第2話 空き缶のターニングポイント
少年は一人、歓喜の渦の中にいた。
ああ夏休み、なんと素晴らしいのだろうか。
毎朝6時に起きて、学校まで満員の列車に乗り、受けたくもない授業を何時間と聞かされる。
家に帰れば勉強勉強と目覚ましのスヌーズ機能かのごとく言われ続け、身も心も休まることはなかった。
しかし今ばかりはそんな責め苦におびえる必要もないのだ。
まるで奴隷のように『学生』をする日々との、ひと時の別れである。
外はもう真っ暗だ。
時計の針は12を今まさに乗り越えようとしている。
彼は座椅子に座ったまま、目の前のテーブルの上にある缶に少しばかり残った炭酸飲料を飲み干すと、パソコンで見ていた動画から視線を切り、スマートフォンを手に取って、退屈そうに目を泳がせた。
視界に入るのは、白い壁と、黄緑色のカーテンのみであり、はたから見ればただぼーっとしているだけのようにも見える。
彼はこの時、なぜだか感傷に浸らずにはいられなかった。
自分がやりたいことを今、できているのだろうか、自分はただ流されて生きているだけの、社会からすれば意思のない、ゾンビのような存在なんじゃないだろうか、と。
進学校には入ったものの、勉強が好きな訳ではない。
ただできるから入ったに過ぎなかった。
できることなら勉強から逃げ出してしまいたかった。
本当は運動だとか、物語を作ることの方が好きだった。
だからといってスポーツや芸術に青春を捧げる勇気は彼には無かった。
だったらこのまま世間によってくり抜かれた、中身のない自分の、その殻を表面を取り繕って生きていくしかないのだろうか。
彼は自分の座っている座椅子が沈んでいくかのように錯覚したのだった。
夜にもかかわらず、相手を求めてけたたましく鳴くセミがいる。
夏の夜の孤独感は時々人に奇妙な夢を見させるものだ。
「ふぅ……」
短く息を吐く。
数回の瞬き。
刹那、強烈な浮遊感が彼を襲った。
「うおっ!!」
「きゃっ!!」
彼が気付いた時には被さるように人を押し倒していた。
美しい、溺れてしまうほど澄んだ青い瞳が彼を見つめていた、いや彼自身が引き込まれていたのかもしれない。
次に意識が彼に告げたのは唇に伝わる柔らかい感触である。
「きゃあああああああああ!!!」
2人は口と口で触れ合っていた。
これがキスか、と思考は何故か冷静で、至近距離で聞こえた叫び声により本能的に身を引いた。
いい匂いがする、それが15歳と6カ月の少年の抱く、ファーストキスに対する率直な感想だった。




