


 実は自然に流れる【川】が、その最大の代表例です。

 海に届くまで長い時間を掛けて、汚い水を綺麗にしていきます。


 これを小規模化させて、人工的に酸素を多くして、流入下水に見合った数の微生物を用意する。

 【適切に流して溜める汚水】に対し、【微生物を含んだ汚泥】へ【酸素の供給量】を保つ。


 以上の3つの要素が、適切な割合になるように調節するシステムなのです。

 

 そうすることで、短時間で汚水を処理することが可能になります。

 現代都市に集中した人口とその生活排水、工業化により排出される化学物質等。


 大昔とは比べ物にならないほどの水質汚濁は、こうして処理されています。

 人間は自然から模倣しているのです。よくできたもんです。



 さて世界史を遡れっていけば――

 下水道の最も古くは紀元前5000年頃、メソポタミア文明の古代バビロニアだそうです。 


 そして下水道と処理施設の起源は、紀元前3300年ほど。

 インダス文明のモヘンジョ・ダロに端を発するとも言われています。


 なんともはや、陶製やレンガづくりによる【下水溜め】が各家庭に設けられていました。

 そこから下水渠へと繋がっていたのが、遺跡には残されています。

 しかもそのサイズまでも、ちゃんと流量を計算された上で、それぞれ違う大きさだったそうです。


 さらにはちゃんと「臭いものにはフタ」をされ、暗渠として機能させてました。


 驚くべきは下水道の途中に、なんと沈殿池まで作られていたということ。

 効果的に水と泥を分離させる設計までされていたという話。


 他にも紀元前1700年頃のクレタ文明では、水洗便所が見られたそうです。

 またローマの水道橋などは、画像で見たことある人もいるかと思います。

 現実の大昔にも下水問題ってのはしっかりと認識され、対処されていたわけです。


 

 つまり異世界でも同様のことが言えます。

 魔法がなくても作れるのですから、土属性魔法使いがいれば100人力。

 水魔法で直接浄化などしなくても、自然の力だけで人類は発展してきたのです。


 そもそも微生物や、昆虫類などが異世界にいるのか。

 という疑問や設定話もあるかと思います。


 自然環境や生態系の維持において――

 例えば人間を含む動物全てが絶滅しても……実は何の問題もないのです。

 動物類は生物相ピラミッドの頂点であると同時に、浮いた存在なんですね。


 でも微生物や虫がいなかったら、自然環境は全く成り立ちません。


 だから動物だけの世界というのは、一般的な観点では考えないほうがいいです。

 魔法や魔力、マナや精霊といったもので代替させるにも限度があります。



 閑話休題――

 

