第9話 百合trick
「こっち」
校舎の外に出たところでみずほと別れたので、夜道を歩くのは2人だけになっていた。
「日本にある7校の魔術学園は基本的に全寮制、ここは東北校。男子寮と女子寮、教職員寮に分かれてるわ。」
「へぇ……」
(…やっぱ可愛いよなぁ)
話は聞いていたが、志引にとって夜、女子と歩くという行為が初めてのことだったのでかなりふわふわした気持ちになっていた。
隣を歩くまちを、バレないよう必死に見ていたせいで、歩いた先にある2棟の建物は目に入らない。
夏休みの帰省、そして残った人たちも多くが寝静まった深夜だったので、明かりが窓から漏れておらず、気づきにくくもあった。
「でっかいな。」
「確かにね。」
こじんまりとした木造の建物、というのが志引の中の寮のイメージだったので、3階建てでコンクートの大きな建物に面食らう。
まちはそんな志引の様子にクスッと笑った。
「女子寮は右よ」
まちはつかつかと進んでいく。
(女子寮。香しき天使たちの白百合咲き乱れる花園の登場。築かれるは友情。その生活の実情。育まれる愛情。芽生えた感情、は恋という名の劣情。そこは女たちの戦場………)
こんな経験は初めてだったので、動揺してなぜかビートを刻んでしまう。
「何止まってんのよ」
「あ、ごめんごめん。」
まちからの催促で、即興ラップから抜け出した志引はおずおずと寮内へ入った。
(うわぁ、女の子のいい匂いがするぅ)
普段は、女に興味がないような態度で学校生活を送っていた志引だが、実際は話しかけられないだけである。
異性に対しては年相応の、ひた隠しにしてきた欲求があった。
階段を上って3階の、長い廊下の真ん中ぐらいにまちの部屋はあった。
「ちょっと待ってて、部屋片付けるから」
まちは志引を外で待たせて中へ入る。
(まちさん…僕のために…)
まちに他意はまったくなかった。
周りから見れば、女子寮の中の知らない男は不審者に見えてしまうだろう。
早く部屋に入ってしまいたかったが、かわいい女の子に待っててと言われたら従うしかないのが一介の男子高校生なのだ。
しかし、本当に他意はない。
「入っていいわよ」
ドア越しに聞こえてくる。
(声までかわいいんだもんなぁ)
志引はゆっくりとドアを開けた。
ベッド、タンス、テーブル、化粧台、それぐらいしか置かれていない質素な部屋である。
「そこで靴脱いで」
言われた通り靴を脱いで、揃えた。
女子の部屋に招かれるのはー招かれたわけではないがー志引にとって小学生以来だった。
この幸せに、自分が置かれている状況を忘れて目頭が熱くなる。
もはや、魔法に関することは頭から抜けていきそうな勢いだった。
こういうとき、自分の熱しやすく冷めやすい性格がありがたい。
(いいのかこれ、日陰でコソコソ生きてきたネクラ男が美少女の部屋に入っちゃったぞ。後から高額請求書が届くんじゃないだろうか?)
踏み出して鳴ったフローリングの軋む音は、今の彼には祝福を告げているように聞こえる。
しかし威勢がよかったのもここまでで、すぐに所在なく立ち止まった。
これが彼女いない歴=年齢、影に生きてきた者の限界である。
「ああ、ここにでも座って」
まちは座ったまま、机を挟んだ向かい側に敷かれた座布団を指差した。
「あ、うん」
緊張によって歩き方さえ忘れてしまいそうだったが、おぼつかない足取りでなんとかたどり着く。
「どうしたの?」
「え、いや、眠くてさ……」
本当は自分がかわいい女の子を前にして緊張してるせいなんです!、とは口をさけても言えない。
こうしてまちの正面に座った志引だが、この間一度も目を合わせていない、というか顔を見てすらいない。
不審がられて当然である。
「そうなの?だったら私はシャワー浴びるけど……」
ブッ、と予想外のワードに志引は吹き出した。
「シャワー!?」
まちの風呂上がり姿を想像して、つい大きな声を上げてしまう。
深夜、少年に与えられたのは愉悦と苦悩の種であった。
志引の通っていた高校はラッパー養成学校でした(大嘘)
ラップで世界平和を目指します
???「俺の歌を聴けー!!」
明日も12時ごろの更新です