第1話 ターニングポイント
「えっと、ここかしらね……」
しんと静まった暗闇の中に人工的な光がこぼれている。
それは少女が手に持ったスマートフォンの明かりであった。
空間を支配するのは不思議と安心感が感じられる古書独特のあの匂いで、2~3メートルはあるかと思われる本棚は廊下を永遠と続いていくかのようであり、床から天井までをびっしりと分厚い本が埋め尽くしている。
「あった……」
誰に言うでもなく発したこの言葉は、無数にある本たちに吸い込まれるかのように消えていった。
人の気配はこの少女以外全く感じられない。
少し進んで足を止める。
何千、何万と蓄えられた本の中から、慣れた手つきで迷いなく、黒い背表紙の、5センチほども厚さのある本を取り出す。
タイトルは『creating a servant』―日本語で『使い魔召喚魔術の書』―と書かれている。
「やっとだわ、これでばかにされない」
感慨深げにペラペラとページをめくっていく。
その一枚一枚にびっしりと、見たこともないような文字が羅列されている。
実は彼女は何度かここに忍び込んでこの本の研究をしていて、今回は実際に魔術書を使用するために来たのであった。
忍び込むというのは、ここが禁書が集められている場所だからである。
禁書という響きの通り、特徴はその危険性。
ゆえに、普段から入ることさえも禁じられている場所で、入り口は魔術的なギミックによって封鎖されているはずなのだが、彼女はどうやら入る方法を持っていたようだ。
「結局、ありったけの魔力をこの本に注ぎ込めばいいのよね」
自分自身に確かめるようにつぶやいた。
これが研究の末、彼女が導き出した結論である。
それはあながち間違いではなかったが、手順を一つ飛ばしてしまった回答である。
床の上で閉じられた本の上に右手を置き、彼女は力を込める。
「ふんっ!」
甲高い声の一歩手前の、かわいらしい掛け声にこたえるようにして本は発光しだす。
すると本の上、そして彼女の頭よりも少し上に不自然な空間が現れだした。
いうなれば空間の境目とでも表現すればよいだろうか。
明らかに自然に発生することはない現象である。
しかし彼女はそれを確認して満足げだった。
うずうずしながら、何かを期待するように見つめている。
口角はあがっていて、彼女のつややかな金髪、澄んだ海のような瞳、白磁器を連想させるきめ細やかな肌もあいまって、さながら聖女のようであった。
数秒の間の後、空いた空間の裂け目から何かが出現し、彼女に覆いかぶさるように降ってくる。
「きゃっ!!」
「うおっ!!」
降ってきたものは、黒いジャージ姿の少年であった。
彼とぶつかった衝撃で二人は床に倒れこむような姿勢になる。
完全に予想外の展開だった。
彼女としては悪魔とか、幻獣を呼び出したはずだったのに。
不測の事態に追い打ちをかけるように、彼らの口と口は重なってしまっていた。
「きゃああああああああああ!!!!」
耳をつんざくような悲鳴を上げる。
これがのちに歴史に大きく名を刻まれることになる、稲荷まちと武隈志引の出会いなのであった。
1000字程度で、週に3~4話掲載していきたいです。