 紀元前でもこれほどまでに発達していた下水道事情。

 しかし文明やテクノロジーといったものは、常に存続するわけじゃありません。


 連綿と続いていく、伝統ある技術もあれば……。

 失われて久しいものもたくさん存在しています。


 紀元前でも発想され、培われた下水道の技術。

 しかし世界中に伝播し、普及することはありませんでした。


 そして必ずしも新たに開発されるとは限らないのです。



 いわゆるヨーロッパは中世時代へと時代を移します。


 なんと下水をただ単に道路上や、そこらへんの溝に流していた場所が多くありました。

 そうなれば病原菌の温床です。動物全てにとって重大問題です。


 案の定、黒死病(ペスト)やコレラといった伝染病で惨状と成り果てました。

 そうなれば流石にされるがままではなく、下水道の建築や改良などもされていきました。


 しかしパリでもロンドンでも、下水を処理する機構がなく川へと延々垂れ流しでした。

 これは下水道が汚水を流すだけでなく、雨水や街の洗浄にも利用する為であったそうですが……。



 先に述べたように、川は巨大な浄化設備です。

 しかし巨大だからこそ、時間を掛けて浄化していく構造でもあるのです。


 許容量を超えた汚水が流れ込めば、たちまち水質が汚濁されてしまいます。

 処理能力が超えればもうどうしようもないです。自然本来の浄化作用すら失われます。


 結局はまたも疫病・伝染病・感染症といった原因となってしまったのです。


 生活排水をしっかりとした視点から研究し、設計されたのは――

 1842年のドイツ、ハンブルグ下水道といわれます。


 そこから下水道と処理に関する知識も深まっていきました。


 環境・衛生面を考えると、こうした近代的思想は遅すぎたくらいでしょう。



 改めて言いますと、異世界ファンタジーでも魔法を使う必要性はありません。

 人口の少ない街であれば、簡単な下水道と処理池があるだけで事足りるでしょう。


 魔法を使うこともなく、単純に人力で作ることができます。

 しかしながら人口が多い首都などになると……。

 本格的な下水道とそれに伴う処理施設が必要となりましょう。


 水は高きから低きへ。汚水を流す為には"勾配(こうばい)"が必要です。

 山でも丘でもいいですし、平坦な土地なら地下に緩やかな傾斜を作って水を流します。

 

 ただし途中で地下深くなりすぎる場合は、ポンプで一度高く上げる必要があります。

 その為の中継地や、水を引き上げるポンプ機構など。

 現代知識チートや下水事情に突っ込んでいくなら欲しいところです。


 当然ですが、河川が近くにあることが基本的に望ましいです。

 人も町も文明も、川を根幹にして築かれてきたもの。水が命の源です。



 水処理には大別して3つの工程があります。

 【固形物の除去】・【微生物による分解】・【処理水の浄化】です。


 最初にすべきは、流れてくる大きい有機物・無機物の排除になります。

 下水には木片からプラスチックに金属まで、本当に色々なものが流れてきます。

 

 豪雨や台風などがあれば水量も増すので、さらにデカいものがきます。

 死体が流れてくることさえあります。死体と判別すらできない場合もあるかも知れません。


 そういうのは先んじて除去しないとすぐに詰まって、単なるゴミ集積所になってパンクします。


 基本的には縦に金属棒(スクリーン)を並べて、ゴミを引っ掛けてそこに留め置くようにするのです。

 そうして大きいものと小さいものを段階分けて選別し、まとめて引き上げてを繰り返します。



 そうして汚水だけを処理池まで運んで、前編でも説明した"標準活性汚泥法"へと移ります。


 汚水をある程度の大きさの貯め池に滞留させて、一次水処理を(おこな)うのです。

 汚水は止めない限り常に流入し続けるので、あとは自然の流れのまま二次処理へと向かわせます。


 ただし人口が多い場合、処理効率を上げないときちんと処理できません。

 そうなると必要なのは、【酸素の供給量】を上げることになります。


 ただ空気を送ればいいというわけでもなく、【微生物を含んだ汚泥】にとって最適の量です。

 そうした配分は実地による経験則を積み重ねていくしかありません。


 巨大な王国ならそうした下水道技術の積算も、一つの情報として武器になりえるでしょう。


 なんにせよ風量はかなり膨大です。

 現代でも電気の需要量が非常に多いです。電気代すごいです。

 曝気(ばっき)する為には、風魔法ないし準じる魔法道具が必要になります。



 ですので水処理施設には魔法道具や精霊など。

 大規模な浄化設備として作っちゃってもいいと思います。国にとっての一大事業です。

 一元化して包括的に処理するというのであれば、そう不自然なことではありません。


 より近代化させていくなら、錬金方面――薬品や魔法による消毒を絡めた二次処理も検討します。


 現代では次亜塩素酸ナトリウム、いわゆる"塩素消毒"ですね。

 上下水どちらにも使われる、基本にして安定した化学的要素です。

 プールなどの匂いでも馴染みがあるかと思います。


 こうしたところまで話を掘り下げて突っ込んでいく……。

 また生成・供給していくとなると、純ファンタジーでは難しいでしょう。


 一次処理を終えた水であれば、川に流してしまっても自然に処理してくれます。

 そこまで考えなくても大丈夫です。あくまで現代の環境基準です。


 もしやるなら濾過(ろか)やその他薬剤添加等による、三次処理も検討するとより良いでしょう。

 


 はてさて処理・浄化された水は良いとしても、汚泥は物質的に残ってしまいます。


 特に腐った汚泥が沈殿して溜まり続けていくと、処理のバランスが崩れるのです。

 となるとどうでしょう、定期的に抜いて運び出す必要性があります。


 汚泥の処理には様々なプロセスが存在します。

 長くなるので端的にまとめてしまえば、【濃縮】・【脱水】・【焼却】すること。


 汚泥には水が多分に含まれたままです。

 それをそのまま処理するのは、たとえ魔法でも大変です。


 なにせ量も半端ない上に、そのほとんどが水分を含む泥。

 消し飛ばす火力ともなると並の魔法では無理です。大魔法使いが必要です。


 しかも継続的に処理し続けなければなりません。人員を割くのにも限度があります。

 なるべく効率よく燃やせる状況を作りたいのは、剣と魔法のファンタジーでも同様でしょう。

 


 自然にならった水処理は、形を作って放置するだけでも最悪なんとかなります。

 現代文明社会に相当する汚水流入量でなければ、それなりの大きさに作れば問題ありません。

 

 しかし汚泥処理は人の手を介入させなければ、処理することはできません。 


 汚泥を引き抜き、集積して泥を濃縮。

 脱水して水と分離させ、焼却して灰に。

 最後に軽量化した焼却灰を、捨てるか、埋めるか、建材などに利用するかです。



 最後に一つ、下水というのはご存知の通り臭いです。

 しかも火山などでよく言われる硫黄の匂い、"硫化水素"などを筆頭に有害なガスも発生します。


 そうした臭気やガスの処理も実は重要なことだったりします。

 誰も臭いところで生活したくないですし、腐食や引火も引き起こします。


 一般的には"活性炭"による脱臭設備などが考えられますが……。

 そこらへんも世界設定とテクノロジーの兼ね合いになるでしょう。

 素直に風魔法で吹き飛ばすのが、楽かも知れませんね。



 長々と語ってきましたが、水処理・汚泥処理というのに魔法はいりません。

 流入量も水質汚濁も現代文明社会には程遠いですから。

 基本的には小規模な処理施設の構築で済むことでしょう。


 しかし処理工程の各所に、魔法を介入させることができます。

 せっかくの異世界なんですから、複合的なものにしたほうが甲斐もあるというもの。


 土魔法による、建造・構築、汚泥の引き抜きや濾過・分解。

 水魔法による、流量操作や脱水処理、構成物質の浄化・消毒。

 風魔法による、活性汚泥への酸素供給、発生したガスの処理。

 火魔法による、流入粗大ゴミや脱水汚泥の焼却処理。


 実は基本的な属性魔法を、まんべんなく活躍させられるんですね。


 また各家庭ごとに、スライム浄化槽を備え設けるなどといった手法も考えられます。

 各戸個別にできるなら、コストはかさみますがそれだけミニマムに処理可能ですので。


 魔物による処理だけでなく、魔道具によるオートメーション化など。

 その国の豊かさや姿勢を示しつつ、話を広げていくことができるかも知れません。



 それでは各世界観のスパイスになるよう、この文章がお役に立ってくれれば幸いです。



よかったら別の本編作品も読んでいただけると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
中世ヨーロッパ(幅が広すぎて一概に言えないけど)では水資源が汚染された結果、「風呂に入ると病気になる」なんてこともあったとか。 日常生活なら入浴しないほうがまだ衛生的。なろう主人公ズが発狂しそう(笑)
[良い点] 公衆衛生ですね、世界にリアリティを与えるというか 変なことで醒めさせない、大事なポイントだと思います。 [一言] 何気に江戸時代の江戸の公衆衛生のレベルは世界的にみて 世界一衛生的だった可…
[一言]  はじめまして。  半年か一年くらい前のニュースだったと思うのですが、福岡大学の研究で、ドラム缶と小型風車を組み合わせた途上国向け低コスト曝気システムを取り上げた例が紹介されていました。 …
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